第4話 はぐれメタルに喝采を
「まだふらついてる気がするな……」
人生初の泥酔と二日酔いにより約0.35%分の余命をふいにしたイェフ・タラントは、青い顔でアルモニ公共役場のロビーに立っていた。
手には資材管理課と福祉課の二種四枚のチラシ。
病院でもらったものと、見知らぬ他人様のお宅に転がりこんだ時にゲットしたものだ。
基本的には同じ内容のチラシなのだが、後者には謎のハンコが押印されており、念の為に両方持ってきた。
「役所って苦手なんだよなあ」
孤児出身かつ軍属であったイェフは、幼い頃からなんだかんだと行政の世話になってきた。
他の一般市民に比べても役所の利用回数は多い方である。
複数の課でたらい回し。
数世代前の手続き仕様。
競合相手がおらぬ故の殿様商売。
明らかに人手不足で、延々と伸びる待ち時間。
省エネという名の経費削減のおかげで激減する快適指数。
まず相談者側が問題を整理し尽くしてから来所しなければ、大体の場合は解決まで辿り着くことのない不毛さ。
「はあ……」
肩を落としたイェフに道行く一般市民が声を掛けてくれる。
「資材管理課は二階上がってすぐ左、福祉課は一階の奥よ」
「あ、どうも」
「エレベーターはあそこね」
「あ、これはご丁寧に」
小綺麗な中年女性はアルモニ笑顔で去っていく。
へいこらと頭を下げたイェフは、まず二階の資材管理課から回ることにした。
◇
「タラントさん、すごいですよ。あなたはすごい!」
興奮冷めやらぬ顔の職員がイェフの手を鷲掴む。
イェフは曖昧な笑顔で頷いた。
何がすごいのだろう。
知らない中年男に感激されても困るし、握られた手が粘っこくていやだ。
さりげなく手を引き抜き、相談カウンターの下に隠してズボンで拭く。
ほんのり残った温もりが気持ち悪い。
イェフの失礼な態度に気付いた様子もなく、資材管理課の課長は捲し立てた。
「まずお生まれ、そしてお育ち。財も技能も身寄りもない状況に加え、さらに直近のご不幸で所属の全てを失い、極め付けはご自身の種族! これほどの不運を重ねてこられた方はなかなかおられませんよ!」
喧嘩売ってんのか。
思わず目を眇めたイェフであったが、課長の表情はきらきらと輝いていた。
そう、これで褒めているし讃えているのである。
「何よりバランスが素晴らしい! 奇跡だ!」
「奇跡ですか」
「ええ。通常、ここまで不幸だと個人の資産価値としては支払い不可能な域に達し、公共財として扱えないんですね」
「はあ。そうなると何がどうなるんですか?」
純粋な疑問からイェフは尋ねた。
深く頷いた課長が答える。
「あなたは救いようのない不幸な人間と判定され、我が国の制度に乗らず、誰の手助けも得ることは出来なくなります」
「あきませんがな」
イェフは思わずツッコミを入れた。
アルモニなら助かるかも。
アルモニであれば、ないものづくしのイェフも不運を売りに生きていける。
そう聞いてここまで来たのに。
なけなしの手元金を渡航費にベットし、忌避感を我慢してここに来たのに。
不幸すぎて手に負えません、とか。
ひどすぎる。
涙目になるイェフを見つめ、資材管理課課長は鼻息を荒くした。
「ですが、タラントさん! あなたの場合はひとあじ違う!」
相談者と職員を隔てる透明パネル、隣のブースと分けるためのパーテーション。それら全てを薙ぎ倒さんばかりの勢いで、課長が立ち上がる。
「これほどの不幸に見舞われながら、あなたは健康だ! これまで一度も病気らしい病気をしたことがなく、常に介助が必要なわけでもない!」
「へへ」
確かに、健康は明確な取り柄である。
イェフは鼻の下を擦った。
褒められて少しばかり嬉しくなったのだ。
しかし、次の課長の言葉で、好感情の全てがひっくり返される。
「若くて健康! それでいて余命が一年! まさかまさかの有期限ですよ! 素晴らしい! なんという逸材、なんという奇跡!」
「…………」
ヒートアップした課長のせいだろうか。
課内の職員、そして相談待ちの市民と思しき皆々方が拍手をし出した。
ぱちぱちぱち。
たまったものではない。
相談待ちの市民の表情など死んでいる。
当然だ。
例えるならば、彼らは不幸を質に売りにきているようなもの。
自身の辛さが絶賛される世界。
つらすぎる。
しかも、有期限ときた。
そこを褒めるのは流石に倫理観がどうにかしているだろう。
「タラントさん、あなたは奇跡の存在だ!」
「ハハ、こりゃどうも」
役人というものは、どうしてこう、そこはかとなく失礼な人が多いのだろうか。
そんなことを思いつつ、イェフは曖昧な笑顔でその場をやり過ごした。
対する課長は感激に打ち震えていた。かつてない奇跡の事例に若干涙ぐんですらいるらしい。
泣きたいのはこっちだ。
もはやパネルに皮脂がつきそうなほど顔を近付け、資材管理課課長は言った。
「昨今、アルモニ国内の不幸は消費され尽くしたきらいがあり、諸外国からの輸入まで始まっていたほどです」
「はあ。それはいいんだか悪いんだか分かりませんね」
「ええ、ええ。私がこの役職についてから、この印を押すのは初めてですよ。少々興奮しておりまして、手が震えてしまいそうです」
真新しい手帳を見下ろし、恍惚とした顔の課長が身震いをする。
手には馬鹿でかい印。おそらくは、イェフの資材価値を証明するものであろう。
「イェフ・タラントさん、我が国におけるあなたの価値はSSS級です」
「はあ。きっとすごいんでしょうね」
「もちろん! はぐれメタルレベルですよ!」
「はぐれめたる」
知らない単語だ。
イェフはおうむ返しで呟く。
大きく頷いた課長が親指と人差し指で丸を作り、非常にイイ笑顔を浮かべた。
「はい。がっぽがっぽにございます」
なんだか分からないが、まず間違いなく失礼なことを言われている。
アルモニ文化に馴染みのないイェフにも、それだけは分かった。
同情ではなく感動で鼻を啜る課長が、机横の引き出しから書類を出した。
「この資材証明手帳の提示によって、あなたは様々な支援を受けることができます」
「はあ。それは助かります」
「ええ、ええ。どうぞ全力で助けられてください。まずはこれから、各制度や支援の利用方法について、詳しい説明がありますのでね」
「あ、はい」
言われるがままに書類を受け取ったイェフを見つめ、資材管理課課長は笑顔で宣う。
「次はこちらの書類を持って、福祉課の窓口に行ってください」
「…………」
やはり、役所は嫌いだ。
イェフは顔を引き攣らせた。




