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5章完結 獣人の里⑦内なる怪物、ヒーローの心

 ルイたちがシオンの後ろをついていき、部屋に入るとすでにオーガが座っていた。大広間とは異なり五畳ほどのやや圧迫感を感じる部屋。ルイたちはオーガの対面に座った。


「まずは重ねて、里を守ってくれたルイ、エマ、ミア。そしてシオン。誠に感謝いたす。ただ申し訳ない。あの剣を奴らに奪われてしまった。」


 オーガは気難しそうな顔で机の上に視線を落とす。ただルイは謝罪の意味が分からなかった。国宝を取られてことで不利益を被るのは獣人の里の人たちだけのはず。しかし、あの剣を見た時の感情。ルイはあれがただの剣でないことは理解していた。


「あの剣は……いったいなんなんですか?あの魔人はなぜ剣を奪いにきたんですか?」


 ルイが困惑した表情でオーガに訴えかける。オーガはシオンと目を合わせると、棚から古い書物をルイたちに差し出し、あるページを開いて見せた。それを見たルイたちは目を見開いた。


 そこには翼が生え、手のひらから糸を出す女性の絵。アラサラに酷似していた。動揺する三人にシオンが視線を向ける。


「いくつかページをめくってみてごらん。」


 数ページ捲った時、ルイの目にある一枚の絵に留まった。四つの黒い羽根を持つ浅黒いの大柄の男性。その邪悪さに嫌悪感を抱き、すぐページを捲った。


 最後のページには剣を守る獣人と勾玉を守る人間の姿が描かれていた。


「ありがとうございました。」と言い、オーガに書物を返した。彼は眉間に深く皺を寄せ、鼻から息を抜いた。

「やつらは必ず現れる。次は蓮の國だな?シオン。」


 シオンが黙ってコクリと頷き、困惑しているルイたちを見た。


「國長の娘。みんなはレナ様と会ったことはあるかい?」

「一度だけ……。確かハンター試験の次の日だったと思います。」


 ミアが思い出したように耳をぴんと立てて答えた。


「レナ様の首飾りにこの勾玉がついているんだ。蓮の國の代々受け継がれる国宝。間違いなくそれだよ。」

「じゃあまたアタシたちの前に現れるんですね。」


 ミアは心に決めていた。獣人と人間たちが握った手を断ち切った張本人であるアラサラを倒すと。


「オーガさん。この絵。写実してもいいですか?蓮の國でも上の人たちに共有したい。もちろん信用できる数人です。」

「構わん。もはやこの書物も隠しておく意味を持たぬからな。」

「話は以上だ。オーガさんと話をしたんだけど、君たちはここで身体を休めてから國に帰るといい。ですよね?」

「おう!三人は里を救ってくれたからな!当然よ!うまい飯でも食べてゆっくりしてくれ。」

「じゃあ一旦お開きにしようかな。ルイは……ちょっとここに残ってもらえる?」


 魔人や書物に書いてある黒い羽根の男性。頭の中の葛藤を必死に隠していた。しかしシオンはその異変に気付いたのだ。

 

