第5話 ミジンコ宣告
福祉課の受付を済ませて番号を取得したイェフは、資材証明手帳を手ににんまりと笑う。
「んふ、SSSだって」
この上なく不名誉な等級だ。
しかし、手放しに褒め称えられた経験など皆無のイェフにとっては、これすらもなんとなく嬉しいものであった。
哀れな男である。
「二百八番でお待ちの方、三番窓口までお越しください」
「あっ、はーい」
にやけ顔で窓口へ向かったイェフを待っていたのは、ひっつめお団子スタイルで黒髪を纏めた眼鏡の職員だった。
「本日担当いたしますハルカ・イノウエです」
「はあ、イノウエさん。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。お名前はイェフ・タラントさんで間違いありませんか」
頷いた拍子に、彼女の手元が見えた。
おそらく、受付番号をとった時の記録だろう。資材管理課に済印がついている。
その印をちらりと見た直後、彼女の表情が翳り、死んだ魚のように目が曇った。
「タラントさん。本日は資材管理課からの案内でこちらにいらっしゃったそうですね」
「はい。あ、そうだ。病院からも──」
「お疲れさまでした」
「はい?」
突然労われ、イェフは目を丸くする。
深々と頭を下げた職員が言う。
「資材管理課の者が大変失礼なことを申したことでしょう。同じ役場の人間として、平に謝罪させていただきます」
「アッ、ハイ」
一気に現実に引き戻され、イェフは姿勢を正した。
そして同時に思う。
あれ、やっぱり失礼だったんだ。
じわりじわりと怒りを自覚し始めたイェフは、表情を取り繕い、職員に取りなした。
「いいんです。事実なんで、仕方ないです」
「そうですか。では、早速説明と相談に入らせていただきますね」
「え? は、はい」
切り替えが早い。
一瞬ついていけず、イェフは目を白黒させる。
その間に、福祉課職員は資材証明手帳の説明を始めた。
「こちらは我が国におけるあなたの資材価値を証明するものです。この手帳を各所で提示することにより、あなたは様々な支援を受けることができます」
商店、病院、娯楽施設、交通機関などが対象らしい。他所の国であれば公営機関での料金免除に該当するものだ。
アルモニは公営機関が極端に少なく、その殆どが私営、あるいは半公営だと聞く。
困っている人、つまり資材証明手帳を持った人間を助けると控除や給付金が入り、運営が楽になるわけだ。
アルモニの親切ポイントシステム、マクロ社会版である。
「きもちわる……」
「お気持ちはお察しします。ただ、少なくとも生活基盤が安定するまでは、これらの支援をフル活用することをお勧めしますよ」
思わず忌憚のない意見を漏らしてしまうイェフに対し、イノウエがざっくりとしたアドバイスを返してきた。
「支援を行っている施設はこちらのマークを掲げています。ほぼ全国全域の施設が該当しますが、時折対象外のお店などもありますのでお気をつけください」
「対象外って、例えばどんな……?」
「たとえば経営難で店側が支援を受けている場合ですね。あとは、アルモニの許可を取らずに営業している店もこれに該当します」
後者は犯罪スレスレではないのだろうか。
こんな国にも闇市とかあるんだ、などとイェフは感心した。
これまで幾度も説明し、相談と質問を受け続けてきたのだろう。
イノウエは表情一つ変えず、澱みなく続ける。
「ここからは福祉課の案内となります。続けてよろしいですか」
「アッ、はい。お願いします」
いちいち『あっ』と言ってしまうのは何故なのか。イェフは自分でも分からない。
分からないが、これが社不たる象徴のような気もする。
頭をかいて愛想笑いを浮かべたイェフを見つめ、イノウエは告げた。
「この国において、タラントさんを助ける手は数多と差し伸べられるでしょう。しかし、最も根源的な問題である共生種の問題は別です」
「え? アルモニって超共生都市国家ですよね? 共生種がごろごろ住んでいるとかではないんですか?」
「ないですね。共生種同士で生命エネルギーを共有したところで何の意味もないですし、そもそも共生種は絶滅危惧種です」
はじめて知った。
イェフはぽかんとした顔で目を瞬く。
通信料金も馬鹿にならないため、共生種の状況などは調べていなかった。
病院や役所の人間より、かいつまんでは聞いており、少ないとは知っていたが、そこまで深刻とは思っていなかったのだ。
「絶滅しそうなんですか」
「はい。世界中に百人いるかいないかの希少種です」
もはや珍種じゃねえか。
心の中でつっこむ珍種である。
「少ないですね……」
「言葉を選ばず説明申し上げると、昔は迫害されていましたから」
「はあ」
「『寄生種』や『依存種』とまで呼ばれ、子孫を作らない選択をされる方も多かったようですね」
先細りも当然である。
所属・共生先の集団から薄く広く生命力──ひいては寿命を啜って生きているのだから、扱いとしても理解はできた。
「共生種としての特性が発現するのは十代半ばと言われています」
多少は同情的なのか、イノウエが眉を顰める。
