第6話 お見合い婆と闇花屋
役所での気絶を経て、イェフ・タラントは自身の現状を再把握した。
アルモニ以外だと社会的にも生物的にも死ぬ。
アルモニなら生活だけならなんとかなる。
しかし、ほぼ確実に一年内に死ぬ。
「もうやだあ……」
「心中お察しします」
福祉課のイノウエ女史は、医務室から帰ってきたイェフを淡々と出迎えてくれた。
イェフのプロフィールを読み込んでいる時は、苦虫を噛み潰したような、それこそミジンコを見るような目をしていたイノウエだ。
悟りの境地を思わせる穏やかな表情で、彼女は言った。
「仕方がありません。アルティメットコネスキルを発動します」
「なんて?」
「コネですよ、コネ。ツテとも言います。私の個人的な人脈を紹介してさしあげます」
対面当初より幾分砕けた様子のイノウエがちらりと辺りを見回した。
彼女は声を潜めて続ける。
「困難事例の請負人のような方です。幾千の困難と告白を打ち砕き、万を超えるマッチングを成立させて世界の繁栄に寄与してこられた、本当に凄いお方なんですよ」
「はあ」
それはつまり、究極のお見合い婆みたいなものであろうか。
あと、困難はともかく、告白を打ち砕くとはこれいかに。
規模の大きさと内実の不可解さについていけず、イェフは曖昧に頷いた。
イェフの反応の薄さに納得いかなかったのか、イノウエがさらに言い募る。
「正式ルートで助けを請おうとすれば、本来、年単位の順番待ちが発生するくらいに凄い人なんです。ですが、タラントさんは既に資格をお持ちの様子」
「資格?」
余命終了が近いから繰り上げてくれるということだろうか。
首を傾げたイェフに突き出されたのは、今朝方持参した福祉課のチラシであった。
イノウエがチラシの隅を指す。
正確には、そこに押されたハンコを。
「これ。この印です。どこで手に入れたんですか? 相当レア物ですよ」
どこと言われても、知らない部屋で寝ていたこと以外、殆ど記憶がない。
なけなしの回想を経て、イェフは答えた。
「一昨日、やけになって人生初立ち飲みに挑戦したんですよ。そこで」
「偶然あの方とお会いになったと? なんと幸運な」
「あ、いえ、そうではなく。そこでお酒と酸っぱい何かを食べてから記憶がなくて、気付いたら知らない人の家で朝を迎えていたんですよね」
「……はい?」
「そこでこのチラシをゲットしました」
状況からして部屋の主が介抱してくれたことは察している。
しかしながら、イェフの心は荒み、アルモニ文化に怯えてもいるため、良い方に解釈できない。
「もしかして、これマッチポンプですか。酔わせて倒れたところを介抱して親切ポイントをゲットするとか」
イェフは青褪めた。
黙り込んでしまったイノウエを眺めまわし、ぼそりと呟く。
「まさかとは思いますけど、役所ぐるみで美人局の亜種とかやってるんじゃないでしょうね」
「……──訂正しなさいよ」
「はい?」
瞠目するイェフを睨みつけ、イノウエが机を叩いた。
「訂正しなさいって言ってるの! ふざけてんじゃないわよ! あの人がそんな悪党なわけないじゃない!」
立ち上がってまで怒鳴るイノウエに驚き、イェフは硬直してしまった。
謝罪すべき場面なのかもしれないが、驚愕のあまり頭が真っ白になって動けない。
ぽかんと口を開けたイェフを見下ろし、イノウエがぎりりと歯を鳴らす。
相当怒っているのだろう。彼女は鬼の形相のまま椅子へ掛けた。
「これはある花屋の印章でして、店主は温和な長命種で、非常に幅広い人脈をお持ちの方です。タラントさんの相談に乗り、婚活にも手を差し伸べてくださるでしょう」
イノウエ女史は説明を再開した。
その声は先程よりオクターブ低く、怒りのあまりか語尾が震えている。
「タラントさん。誤解しておられるようですが、役所による人材の斡旋は無償で行われます。金銭のやり取りはなされません」
