6章魔人襲来③残り火
空中を蓑虫のように吊るされ、ルイとエマはただ荒れ果てる街とアラサラを交互に見ることしかできない。身体を縛り付けている糸はチェインを使えば切れる。しかし唱えてもチェインが発動しない。エマはアラサラをキッと鋭い視線を送り、
「ちょっと!降ろしなさい!」と声を張った。
「ほんとうはその坊やだけでよかったんだけどね。あなたは私の都合で連れて行くよ。気に入らないのよ。だから……ものすごく苦しめて殺してあげる。」
アラサラは冷たい瞳を向けると、エマは口角を上げた。
「あんたの糸とアタシのチェイン相性悪いものね。怖いんでしょ。私が。」
エマの強がった笑いを見たアラサラは「うふふっ。」と声高々に上品に笑った。
「面白いこと言うわね。そうね。その根拠のない自信が本当に怖いわ。なんでそんな弱いのに生きていけるのかしら。人間って不思議だわ。でも……もうそんな世界も終わり。」
そろそろ國の境界線。(まずいまずい。)と胸の中で焦りながらルイはもがいた。アラサラが國の境界線を出ようとしたその時。何かがルイたちの上を通過。ルイたちの身体が落下する。ルイたちの身体が自由になり、二人は地面に着地した。
「二人とも大丈夫!?ケガはない?」
顔を上げると、チェインを発動したミアがいた。ルイは安心したようにほっと息をつく。
「ミア!ありがとう!助かった!」
「たまたま見えたの。ぎりぎりだったけど間に合ってよかった。」
怒りを堪えているミアが空を優雅に羽ばたくアラサラを睨みつける。
「アタシにとっても因縁の相手。あいつだけは許さない。」
アラサラはゆっくりと地上に降りてきた。すらりと長い脚を伸ばし、甘く微笑む。
「誰かと思えば。あの時の子猫ちゃんじゃない。わざわざ殺されにきたの?」
「死ぬのはあなたたちよ。こんな一方的な虐殺をして何をしたいの。アタシはあなたたちを絶対に許さない。」
ミアは双剣を構え、強い意思を宿した面持ちをアラサラに向けた。しかしその言葉を聞いた瞬間、アラサラから微笑みが消える。
「一方的な虐殺ね……。あなたたちはそう思ってるのね。ほんとうに救いようがないわね。」
アラサラは小さく息をついた。ルイたちはミアの横に立ち、刀を構えた。そして唱える。
「息吹け。天碧の刹那。」
「咲き誇れ。華椿」
チェインを発動したルイは無表情で禍々しいオーラを放つアラサラに強い視線をぶつけていた。彼女の瞳は冷たく、氷のように冷え切っていたが、その奥には燃え盛る怒りの炎が見え隠れしていた。
街に押し寄せた災獣たちをハンターたちが迎え撃つ中、リョウガはその道をゆっくりと歩いていた。ただ何をするわけでもなく、ただ茫然と足を進める。彼の目には憎しみや怒りもなく、かといって何かを成し遂げようという意思すらも感じない。
「おい!お前!ここで何をしている。」
リョウガが振り向くとそこにはリュウそしてルナの姿があった。
「……なんだ。お前たちか。」
と呟き、彼らを無視するように歩き出す。グッと顔を歪めたリュウはその背中を強く睨みつけた。そして地面を強く蹴り、彼に刀を振り下ろす。しかしその刀はまたしても届かない。リョウガは刀を逆手で持ち、リュウの刀を止める。そして何も言わずにリュウを見つめる。
「何をしてるって聞いてんだよ!」
「答える必要はない。俺に構うな。」
リュウははじき返され、足を擦るように勢いを殺した。
「リョウガ。私ずっと探してたんだよ。なんで急にいなくなっちゃったの。」
リョウガは黙って目が潤んでいるルナを見る。
「ねぇ。何か理由があったんでしょ。何か訳があったから、行かないといけなかったんでしょ?だから教えて。」
震える声が混乱する街に溶けていく。そしてリョウガは刀を逆手で持ったまま、身体の横に隠すように構えた。
