6章魔人襲来④赫に染まる約束
國の境界線の郊外。ルイたちは必死にアラサラに攻撃を仕掛けていた。ルイたちの刃はアラサラに届いている。獣人の里の頃であれば傷一つつけられなかったが、今では違う。確実に彼女の柔い肌を切り、凶暴な攻撃を受け流せるほど成長していた。しかし、一向に形勢は有利にならない。何度攻撃してもアラサラの傷はすぐに修復する。そしてアラサラの攻撃は鋭く重たい。身体を掠めるたびに頭に死の文字がよぎる。ルイたちは身体、精神に疲労が蓄積していく。
「あら?もう終わり?そろそろ遊ぶのも飽きたのだけれど。」
アラサラは頬に手を添わせ、余裕な表情を見せる。その時ミアがふらっと立ち上がり、双剣を構えた。肺が破れそうなほど苦しかったがミアは立ち上がった。獣人と人間を仲を裂いた元凶。
目の前にいるこの魔人だけは倒さなければ。そう決意したから。足に力を入れ、アラサラに飛び掛かる。その時、アラサラがミアに手を向けた。勢いよく射出された糸が何重にも下り重なり玉のような形に。それがミアの腹部に直撃し、吹き飛んだ。
エマが立ち上がり、「よくもミアを……。」と呟いて弓を思いっきり引く。険しい表情で「花水木!」と叫んで、桃色の光に輝く矢がアラサラを襲う。しかし、アラサラはその矢を手で掴み、へし折った。「嘘……。」と呟き、ほんの一瞬だけ気を抜いてた。その時、ミアと同じ攻撃がエマに襲いかかり、エマも吹き飛ばされた。アラサラは小さく微笑み、ゆっくりとルイに向かって歩み始めた。
「お前たちの狙いは僕なんだろ。二人にはこれ以上手をだすな。」
とアラサラに強い視線を向けた。アラサラはふふっと微笑むと一瞬でルイの懐に。
「ちょっと痛いかもしれないけど、眠っててね。」
と柔らかい声で言った後ルイの水月に拳を叩き込んだ。ルイの身体はくの字に折れ、息を溢した後、地面に倒れて気を失った。
「ルイから離れなさい!」
アラサラが声をする方を向くと、エマとミアが鋭い表情で彼女を睨みつけていた。
「意外と頑丈なのね。あなた達。せっかくだから面白いものを見せてあげるわ。震えなさい。」
アラサラは糸で作った刀で指先を切った。ぽたっぽたっと赤い血が垂れる。そしてルイの上へ。アラサラの血がうつ伏せで倒れているルイの頬に落ちる。するとスポンジが水を吸うようにその血がルイの中に吸収されていく。
「ルイに何してるの。やめなさい!」
ミアが叫び、前に踏み出そうとすると、アラサラが凄まじい形相で圧をかける。ミアは顔を歪め、そこから動けなかった。
「いいからそこで見てなさい。まだ一瞬だけどそれでもいいわ。」
アラサラは懐かしさを思い出すように瞼をたるませ、ルイに視線を注ぐ。
ルイの身体が鼓動を打つように何度も跳ね上がる。その後、身体から黒い蒸気のようなものが溢れてそれがルイに蠢くように纏わりつく。不気味な静けさが漂っている中、エマが「ルイ?」と声を出すと、ルイを中心に爆風のような衝撃波が発せられた。
エマとミアは身体を小さくし、その衝撃はを何とか耐える。やがてその衝撃がピタリと止まる。そして襲る襲る前を向くと、二人は目を見開き、唇を震わせた。
身体の周りにヘドロの様なものが蠢き、髪が逆立ち揺らめくルイの姿が。身体に纏うヘドロがルイの顔を覆っていく。ルイが苦しそうにうめき声を上げて身体を丸めた。その時、背中に大きな黒い翼が。その翼に暗緑のオーラを纏う。ルイは大きくゆっくり呼吸をした後、空気を肺に溜めこみ、空に向けて咆哮した。大地、そして空が震え上がるような咆哮。それを目の当たりにしたエマ達はその場で身体全体を震わせることしかできなかった。その時、突然アラサラがルイに跪いた。
「また……。お会いできるなんて。」
恍惚の表情でルイを見上げていると、急にルイはアラサラを殴り飛ばした。彼女は弾丸のような速度で地を転がった。首は拉げ、身体がピクピクと痙攣している。エマは震えながらも困惑した表情を浮かべた。
そのとき、ルイが勢いよくエマの方に首を向けた。緑色に怪しく光る目が弧を描く。すると急に飛び掛かってきた。エマは身体が硬直し動けない。その時ミアがエマの身体を抱えて寸前のところで回避し、ルイから距離を取った。
「エマ!構えて!」
ミアが大きな声を張ると、エマが我に返ったように弓を構えた。ルイは腕をだらりと垂らし、怪しげに光る瞳で二人をとらえる。
「エマ。怪我はない?」
