第2話 くたばれ、メシウマ国家
突然の故郷滅亡。
突然の種族判明。
そして、突然の余命宣告。
デジタルデトックス明けの脳に情報爆弾を投下され、イェフ・タラントはしばらく呆然と日々を浪費していた。
この間、医者や看護師、病院の相談員、役所の人間などが入れ替わり立ち替わりで現れていたのだが、記憶はあれど、そこに思考や感情は伴わなかった。
頭真っ白である。
なんだかんだ数日をベッドの上で暮らし、看護師に言われるがまま廊下や病院の庭を歩く内に、イェフの思考は徐々に回復した。
そして、あからさまにやさぐれた。
「もうダメっすわ。自慢じゃないけど、おれ、故郷じゃ自他共に認める社不だったんすよ」
本当に自慢ではない。
目の下を隈で真っ黒にし、イェフは言った。
「別にね、集団に属せないわけじゃないんです。一応、軍にもいましたし」
「うんうん、そうですね。頑張ってたんですね」
「そう、頑張ってたんです。だけど、友達とかいたことないですし、上下横全部の関係であわあわするし、ミスの報告なんか嫌で吐いてました」
うんうんと頷く病院相談員を前にして、イェフは思いの丈を叫ぶ。
「人と過ごすの、しぬほど疲れる……!」
共生種は他者のエネルギーを分けてもらって生きているわけで、むしろ他人といないと死ぬ。
生物の性質と個体の性格が噛み合っていないことは、往々にして悲劇なのであった。
「もうダメだあ、おれは死ぬんだあ」
「うんうん、タラントさんはそう思うんですね」
傾聴するにしたってもう少し何かあるだろうという態度で相談員が頷いた。
「死ぬならせめて穏やかに過ごしたいって先生に頼んだら、『カウンセリングはあるけど適応じゃないね』とか言うんですよ」
「ええ、カウンセリングもね、必要だとは思います。わかりますよ」
アルカイックな笑みを浮かべ、相談員は言う。
「だけど、今のタラントさんに必要なのは社会基盤ですから」
「それがないから絶望してんじゃないですか!」
イェフは机に突っ伏した。
自身の現状を受け入れることができず、イェフは駄々をこね続ける。
「国もない金もない家もない仕事もないツテもない、おれには何もないんですよ!?」
「うんうん、タラントさんはそう思うんですね」
うんうん、ではない。
これだけ青天の霹靂が連続したのだ。
雷換算で何発撃たれたと思っているのだろう。
気分は全身真っ黒こげ。
ついでにお先も真っ暗けである。
「もう終わりなんだあ!」
受容も何もあったものか。
イェフは荒れに荒れた。
傾聴とやらはイェフの心を癒さない。
しかしながら、喚くことでも思考の整理はつくものである。
「うう、すみません。相談員さんは何も悪くないのに」
「いいんですよ。辛いことを話してもらっているのだから、色々出てくるのは当然です」
「相談員さん……!」
ぷっくりと腫れあがった瞼を擦り、イェフは言葉を詰まらせた。
「おれ、おれ……もう、諦めます。有り金全部を使えば、医療適応外でも自費でカウンセリングを受けたりできますよね?」
「いえ、それは難しいですね」
「はい?」
いきなり梯子を外され、イェフは目を瞬いた。
「な、何故です?」
「タラントさん。そもそもの話ですが、あなたは今、我が国の医療保険の適応外で入院されていますよね」
相談員の無慈悲な通告により、真実が露わになる。
そうだ。
ここは故郷ではなく、隣国。
保険制度も何も、頼みの故郷は滅亡している。
つまり、現在進行形で色々出費が嵩張っていっている状況なのだ。
基本的に、どこの国でも医療費は高い。
世の理である。
「ちなみに、今までの入院費って」
「これくらいですね」
相談員が提示した請求書の額を見て、イェフは絶望した。
払える。
払えるが、払ったら数週間で詰む。
生命的な余命が一年あっても、社会的には数週間で終了である。
「一応ね、世界の保険連盟から通達が出ていまして、タラントさんの医療費は現在三割負担に抑えられています」
「さ、三割で、これですか」
「はい。なので、自費のカウンセリングも、入院の長期化も避けるべき状況です」
相談員は穏やかな口調で現実を告げてくる。
おかげで脳に現実がしっかり届いて辛い。
「それにね、タラントさん。仮に終末期の患者さん向けカウンセリングを受けるとしましょうか」
「はい」
「あなた、カウンセラーと深いお話をしたいとお思いですか?」
「…………」
イェフは沈黙した。
「いやだああ!」
また嘆き出したイェフに、相談員は薄ら笑顔のまま告げた。
医師からお話がある、と。
◇
そんなこんなでやってきました、
超共生都市国家『アルモニ』。
出入国申請やら国籍やらのアレコレは、病院の相談員と役所がなんとかしてくれた。
早々に追い出したがっている気配を明瞭に感じるくらいには迅速な対応だった。
余命一年足らずの青年は、腰を撫でながら船のタラップを降りる。
片手にリゾート仕様のスーツケース。
もう片方の手には、命綱の紹介状。
「アルモニ国立病院……」
「病院ならこの通りをまっすぐですよ」
「あ、どうも」
通りすがりの紳士が道を教えてくれる。
独り言を拾われ、アドバイスまで受けてしまい、イェフはへいこらと頭を下げた。
そして、心の中で盛大に舌打ちをする。
ちっ。
ネチョネチョベタベタメシウマ国家の犬共が。
どうせ今の道案内でも福祉ポイントが貯まって儲かってるんだろ。
外面上は落ち着いて応えているものの、内心は荒んだままである。
ささくれ立ちすぎてほぼヤスリの域だ。
イェフは顔を上げ、周囲を観察した。
この国『アルモニ』、元々が交易都市ということもあり、多種多様な人種が犇めいている。
皆が皆忙しなく行き交い、道も広場もごった返しているわりに、穏やかな表情を浮かべた人間が多い。
そう。
この珍妙な温和さこそが、アルモニの特徴なのだ。
この世には不運や不幸が溢れている。
イェフなんぞは不運の快速特急に詰め込まれ不幸な末路へ直行している真っ最中といえよう。
しかし、これを飯の種にする国があった。
それが、このアルモニだ。
人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、アルモニにおいて、他者の不幸は『財』となる。
平たく言えば、困っている人を助けると得になるのだ。
人助けにより、社会的地位が上がる。
そして、その地位によって、税金の免除が行われたり、給付金が出る。
人と人の温かな互助で成り立つ国。
それがアルモニなのだ。
隣国での療養後期。
顔面蒼白のイェフの手に、アルモニ国立病院への紹介状を握らせ、前担当医は言った。
「確かにタラントさんには何もありません。だが、だからこそ資産価値が高い」
「はい? シサンカチ?」
「アルモニへ行くのです。あそこならば、あなたは助かるかもしれない」
事実上のお手上げ宣言と共に、イェフ・タラントは前の病院を追い出された。
未払い患者は病院運営の敵であり、かくもこの世は非情なのである。
そして、非情なる世の摂理をひっくり返す一手こそが、アルモニへの移住であった。
ところで、イェフはこの国が嫌いだ。
もともといけすかないと思っていた。
理由は語るまでもないだろう。
荒んだ目付きのまま、イェフはアルモニ国立病院への道のりを歩み始めたのだった。