「……俺はお前たちの敵だ。おれを止めたいのならば俺を殺せ。」
リョウガがルナの懐に飛び込んだ。ルナがあっと声を溢す。リョウガは刀を振り抜こうとすると、リュウがその一撃を受け止めた。
「てめぇ。やっぱりどこまでも腐ってんな。こいつはずっとお前を信じてるんだぞ。」
「人は信じたいものを信じる。例えそれが悪魔に魂を売った人間でもな。」
「おい。お前はどこか行ってろ!こいつは俺がやる。今のお前じゃ無理だ!」
ルナは少し希望を抱いていた。自分はその場所にいなかったが、洞窟でリョウガに会ったことをリュウから聞いた。その話も信じられなかった。あの優しいリョウガがそんなことするわけない。そう思った。だからより一層会いたくなった。自分の目で確認しかった。でも目の前で刀を抜かれ、彼は切りかかってきた。ずっとずっと会いたかった人が目の前に現れたのに。
ルナはリョウガからもらった宝物の刀を抜き、リョウガを穿つ。彼はそれを身体を捻って躱し、跳ねるように後退。
「もう怒った。私怒ったからね!むかつく。むかつく。むかつく。」
いつもやる気のなさそうなジトーッとした目が今は強く怒っている表情に。ぶつぶつと文句を言うルナをリュウは口をポカンと開けて見ていた。
「リュウ。手を貸して。もうどこへにも行かないように縛り上げてから話を聞く!」
珍しく声を荒げるルナ。彼女は決意を宿したように強く真剣な眼差しをリョウガに注ぐ。リュウは「おう。」と返事をし、切っ先をリョウガに向けた。
「お前たちがどの程度成長したのか見てやる。俺を止めて見せろ。」
リュウとルナは地面を強く蹴り、リョウガに飛び掛かった。
その頃ルイたちもアラサラと戦闘が始まった。アラサラは街中で倒れたハンターたちを糸で操りルイたちの攻撃を仕掛ける。ルイたちは対策済みだが、今回は数が多すぎる。しかしエマが奮起。
弓をギリリと引いた瞬間、矢に桃色の光が集まる。「花水木!」と声を上げ、操られているハンターに向かって矢が放たれる。エマが矢に指示を出すように手で操作。放たれた矢が何度も旋回。彼らに操っている糸を瞬時に切りつくす。
そしてアラサラに向かって弓を引く。「花水木!」と唱え、矢を放つ。アラサラは宙を飛び回るが、エマの矢がしきりに彼女を追う。アラサラは飛び回りながら、不敵な笑みを浮かべ矢を操作するエマを眺める。
「あなたの攻撃うっとしいわね。性格の悪さが技にも滲み出ちゃってるわよ?」
「えぇ。それはどうも。ただそれを言うならあなたの方が性格悪そうね。自分で戦わずに人に戦わせるなんて。」
すると矢が力果てたように地面に落ちる。アラサラは優雅に地面に降り立ち、糸で刀を作り、それを軽やかに指で回す。その時、ミアがアラサラに攻撃を仕掛ける。一撃、二撃、三撃と一太刀入れては突進するように攻撃。アラサラはミアの攻撃を受け流す。徐々にミアのスピードが上がっていく。「牙獣乱舞!」と叫び、さらに速度が上がる。機関銃のような音が鳴り響き、アラサラの身体に無数の切り傷が。最後の渾身の一撃。アラサラの糸で作った刀が折れ曲がった。
「あらあら。こんなになっちゃって。少しは強くなったわね。いっぱい頑張ったんでしょ。褒めてあげるわ。」
ミアはフーッと息を吐き、呼吸を整える。目を細めてアラサラを見ると、身体中につけた傷跡がすでに塞がっていた。
その頃、イブは長い廊下を進んでいた。彼女が通った後ろにはおびただしい数の兵の死体が横たわっている。そして目の前の分厚い大きな扉。それを引くが鍵がかかって開かない。イブは眉間に皺を寄せ、腕を振り下ろした。扉が砕け散り、衝撃音が響き渡る。その時、部屋の中から沢山の兵が飛び出し、イブに切りかかる。イブはただ腕を振る。すると兵の身体は引き裂かれ無残に倒れこんだ。イブは彼らを踏みつけ、部屋に入った。イブの視線の先には黒い装束を来たやせ細った老人が座っていた。白い眉毛が伸び、目を覆っている。
