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6章魔人襲来①蒼穹の誓い

 鱗雲が薄く広がる蒼穹の下、ルイは歩き慣れた山道を癖のある柔らかな髪を揺らしながら進んだ。決心した彼の心を映すように透き通った目には光が宿る。ルイはタクトたちの墓がある修行場に到着した。そして真っ直ぐに目の前にいる男性に目を向ける。ルイの視線の先には人の身体ほどの大きさの鍛錬用の刀を振っているシオンがいた。彼が大きな刀を振るたび、低い風切り音が鳴る。そのたびに汗が飛び散る。長時間鍛錬したことを示すように彼の下には水たまりができていた。ルイはそんな彼に近づき、彼の薄い空色の瞳を見つめる。少し息を乱しているシオンは真剣な眼差しを向けるルイに微笑んだ。


「その顔は決まったようだね。」

「最初は迷惑にならないよう戦わない選択肢も考えました。でも……。それは僕が僕で無くなる気がしちゃうんです。みんなが僕の背中を押してくれました。だから僕は大切な人を守るために戦います。」

「そうか。君はまた歩き出したんだね。僕も負けてられないな。」


 シオンは豆やタコだらけの手の平をみて、何かを掴むように握った。


「ルイ。僕は空になる話を受けようと思う。君がすべきことをするように僕も自分のやるべきことをしよう。僕が空になったら喜んでくれるかい?」


 シオンの瞳にゆるぎない決意が宿る。ルイは目や口を大きく開け、胸の前に両手を上げ、ガッツポーズをした。


「もちろんですよ!シオンさんは僕がハンターになろうと思ったきっかけの人ですから!一番強い人ですから。」


 シオンは目を細め、口元が緩やかに弧を描いた。しかしすぐに真剣な顔つきに戻る。


「このことは話しておかないといけないから話すけど……。ルイはリョウガという人を知ってるね?」

「はい。僕の同期のリュウのお兄さんです。僕が暴走した時、セナさんと一緒に止めてくれました。」


 強い風が修行場に吹き込み、シオンの白みがかった金色の髪をなびかせる。


「僕は彼に負けたよ。彼と手を合わせたけど正直底が見えない。彼は僕より強い。」

「シオンさんが!?」とルイは真剣な表情のシオンを覗き込んだ。

「恐ろしいほど洗練された技だ。どうして彼があそこにいるのか。理解に苦しむよ。ほんとに……。」


 シオンは一瞬だけ切なさを感じているように目をたるませた。


「ルイ。やつらがいつこの國に攻めてきてもいいように君は強くならなくてはならない。何をすればいいかわかるかい?」

「もちろん修行です!シオンさんでさえ、こんなに鍛錬しているのに僕が休んでいる暇はありません!」

「ここで僕が鍛錬していることはみんなには内緒にしててくれ。努力を表に出すのは僕の性根にあってないからね。」


 ルイは「わかりました!」と力強い返事をした。そして少し雑談をしてからルイは普段の修行場に向けて走り出した。シオンはその躍動感のある後ろ姿を見ながらあることを思い出していた。




 ルイが暴走してる時。シオンはイブと戦い、彼女がこの場から動かないようにしていた。しかしある瞬間、彼女の表情が消える。そして大量の災獣がシオンの下へ。それらに気を取られ、イブの姿を見失った。篝火との闘いが終結した後、シオンは彼女の痕跡を追いとある洞窟へたどり着く。中に入るとそ壁面や地面におびただしいほどの血が塗られている。嫌な匂いが立ち込める中、奥の方でシオンはイブを発見した。彼女は一段高いところで空に向けて手をかざしていた。狂気じみた笑顔で瞳が血塗られているように真っ赤に光る。そしてその瞳がシオンに向けられた。


「お前しつこいね。僕の邪魔ばっかりして。」

「それはそうでしょ。君のような人の形をした化け物を探してたんだから。話ぐらい聞かせてほしいものだね。」


 シオンが強く地面を蹴り、彼女と距離を詰める。しかし、彼女の後ろから誰かが飛び出し、シオンを弾き飛ばした。イブの横にリョウガがいる。彼はイブに何かを耳打ちした。イブは口が裂けたように大きく笑みを浮かべた。八重歯がキラリと輝く。


