③相手の立場に立って考える
母の教えの1つに、【相手の立場に立って考える】というものがあった。
過去の私は、この教えの本質に辿り着くまでに随分と遠回りをしたものだ。
生意気で、頑固者で、理屈っぽい子供として小学生時代を過ごした私だが…
怒られることを極端に恐れる子供でもあった。
母の性格を考えると、厳しく怒られた経験がトラウマを植え付けた…というわけでもないだろう。
今でも具体的な理由は分からないが、とにかく、少しでも怒られそうな空気を感じると、思わず半泣きになって必死に謝罪していた。
相手も、それほど強く怒るつもりではなかったのに…と困惑するほどだったらしい。
……
“怒られたくない”
“嫌われたくない”
当時、そういった思いが強かった私は、【相手の立場に立って考える】という母の教えを聞いて、こう考えた——
【相手の立場に立って考える】とは、
嫌われない為に、良く思われるように、相手の気持ちを察して行動することだ…と。
その頃から、私は、周りのみんなに喜んでもらえるように立ち回るようになった。
だが、今にして思えば、あの頃の私がしていたのは、
【相手の立場に立って考える】というよりも、
【相手の顔色をうかがう】といった方が正しいだろう。
……
【相手の立場に立って考える】もとい、【相手の顔色をうかがう】を実践するようになってから、私は周りから「良い子」と呼ばれることが増えた。
決して成績が良かったわけではないが、あの年頃にしては充分過ぎるほどの処世術を身に着けたのだ。
周りの子達のように好き勝手行動せず、年齢に似つかわしくないほどの【遠慮】を覚えた。
だが、当時の私は「良い子」のフリをしているつもりはなかったし、そう行動すれば周りが喜んだり褒めたりしてくれるから実践していただけだ。
……
だが、その【遠慮】は年々強くなっていき、とうとうそれが原因で怒られるという事態が起きた。
小学校高学年の頃だったと思う——
その頃すでに私の【遠慮癖】は煮詰まっていて、周りの大人からお小遣いを渡されそうになっても頑なに遠慮するようになっていた。
そんなある日、親戚の家にお邪魔した時のことだ。
とうとう私は、出されたお茶やお菓子まで遠慮して、素直に頂けなくなってしまったのだ。
それがきっかけで、私は、生まれて初めて【遠慮しすぎて怒られる】という経験をした。
親戚の言葉は今でも覚えている…
『相手の好意は素直に受け取りなさい!』
そのお陰で、私の【遠慮癖】には歯止めがかかった。
怒られたくない、嫌われたくないという思いが根底にあった私には、親戚に怒られたことがとても衝撃的だったのだろう。
そしてそれは、母の教えについて考え直す機会にもなった。
……
【相手の立場になって考える】
これを実践する為に、顔色をうかがい、上手く立ち回ってきたつもりでいた。
だが親戚に怒られた事実は、当時の私が、【相手の立場に立って考える】ことができていないことの何よりの証明でもあった。
怒られないように、嫌われない為に…
そういった気持ちを主軸にしていた私は、少しずつ、
こうすれば「良い子」に見えるだろう…!
ああすれば褒められるだろう…!
という考えだけで行動するようになっていた。
いつの間にか、【相手の立場】という視点が抜け落ちていたのだ。
……
当時のことを教訓に、それからの私は【相手の気持ちに寄り添う】ことを意識するようになった。
嫌われたくない、良く見られたい…
という気持ちが無くなることはなかったが、心の中で上手くバランスを取って中学、高校時代を過ごせたと思う。
何か意見を言う時は、相手の立場に立って言い回しを考えた。
後輩や同級生の個人的な相談に乗ったりもした。
そんな学生生活を経て、高校卒業の頃に私が導き出した結論は、
【相手の立場に立って考えることは不可能】
ということだった。
…別におかしくなったわけではない。
……
そもそも、人間は一人一人違うものだ。
大事にしている事も、考え方も人それぞれ。
それを他人が完全に理解しようなんてこと自体、不可能なのだ。
だが、これは母の教えを全否定したわけではない。
【相手の立場に立って考える】ことは不可能だが、
【相手の立場に立って考えようとする】こと自体に意味があるのだ。
相手を完全に理解できなくてもいい。
そんなことは当たり前だ。
たが、そこで終わるのではなく、
ほんの少しでも相手の事を考え、理解しようとする——
その姿勢は、きっと相手にも伝わる。
……
高校卒業時点で、そんな高尚な考えに至った私だ。
その後、聖人君子のような存在になっていることだろう…と、お思いかもしれないが。
今となっては、その精神も無用の長物だ。
なぜなら、周りに【相手】がいなければ【立場に立って考える】必要もないのだから。
他人を理解するなんて不可能。
つまり、人間関係なんて、そんな簡単なものではないのだ。