「はい」
「さらに付け加えるならば、我々役人は個人間での善行によるポイント受領を禁じられています。公平を期すためです」
「はい、ごめんなさい」
イェフが素直に謝罪したことで溜飲が下がったのか、イノウエは苦い顔で続けた。
「それにね、あの人がポイントのために人助けをするなんてありえないの」
「疑ってるわけじゃないけど、どうして言い切れるんですか? あ、もしかして役人さんとか」
「いえ。ただ単純に、花屋さんはアルモニ人ではないからです」
嘆息と共に告げられたのは不可解な事実。
アルモニで花屋を営んでいるのにアルモニ人ではないとは。
アルモニは小さな国であり、ほぼ全ての店がアルモニ人によって経営されていると聞く。
アルモニの互助システムを維持するためだ。
つまり、その花屋はアルモニの認可外ということになるわけで。
闇商売だ。
闇花屋である。
ちなみに、アルモニにおける国外人の滞在期間は厳格に規定されている。
二週間ごとに審査が入り、交易や留学等の正当な理由がなければ即刻強制送還されるのだ。
アルモニ人ではないのにアルモニで自営業を営み、お見合い婆を続けている長命種。
マッチング成立件数からいって、相当長期間滞在している様子。
それはつまり。
「違法滞在だよ。犯罪者じゃん」
思わず呟いたところ、鬼の形相のイノウエに睨みつけられ、イェフは縮み上がった。
◇
怒られた。
ものすごく怒られた。
役場を後にして宿に帰る中、イェフは肩を落としていた。
正確には『怒らせた』の間違いである。
最終的には和解し、次回相談日の予約も取れたのだが、今一番にイェフの心に残っているのは、イノウエの般若顔と轟く怒声であった。
怒られるとそれしか覚えていない。
コミュニケーションに不慣れな者にありがちな現象だ。
早くも次回相談が憂鬱になっている。
またイノウエに怒られるかもしれないし、次回は噂のお見合い婆も同席するというのだ。
つらい。
こわい。
三日後の予定に怯えながら日々を過ごすのはもっとつらい。
実のところ、イェフの境遇を憐れんだイノウエが電光石火で約束を取り付けてくれたのだが、役人の心、国民知らずであった。
悄然と歩いていたイェフは、ふと顔を上げる。
前方の道路付近に人だかりが出来ているのだ。
「見世物小屋とかかな」
奇形や欠損、特異体質などを売りに日銭を稼ぐ集団だ。道徳が何やらと騒がれて数は減ったものの、今でも世界各地で見られる。
ただ、アルモニならすぐに救済が入りそうなものだが。
興味を惹かれたイェフは、人だかりに近付こうとして、やはりやめた。
巷で人気の麺屋より、しみったれた惣菜屋。
流行りのスイーツより、ファストなフード。
行列に並んでまで興味関心を満たす意味がわからない。
イェフはそういう人間だ。
お察しの通り、人混みが嫌いなのである。
それはもう、蛇蝎の如く憎んでいた。
しかし生憎と、宿があるのは人だかりを越えた道の向こう側。
仕方なく迂回することにしたイェフは、通り過ぎざまに人だかりの隙間を覗き見た。
「え」
災禍だ。
災禍がいる。
揺らめく人型の霧。
その禍々しい翳。
血の気が一気に引き、イェフは自身の左手を強く握りしめた。
アルモニの人々は何をしているのだ。
災禍の周りを取り囲んで、あまつさえ、悠長に囁きあうなどと。
災禍は人を殺し、拡大する。
場合によっては、町一つを消し飛ばす破壊の嵐になり得るというのに。
「何考えてんだよ。危ないだろ……!」
イェフの故郷、アレンディタ。
技術研究で栄えた国は一夜で滅んだ。
その滅亡の発端は、たった二体の災禍であったという。
「────っ!」
気がついた時には、もう走り出していた。
イェフの足は意思を裏切って駆ける。
忌むべき人だかりの中心。
忌避すべき災厄の元へと。