 エマは頬に指を当て、首を傾げた。


「ルイだけ?私たちもここにいたらだめなんですか?」

「女の子がいたらできない話もあるからね。」


 シオンが冗談交じりに答えた。エマとミアは顔を見合わせ「最低ですね。」と低い声で言い放ち、部屋を後にした。


「なんだか今ので尊厳を失った気がする。」

「ははは!お前もしかしてモテないだろ!」


 シオンは落ち込んだように顔を俯かせ、オーガは大笑いしていた。


 その後部屋は静寂に包まれた。ルイは膝の上で手を握って顔を俯かせている。シオンが端正な顔を柔らかくし、

「何か相談したいことがあったんでしょ?言える範囲でいいから言ってごらん。」とルイに優しく語り掛ける。


「僕はアラサラ。魔人のことが許せません。あれは人じゃない。心を弄び、踏みにじる悪です。シオンさんは魔人が目の前に現れたらどうしますか。」

「間違いなく戦うだろうね。相手も僕を殺しに来るだろうし。」

「書物には他の魔人らしきものが書いてありました。別の魔人が現れても戦いますか。」

「そうだね。戦わざる負えない。」


 腕を組んでいるオーガは首を傾げた。


「ルイ。さっきから何の話をしている?」

「オーガさん。もう一度それ貸してもらってもいいですか。」


 オーガは戸惑いながらも書物を差し出した。ルイは震える手で本をめくる。そしてあるページを開き、二人の前に差し出した。


「今からおかしなことを言うと思います……。この魔人たちに崇められている人。僕かもしれない。」

「いやいや。この男の魔人が?そんなわけなかろうが。全然似てないではないか。」

「たまに目が覚めるとあたりがぐちゃぐちゃになってることがあるんです。その時の僕の姿を聞きました……。」


 下を向いて振り絞るような声を出すルイをシオンは真っ直ぐに見つめた。


「実は篝火との戦いの時、僕も戦場にいたんだ。君がその姿になったのもその時?」


 ルイがコクンと頷く。ルイが一番認めたくなかった。自分がもしかしたら人の心を踏みにじる魔人だということを。ただ自分の中にそれがいることをルイは確信してしまった。


「たまにあるんです。どす黒い感情が急に腹の底から湧き出てくる感覚が。それに飲み込まれる感覚が。僕は誰なのか、何なのか。わかりません。」


 ルイの身体が震える。しかしシオンは慰めることはなく、真剣な眼差しを送る。


「それで……君はどうしたいんだ。」

「どうしたいか……。わかりません。」

「そうか。すぐに答えを出さなくてもいい。じっくり考えて答えを出しなさい。」




 あの日からルイはずっと眠れなかった。布団にもぐり目を瞑るとあの魔人の姿を思い出してしまう。意識が途絶えるとあれが目覚めてしまうのではないか。そんな恐怖がルイの精神を蝕んでいた。


 しばらくルイたちは里の復旧作業を手伝っていた。オーガはルイたちに休むよう言ったがルイは身体を動かしたかった。そうすれば余分なことを考えなくてすむから。しかし、連日眠れていないルイは日に日に顔色が悪くなる。それを見たエマたちが休むよう言ったが、それでもルイは身体を動かし続けた。しかし限界は訪れる。瓦礫を持ち上げた時、ルイの視界は急に暗くなり、意識がプツンと途切れた。



 ルイは目を開けると、急いで周囲を見渡した。目に映るのは襖や掛け軸。特に暴れた形跡はない。激しい動悸を抑えるように大きく深く呼吸をした。その時、廊下から足音が聞こえる。襖が開くと、桶を持ったエマがいた。


「ルイ!目が覚めたのね。ミア!ルイが目を覚ましたわよ。」


 作業中に倒れたルイはオーガの屋敷に運び込まれ、二日ほど眠っていたらしい。ミアもルイの下に駆けつけ、彼女たちは二人でルイの近くに座った。


「だから休んでなさいって私いったでしょ。あの日からルイちょっとおかしいよ。何があったのか話してみなさい。」

「話せないよ。」

「ルイ。一人で抱え込むとよくないよ。アタシたちが聞くから。」

「話せないってば!」


 ルイが大きな声を上げる。小さな部屋にルイの声が響き渡り、緊張感のある静寂が漂う。一向に話さないルイを見たエマは小さくため息をついた。


「そう。わかったわ。こうなったらルイは頑固だもの。ミア。行くわよ。」


 エマは立ち上がり部屋から出ようとするとミアが彼女の手を引っ張り、首を振った。


「ルイ。あなたはとても優しい。ハンター試験の時、ルイがアタシに言ったこと……。覚えてる?ずっと一人ぼっちだったアタシをルイは救ってくれた。だから今ルイが悩んで、苦しんで、一人で痛みを抱えているのなら。アタシは放っておかない。アタシはルイのそばにいる。どんなことがあってもそばにいる。だから話して。」


