第1話 余命宣告
超共生都市国家アルモニの役場にて、一人の青年が絶望に瀕していた。
「あの、もう一度お願いできますか?」
青年はパイプ椅子を軋ませて身を乗り出す。
いくらなんでも信じられなかったのだ。
まさか。
まさか、自分が。
「あなたの婚活適性はミジンコレベルです」
「ミジンコ」
「はい、ミジンコです」
重々しく頷いた役人を前に、青年は気絶した。
◇
時は数週前に遡る。
軍人見習いとして暮らす青年は、日々の訓練にほとほと嫌気がさしていた。
身体を鍛えるのは嫌いではない。
だが、それにしたって限度がある。
残念なことに、彼には忍耐力もなければ、Mっ気もなかった。
ついでに言えば、国防への熱意もない。
才に財、住居に後ろ盾、その他諸々ないからと、流れで入隊しただけなのである。
そんなないものづくしの人生で、唯一湧いてきたのがリゾートへの憧れ。
青年は決意した。
次の休暇は旅行しよ、と。
そんなこんなで、翌月の三連休。
青年は入隊後に貯めた全財産を投入し、夢のリゾート地へ飛んだ。
さほど貯蓄がなく、旅行先は隣国にである。
手元の金を全て隣国の貨幣へと変え、青年は旅行を楽しんだ。
それはもうめいっぱい楽しんだ。
リゾート満喫に重要なのは非日常感。
日常に繋がるものは全て敵。
新聞もテレビもSNSも、全て断ち切るがおひとりさまリゾート旅行の極意──と、ネットニュースに書いてあった。
そう、デジタルデトックスである。
全ての情報を断ち、海辺でトロピカルジュースを飲みながらのんびり過ごし、リフレッシュ。
これこそリゾート。
楽園である。
正直なところ、青年は社会が苦手だった。
だってつかれるし。
面倒だし。
人との繋がりから解放され、青年は全力で羽根を伸ばすことができたのだ。
リゾート最高。
おひとりさま最強。
ずっとこうしていたい。
今なら空も飛べそう。
なんだか身体が軽い気すらする。
実際、足元がふわふわしているような。
そんなことを考えつつ、青年は屋台の軒先で、隣国名物ナントカの串焼きを齧っていた。
ところで、リゾート地には珍しく、その屋台にはテレビが備わっていた。
おそらく、リゾート開発前からある老舗なのだろう。
なんの気なしにテレビ画面を見上げた青年は、目を瞬き、口をぽかんと開ける。
『連続した大規模災害により、アレンディタは壊滅状態──』
『たったいま続報が入りました。アレンディタ国内の生存者はゼロ、生存者はゼロとのことです』
『──被害は既に沈静化していますが、アレンディタ政府は事実上の消滅状態となり──』
名物串焼きが青年の手から滑り落ちた。
「うそお……」
青年は掠れた声でそう呟き、ばたりと倒れる。
「おい、あんちゃん! 急にどうしたんや。聞こえるか? おい!」
カウンターを越えて駆け寄ってきた店主に頬を叩かれるも反応できない。
驚きすぎて声も出せなかった。
「こらあかんわ。目ェ開けて気絶しとる」
妙にドライな店主がレスキューを呼ぶ様子が見える。見えるが止めることができない。そもそも止めるべきなのかすら判断できない。
だって、故郷、滅んじゃった。
テレビを見ていた店主がぼやく。
「なんや客入り悪いなぁおもたら、お隣さんの騒動のせいかいな。国境は封鎖しとるっちゅー話やさかい、ここは安全やのになぁ」
言われてみれば、リゾートは空いていた。
そっか。
人がいなくて快適だったもんなあ。
なるほどなあ。
そんなことを考えるうちに、青年の意識はブラックアウトした。
次に目覚めた時、青年は近くの市民病院に搬送されていた。
「まあね。故郷に残してきた人とかはいないんで、そこはまだね。天涯孤独で良かったと思う日が来るとは、自分でも驚きですけどね、はは」
驚愕ハイとでも言うべき饒舌っぷりだ。
担当医師に祖国が滅びたことを伝え、青年はへらへら笑いながら呟く。
「ストレスですかねえ」
「それもあるでしょうが、根本的な原因は他にありますよ」
「えっ? 病気ですか。貧血とか?」
生まれてこの方医者知らずで生きてきた青年にとっては青天の霹靂である。
故郷壊滅といい、霹靂が連続しすぎではという話だ。
訝しむ青年を見つめ、医師は不思議そうな顔をした。
「病気ではないですよ」
「なんだ。よかった」
「お気の毒ですが、速やかに次を見つけるようおすすめします」
「次?」
「え?」
医師と患者は同時に首を傾げた。
「ええ、次です。故郷を失えば所属集団もなくなる。倒れてしまうのは当然の話です」
「はい? 結局、びっくりして倒れただけってことですよね」
「え?」
眉を顰めた医師がカルテを捲り、おそるおそる尋ねてくる。
「もしかして、あなた、ご自分の種族をご存知でいらっしゃらない……?」
「種族? いやだなあ、先生。クマやうさぎに見えます? 見ての通り、人間ですとも」
「そうです。人間の、共生種です」
きょうせいしゅ。
なんだ、それ。
青年は首を傾げた。
「きょうせいしゅってなんですか」
不思議なことに、医師の顔が引き攣っていく。
カルテ、おそらく問診欄を眺めまわし、医師が質問を投げかけてきた。
「失礼ですが、ご家族はいらっしゃらないということでしたね。早くにお亡くなりに?」
「いやあ、どうでしょう。知らないんですよね、孤児なんで」
「……成程。ところで、学校や就職先の健康診断とかは」
「いつもオールAでした。元気だけが取り柄なんですよ。病院とかここがほぼ初めてです」
「…………」
しばしの間、額を押さえて黙り込んでいた医師は、歯の隙間から声を絞り出すようにして続けた。
「共生種とは、他者との共生を前提とした種族です。所属集団を同じくする他者から生命エネルギーを分け与えられることにより、生命活動を維持します」
「はえ?」
急に難しいことを言われてもわからない。
リゾート式デトックスの副作用だろうか。
手元の機械を弄り、院内各所に何やら通達を飛ばしているらしい医師。
段々と険しくなっていくその表情を、青年はぼんやりと眺めていた。
「ともかく、細かい説明は後で相談員が行います。ただ、早く現実を知る方があなたのためですので、これだけは伝えておきますね」
「はあ、何でしょうか」
青年が曖昧に頷けば、医師は真顔で言った。
「タラントさん。このままですと、あなた、一年も持ちませんよ」
「へ?」
「あなたの余命は約一年です」
青年──イェフ・タラントは呟く。
「うそお」
「嘘じゃないです」
至極冷静に否定されてしまう。
イェフは言葉を失い、再び気絶した。