「今日はいい日だわ。ずっと探していたものを見つけられたんだから。そう……。ルイ。ルイルイルイルイルイ。あの子。あの子を手に入れないと。」


 イブは踊るように手を広げてその場で回転。そして上半身の力がすべて抜けたように身体をだらんと垂らす。


「それなのに……お前が邪魔をしたんだ!」


 カッと目を見開き、咆哮するように怒鳴り声をあげた。凄まじいに気迫が衝撃波のように押し寄せる。シオンは背中に冷たい汗をかき、威嚇するように刀を構えた。


「あいにく化け物を野放しにするほど、僕もハンター歴は短くないからね。」


 今にも襲い掛かりそうなイブにリョウガは再び耳打ちで何かを伝えた。イブは得意げに小さく頷く。


「へぇ。やるじゃない。探し物が同じところにあるなんて好都合ね。もう一つはアラサラが見つけたって言ってたし。あとはお前がやりな。」


 イブは不敵にほほ微笑み、黒い翼を大きく広げた。そして飛翔し、空の彼方へ消えていった。


 シオンはふぅっと小さく息を吐き、目の前にいるリョウガに強い線を送る。するとリョウガはシオンに向かって一気に距離を詰めてくる。二人の刀が交錯。


「僕はシオン。君。名前は?」

「リョウガだ。悪いがお前の実力を測らせてもらう。」


 互いに弾かれたように後ろへ後退。シオンはうっすら苦笑いを浮かべ、再び刀を構えた。


(なるほどね。敵は化け物だけじゃないってことか。)


 そして二人の激しい戦いは三日三晩続いた。




 遠くに見えるルイの背中が消えるまで、シオンは熱のこもった目で見つめていた。


(ルイ。奴らの狙いは確実に君だ。だから強くなってくれ。)


 ルイの姿が見えなくなると、シオンは再び鍛錬用の刀を振り始めた。いつもより一層力を込めて。



 ルイがいつもの修行場に着くと待っていたかのようにカルマが大きな切株の上に座っていた。ルイに向けて手招きするので、ルイは彼の下へ駆け足で向かう。


「話は協会から回ってきた。大変じゃったの。まさかこの世界にそんな生き物がいるとは。儂もまだまだ知識が足りんわい。その魔人とやらは強いのか?」


 ルイはアラサラとの戦いを思い出していた。しかしルイが相手にしていたのは操られた獣人たち、そして彼女が呼び寄せた災獣。ただ彼女が持つ膨大な生命力、邪悪な雰囲気は今まで感じたことがなかった。


「比べるものがない。って感じかな。」

「そうか。ならば隠居などしてられぬな。儂も久しぶりに戦おうとしよう。」

「え?タクトさんの時も戦ってたんじゃないの?」

「あれは戦ってなどおらぬ。戦うというのはな、命を懸けることなんじゃよ。色々なことを想像し、鍛え、備えてこそ戦うというのだ。」


 ルイは感心するように口を窄めた。カルマはいつも新しい知識や思想を与えてくれる。


「そしてまた、新しい芽を育てるのも儂の修行じゃ。お前たちもそろそろ次の段階へ進んでもよい。その修行についてくる覚悟はあるか?」


 カルマの切れ長の目がキラリと光る。しかしルイの心に迷いはない。強い決意に裏付けられたように背筋を伸ばしてカルマと視線を交える。


「もちろん。だから僕はここにいる。」


 その清々しいほど真っ直ぐで、透き通るような純粋な瞳にカルマは顔をほころばせた。


「レオとエマも呼びなさい。お主たちは稀有な才能を持っておる。やつらが来るまでにそれをできる限り高めよ。明日相応の覚悟を持ってここに来なさい。」


 そしてカルマはこの日のルイの修行が終わるまで、ずっと彼の献身する姿を眺めていた。




 次の日ルイたちは三人で修行場に向かった。すでにカルマとハンナがそこに待機している。ハンナはこちらに歩いてくるルイたちを見て感慨深い気持ちになった。初めて見た時はあどけない子供だったが、今では熟練ハンターのような雰囲気を漂わせる。彼らの成長に驚くも胸がいっぱいになった。ルイが朗らかな表情でハンナを見上げる。


「ハンナさんも修行を手伝ってくれるんですか?」

「……あぁ。もちろんだ。それに共に修行するのは私たちだけじゃない。」


 ハンナはルイたちが登ってきた山道とは違う方を向く。奥からタイガ、ハル、ユーリたちがこっちに向かってくる。タイガたちが修行場に着くや否や、レオがタイガに食ってかかった。