 ルイは身体を震わせた。ミアは「ルイ?」と声をかける。


「僕は……。魔人の仲間かもしれないんだ。」


 そこからルイは胸の奥に溜めてたものをすべて吐き出した。自分が我を忘れて暴走したこと。その時の姿。その時したこと。エマとミアがどういう反応をしているかわからない。ただ栓が抜けたようにすべて溢れ出てきた。怖くて二人の顔が見られない。言い終わったルイはギュッと強く目を瞑っていた。


「そうなんだ。話してくれてありがとう。」


 ミアは目をたるませながら優しく声をかけた。


「目が覚めたらみんなの亡骸が目の前にある気がして。それがたまらなく怖いんだ。」


 ルイが手で顔を覆うとエマはルイの丸まった背中を思いっきり叩いた。パン!と乾いた音が部屋に鳴り響く。


「さっきから聞いてれば、自分が暴走しただの。魔人だの。知らないわよそんなこと!」

「エマにはわかんないだろ!」

「えぇ。わかんないわ!私はそれを見たこともないし!だいたいね!起こってもないのにあれこれ考えすぎなのよ昔から!」

「何かが起こってからじゃ遅いから言ってるんだよ!こっちの気も知らないでごちゃごちゃ言うなよ!」

「あのね!悪いとこばかり見すぎ!暴走した結果、その時の私たちは助けられて、今ここにいるんでしょ!」

「次はそうなるか。わからないだろ!」

「いい方になる!絶対になる!」

「なんで言い切れるんだ!」


 ルイが声を荒げて、エマの方を向く。とても柔らかく暖かな微笑みをルイに注いでいた。


「私はルイを信じてるから。ずっと一緒に育ってきて、ずっとルイを見てきた私がそう言ってる。だから大丈夫。私だって強くなった。もしあんたが暴走したら私が背中をぶっ叩いて目を覚ましてあげるわよ。」


 ルイはなんだか懐かしい感覚を思い出した。たしかレオにも似たようなこと言われた気がする。それを見ていたミアは微かに目に浮かんだ涙を拭ってルイを見た。


「エマはこう言ってるけど本当はルイをただ元気づけたいだけだよ。恥ずかしがり屋さんだからね。」

「うん。知ってる。」

「何言ってんのよ!見てなさい!こうよこう!」


 エマが連続した正拳突きを二人に見せつける。声を漏らして笑ったミアは再び柔らかな笑みをルイに向けた。


「ルイ。仮に暴走しても、アタシたちは絶対に負けない。ルイを苦しめるそんな魔人よりもアタシたちの方が信じられるでしょ?」

 ルイは「ありがとう。」と言い、穏やかな表情になった。




 それからルイは心身共に回復し、獣人の里の復旧作業に合流した。ルイは常にシオンの「君はどうしたいんだ。」という問いの答えを考え続けていた。



 そしてついにルイたちは里を離れることとなった。復旧作業中も獣人たちとは作業的なことしか話さなかった。彼らはどこか負い目を感じているようだった。ルイたちはオーガと共に里の門をくぐり、隠れ家と繋がる大木の前に立つ。


「ルイ、エマ、ミア。お主たちがここにきてくれてよかった。ありがとう。」


 ルイたちはオーガと固い握手を交わした。するとオーガはルイたちから離れていき、獣人たちが門からぞろぞろと出てきた。そしてオーガを筆頭に獣人たちが地面に膝をつけた。


「この度は魔人、災獣の襲撃、並びに我が里の壊滅を阻止してくれたこと。我々獣人一同皆に感謝いたす。我々獣人はあなた方への御恩。一生忘れません!。」

「ありがとうございました!」


 生き残った獣人全員がオーガに続けるように感謝を述べ、ルイたちに頭を下げた。

 澄み渡る青空に彼らの声が吸い込まれていった。



 國に帰るべく、三人は森の中を歩き進めた。ルイは意を決した面持ちで前だけ見て力強く進んだ。


「困っている人を救えるヒーローのようなハンター。なんでしょ?」

「アタシの夢を繋いでくれたヒーローだね。ありがとう!」 エマとミアがルイの顔を覗く。


 ルイの心は決まった。「戦おう。」そして魔人の脅威から必ずこの世界を守ることを決めた。

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