「一般的には、小さい頃から親御さんが所属先を検討し、長命種の集団に身を寄せられるよう準備するものですが、タラントさんの場合は……」
イェフはこくこくと頷いた。
「孤児だもんなー。いやー、孤児院から寄宿舎に入って、そのまま軍属になったから生きてこれたんですね、おれ」
「そうでしょうね。本能的にご自身の特性を察知しておられたのかもしれません」
「まあ、それもこれも全部なくなったんですけど。あっはっは」
イェフは笑い声を上げた。
笑いどころではないが、笑うしかない。
対する役人イノウエは至極真面目な顔で続けた。
「タラントさん。あなたはSSS級の資材価値を有します。しかし、それは裏を返せば、通常の制度による救済が不可能という意味でもあるんです」
「はい?」
イノウエが言うには、アルモニでは難民などを養子として引き取る形の救済もあるのだという。
あるいは、家族ぐるみの社員として雇い入れるなども可能だそうだ。
しかし、これが有効なのは『相手の不幸を支え切れる』場合のみ。
「えーと、それはつまり?」
「イェフさんは不幸すぎます。一個人や一企業では引き受けられないからこそ、SSS級なのです」
「…………」
「厄ネタよくばりハッピーセットですね。個人で買い取るには無理があるということです」
ひどい。
真面目な顔をして、なんということを言うのだろうか。
資材管理課の課長に涙された時より余程傷付き、イェフは思わず真顔になった。
イノウエもまた真顔のまま、さらなる事実を突きつけてくる。
「この国で過ごせば、生活自体はなんとかなるでしょう。ですが、所属の問題は解決しません」
「つまり?」
「タラントさんは一年内に死にます」
イノウエが深刻な声音で告げる。
もはや聞き慣れた余命宣言に、イェフはから笑いを返した。
「そっすか。お時間とらせちゃって逆にすみません。もうどうにもならないってことですよね」
「いえ、一つだけ手段があります」
「え!? あるんですか?」
ここから入れる保険はなさそうだが、何をどうすれば解決するのだろうか。
イェフは身を乗り出した。
「こんなおれにも助かる道があると!?」
「あります」
厳かに首肯したイノウエが両肘を机につく。
そのまま指を組み合わせて口元を隠した彼女は、どこぞの司令官かのように目を光らせた。
「────結婚です」
「は?」
「ですから、結婚です。あなた自身がご家庭を持つのです」
結婚。
それは、法制度や社会に認められた夫婦の契り。
国や社会により、形や範囲は異なる。
共通するのは、人生を共にするという点だ。
夫婦。
それは深く繋がる関係である。
共に生きる。
深く、永く、共に。
知らない他人と、四六時中、共に。
イェフの全身から血の気が引いた。
「いっ、嫌です! むり、無理無理無理!」
「ですが、他に手はありません。我が国の制度上、結婚は唯一、資材価値を無視して結べる所属システムなんです」
問答無用とばかりにイノウエが資料を準備し始めた。気のせいでなければ、そのチラシの見出しには『婚活』という文字が踊っている。
まずい。
イェフは両手を振り回し、説明の進行を遮ろうと試みた。
「待って、待ってください。仕事とかは!? 例えば、アルモニの国軍に入るとか」
「残念ながら、我が国の国防隊はアルモニで生を受けた純アルモニ人のみを採用しています」
「じゃあ、長命種ばかり集まる組合に勤めさせてもらうとか!」
イェフの苦し紛れの案に、イノウエが首を振る。
「長命種ばかり集まる組合には長命種しか入れませんよ」
「なら、いっそ備品扱いでもいいんで! できれば住み込みでお願いします!」
「椅子になって文字通り尻に敷かれるおつもりで? ドMかよ」
イノウエのツッコミが容赦ない。
ついには慇懃無礼さすら捨て去り、彼女は断言した。
「結婚よ。結婚しか、あなたの生命を守る手段はないの」
「いや、いやいやいや」
もはや首を振り続けるだけの人形と化したイェフを無視し、イノウエが手元の端末を覗き込む。
「あなた、若いし健康だもの。婿の貰い手くらいいくらでも──……」
使命に燃えていたはずの彼女の目は、イェフのプロフィールを読み込む内にあからさまに曇っていった。
「タラントさん、あなた、今、財産とかは」
「うーん、全部合わせても食費三日分くらいですかね」
「職歴は」
「軍属でしたけど、見習い止まりですね」
「失礼ですが、恋人は」
「いたことないです。初恋くらいなら、学生の時分に。今思えば、あれはただの憧れでしたね」
イェフ・タラント、二十四歳男性。
亡国の難民であり、無職・無資産。
住所不定、親族なし。
ついでに恋愛経験なし、対人不安あり。
他者からの生命エネルギーの供給を恒常的に必要とする。
イノウエが何とも言えない溜め息を吐く。
「終わってんな……」
「なんて?」
「何でもありません」
端末を閉じたイノウエの眉間には皺が寄っていた。
「タラントさん」
「はい」
「あなたの婚活適性はミジンコレベルです」
何を言われたのか分からない。
イェフはぼんやり笑み、首を傾げる。
「なんて?」