「なんでてめぇがいるんだ!お前から教わることなんてもうこれっぽちもないってんだよ!」

「あぁ?ちょっと任務がうまく行ってるからって調子乗んなよ。お前なんか俺に比べたらその辺のガキと変わんねーんだよ!」


 レオとタイガが出会うや否や喧嘩を始めると、「やめんか!」とエマとハルが頭をぶっ叩いた。レオとタイガは同じ格好で頭を抱え、頭の上に大きなたんこぶが膨む。エマとハルは互いにニヤッと顔を見合わせ、ハイタッチをした。


 ルイが微笑ましくその光景を見ていると、ユーリがルイの肩をつつく。「手を出せ。」と言われたので言われたとおりにすると、ハイタッチをしてきた。満足そうな口元に大きな弧を描くユーリにルイは「あはは。」と笑ってみせた。


 遠くからルイ!と呼ばれたので振り返る。そこにはフーゴたちがいた。ルイは居ても立っても居られなくなり、彼らの下へ駆け出した。


「まさかフーゴさんたちも!?」

「あぁ。そうだ。今度は俺たちも強くなるための修行だ。また一緒にがんばろうぜ!」


 そして全員が円状に並んだ。彼らの顔は力強く引き締まる。これから始まる戦いに備えているように。カルマが口を開いた。


「集まってもらったのは他でもない。この國に危機が迫っておる。もしかしたら儂ら全員が戦っても勝てないほど強大で凶悪な力じゃ。それらに打ち勝つには今のままではいかん。もっと強くならねば。皆昔を思い出してほしい。刃が立たぬ相手、力が及ばぬと思った者たちがたくさんいたじゃろう。勝つため日々限界まで身体を動かし、次の日も。その次の日も鍛え続けていた頃を。」


 全員の表情がさらに鋭さを増していった。カルマは全員の顔つきを確認した後、


「すでに魔人と呼ばれる者たちの特徴は知っているな。その化け物たちに打ち勝つために。……儂も久しぶりに本気を出そう。」


 凄まじい衝撃波のような圧がカルマから発せられた。ルイたちは背筋が凍るような感覚に陥るも負けじとカルマに強い視線を送り続ける。


「カルマ。殺気を出すのは戦いの時にしてくれ。」


 とハンナが呆れたような声で言い、横目でルイたちに視線を向けた。


「失礼。だが見てみろ。今の圧に耐えておる。ちと寂しいが、子供の成長とは恐ろしいほど早いの。」


 カルマの表情がいつもの優しい顔つきに戻った。ルイは目を輝かせた。こんなにも頼もしい人たちと一緒に戦えること。それがたまらなく嬉しかった。


「タイガたちはフーゴたちと修行を始めなさい。儂の手伝いをしてもらうときは個別に声をかけるからの。」


 タイガは嬉しそうに口角をぐいっとあげ、拳をパン!と警戒に鳴らした。


「よし来た。本気でやっていいんだよな。」


 その言葉を聞いた瞬間、フーゴたちの顔つきが変わる。フーゴはタイガに威圧的に詰め寄りガンを飛ばした。


「当たり前だろ。逆に俺たちはお前たちなんかに本気出さなくてもいいけどな。」

「先輩。いつまでも俺たちをガキ扱いしてると痛い目見ますからね。」

「抜かせガキ。いつまでたってもお前たちはガキなんだよ。あぁ?」


 タイガは負けじとフーゴに力のこもる目でガンを飛ばした。タイガの後ろに影が。ハルが仁王立ちで聳え立ち、タイガの頭に拳骨を食らわした。ピクピクと身体を痙攣されるように地面に突っ伏すタイガ。ハルはタイガの襟元を持ち、彼を引きずりながら歩いている。


「ほらいくよ~。フーゴさんたちも準備して。私だって負けないからね。」


 握った拳を見せつけ、自信に満ちた顔つきに。


「ユーリ。あいつらっていつもああなのか?」


 フーゴがハルたちを指さすとユーリはコクコクと頷いた。そして「俺も負けない。」とややかすれた声を出し、ユーリも歩き出した。


 ルイはいつまでたっても仲が良く、高みを目指している彼らを見て自分たちもそうなりたいと思った。タイガやフーゴたちが別の修行へ向かい、ルイたち三人はカルマとハンナの前に並んだ。


「お主たちはひたすら対面の修行じゃ。一人ずつ交代で儂やハンナと戦ってもらう。いいか?」


 ルイたちは真剣な面持ちでコクッと頷いく。ルイたちの短くも濃密な時間がこれから始まるのだった。

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