「うん。助かった。あれって……。」エマは小さな唇をキュッと結んだ。
「あれはやばい。あの時ルイが言ってたのはこれのことだったのね。」
「……ミア。あの時私がいったこと覚えてる?」
とエマは弓をギュッと強く握り、変貌したルイを見つめた。彼の優しさや思いやり。それを塗りつぶすように纏うあれが許せない。
「もちろん。」とミアは一言だけいい、体勢を低くし、双剣を構えた。そしてそれに呼応するようにエマも弓を構えた。
「あんな化け物がルイな訳ない。あの時約束したんだから!ルイを助けるよ!」
張り詰めたような緊張感が周囲を漂う中、ルイが二人に襲い掛かった。二人は何とかルイの攻撃を躱していた。そしてミアがルイの攻撃を受けた瞬間、目の前からルイの姿が消えた。ミアは「え?」と声を溢す。後ろから気配が。振り向くとルイの拳が迫ってくる。エマは「花水木!」と唱え、ルイの拳に矢を放つ。ルイの拳はぎりぎりでミアの横を掠めた。二人はルイと距離を取った。ミアはルイの拳がかすった跡を肩で拭った。
「ごめん!ありがとう。」
「気を付けて。ルイが一瞬でミアの背後に移動したの。ルイが使う虚空と同じ感じ。気を付けて。」
二人はルイがいつ迫ってきてもいいように鋭い視線を飛ばした。その時、ミアが急に殴り飛ばされた。「え?」とエマが声を出すとアラサラがエマを見下ろしていた。
「あなた達の敵はこの方だけじゃないのよ。」
エマはすぐに弓を引く体勢。アラサラはエマに向かって糸の刀を振る。地面を蹴るような音が二つ。吹き飛ばされたミア、そしてルイが彼女たちに向けて攻撃を仕掛ける。すべてが中心に集まり、エマの頭は散乱する。
(もう訳わかんない!)
とエマが心の中で叫んでいると、「後ろに飛べ!エマ!」と聞き覚えのある声が聞こえる。
颯爽と現れたレオがルイの攻撃を受け止めて弾き飛ばした。彼の振るった刃から火の粉が舞う。エマはアラサラの攻撃を後ろに躱し、いつになく決死な表情が滲むレオに視線を送る。
「お前たちはその魔人を相手にしろ!こいつは俺がやる。」
すでにチェインを発動したレオがルイを鋭い目で睨みつけた。
「レオ!それはルイよ!こいつの血を浴びてからおかしくなったの!」
「あぁ。知ってるよ。お前たちこそ驚かないのか。これがルイだって。」
「ルイから教えてもらったから。……ルイをお願い。」
エマが振り絞るような声で言うと、レオは「わかった。」と小さな声で呟く。目を細めて、禍々しく変貌した親友の姿を見た。そして刀を構える。
(ルイ……。あの時約束したよな。俺が止めてやるって。)
肺がこれ以上膨らまないぐらいまで空気を溜めて、
「来やがれ!俺がお前をぶっ倒してやるからよ!」と割れるような大声をぶつけた。
それに呼応するように目の前のルイが咆哮し、レオに飛び掛かる。レオはルイの攻撃を冷静に刀で受けた。そして地面を強く踏み、刀を下から振り上げる。ルイの片腕が宙を舞う。息する間もなく、ルイの身体を切り刻む。そして跳ねるように後ろへ後退。
ルイの傷跡からチリチリと火の粉が舞う。ルイはしばらく切られた腕を見ると、一瞬のうちに再生。身体のつけた傷も修復された。
レオは刀を振り上げ「紅蓮撃震!」と叫び、刀を縦に大きく振った。大地を切り裂く炎の斬撃がルイに襲い掛かる。ルイはその燃え盛る斬撃を身体で受け止めた。そして、ルイの身体は大きく吹き飛んだ。傷跡がメラメラと炎を上げる。しかしそれが消えるとルイは空へ飛翔。身体を小さく丸め、もう一つ両翼を生やした。背中から生える四翼。暗緑のオーラと暗橙色のオーラを纏う。
ルイがレオに手をかざす。すると地面にいたはずのレオは空を飛ぶルイの手の中に。レオは首を絞められ、グッと声を漏らす。そのままルイは急降下。レオを地面に叩きつけた。
レオはルイの手首を切り落とし、横に転がり脱出。しかしルイは背後に瞬間移動。レオの頭を掴み、地面に何度も叩きつけた後、投げ飛ばす。凄まじい速度でレオは地を転がった。すぐさま起き上がるが、ルイの嵐のような攻撃はやまない。レオは顔を歪めながら、ルイを見た。そして心の中で呟いた。
(おれはあの時よりも強くなれたと思う。でもすまねぇ。まだもうちょっと……足りないみたいだ……。)
その瞬間、ルイの腕がレオの腹部を貫いた。チェインが解け、刀が地面に落ちる。レオの血液がルイの腕を伝い、ポタポタと地面を赤く染めた。