「来たか。本当にお前のようなものがこの世にいるとは。」
「お前が國長だな。勾玉はどこにある。よこせ。」
「まぁまぁ。そんなに焦ることはないだろう。せっかく来たんだ。お茶でも飲むか?この國はお茶が名産でな。落ち着くぞ?」
イブはかすれる國長の声を無視するように睨みつけた。
「ふむ。いらんか。じゃあ我だけで。」
國長はフラフラと立ち上がり、急須にお湯を注ぎながら口を開いた。
「この國はとある男と獣人たちによって建国された。彼らの意思、心は受け継がれ、今この國を救おうと必死に戦うハンターたちに宿っておる。この國を豊かにしたのは、ほかでもないその心だ。」
「そんなくだらない話はどうでも……。」
「最後まで聞きなさい。心とは誰しもが持っておる。人間も獣人もそして災獣も。お前たちにも誰かを慈しむ心をもっているだろう。自分を傷つけるほど心は姿を眩ませる。なぜお前はそんなに自分を傷つける。何を求めて彷徨っておるのだ。」
その時、イブが國長の下へ飛び出し、彼の胸を貫いた。
「意味わかんないこと言うなよ。人間如きが……。」
吐血する國長にイブは氷のように冷たい眼差しを向けた。痛みで大きく顔が歪んでいる國長は皺だらけの手でイブの腕を掴む。
「気づけ。お前が探しているものは力では見つけられん。己の心を無視するな。心の声をきちんと聞けば見つかる……。」
國長は絶命し、イブの腕を掴んでいた手がだらりと垂れる。イブは國長の胸から手を抜くと足元に亡骸が転がった。イブは胸に手を当て、國長の言葉が何度も脳によぎる。その時、沸騰するような怒りがこみ上げ、床を踏みつけた。
「あぁ。もうめんどくさい!全部破壊してやる。」
イブは両手を掲げた。彼女の頭上に空気が集まってくる。部屋の中の椅子や机がガタガタと震え始める。それが徐々に形作り、大気を圧縮した球体に。時折光を発しながら圧縮しきれないように大きくなっていく。その球体が身体の三倍ほどの大きさになった時、イブがそれを床に思いっきり叩きつけた。それが真っ直ぐに屋敷を貫く。そして眩い閃光と大地を揺るがすほどの衝撃波。これにより蓮の國で最も象徴的な大きな屋敷が爆発するように倒壊した。
空を羽ばたき、宙に浮いているイブは地上に視線を走らせた。そしてある場所を見つめる。不敵に笑みを浮かべ、その場所に急降下した。瓦礫の山の前にイブが立つ。それを翼で払い、突風が吹き荒れて瓦礫の山を吹き飛ばす。そこには鋼鉄でできた大きなシェルターがあった。
イブが一歩近づこうとする。その時、扉から勢いよくシオンが飛び出し、イブを蹴り飛ばした。彼女は弾丸のような速度で飛ばされ、ドカンと大きな音を立てて瓦礫に追突し砂塵が舞う。シオンが刀を抜いてその中をじっと見つめる。イブが砂煙の中から飛翔。シオンの前に降り立った。彼女はシオンの後ろを覗き込むように首を伸ばし、
「いるんでしょ?出てきなよ。」
と挑発的な声を上げた。すると、鋼鉄のシェルターの中から涙を堪えるレナが現れた。そしてイブをキッと力強く睨みつけた。涙が頬を伝い地面に落ちる。
「今ハンターたちが必死に戦っています!おじい様も兵のみんなも戦いました。あなたにこれは絶対渡さない!」
首飾りの翡翠色の勾玉をギュッと握りしめ、レナは声高々に叫んだ。その姿を口元に笑みを浮かべてイブは眺め、視線をシオンへ移した。
「この子を守りながら僕と戦えるの?舐められたもんだね!」
そういうとイブは空高く舞い上がり、シオンたちに向かって急降下。
「レナ様!絶対僕の後ろにいてください!」
シオンは刀を身体の横に隠すように構え、突撃してくるイブに渾身の力で刀を振るった。




