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№1復讐の選択肢

 あれから三日がたった。

 ギルドの計らいで部屋の一室を与えられたが、この部屋はやけに広く感じる。


 この二日間、姉さんの意向で僕とミアは誰とも面会をしていない。気持ちを整理する時間が必要なのだそうだ。


 だからクリスさんとも帰ってきてから顔を合わせていないし、グリーズさんとも会っていない。そもそもどういった顔をして会えばいいのかわからない。


 ただ、それも昨日までだ。今日からは面会の許可が下りる。


「ミア、今日はクリスさんが来るってさ」


 ベッドで横になるミアに声を掛けるが、返事は返ってこない。ミアは戻ってきてから一度も言葉を発しておらず、自発的に動くことも無くなってしまった。


 常に虚空を見ていて、時より怯えたように泣きだすのだ。


 姉さんが呼んでくれた白翼専属の医師によると、精神的なショックによって塞ぎ込んでいるだけらしい。何らかの病気というわけでは無いが、それだけに明確な治療方法がない。 


僕に出来ることは声を掛けるか祈ることくらいだ。


「許せないよな……殺してやりたいよな……」


 ミアの手を握っても、決して握り返されることはない。


 例えコキュートスを壊滅させたとしても、ミアがまた笑うようになるかは不確かだ。それでも、ルピナとケートの仇は僕がとらないといけないんだ。


「アベル、いいかな」


 扉をトントンと叩く音と共に、姉さんの声が聞こえてくる。


「……うん」

「失礼するよ」


 扉が開かれると、そこには姉さんとその影に隠れるクリスさんの姿があった。

 姉さんが道を開けて、クリスさんが前に出てくる。


「アベル君……」

「久しぶり、クリスさん」


 暗い表情のクリスさんは、酷く思いつめている様子だ。


 それも当然の話だろう。クリスさんは僕達にとって母のような存在であり、それはきっとクリスさんからしても、僕達は子供のような存在なのだから。


 母として、子供の死を悲しまないわけがない。

 俯いて肩を震わせていたクリスさんは、急に大きく頭を下げた。


「ごめんなさい! 私が貴方たちを行かせたりしなければ、こんなことにはならなかったのに……っ」


 その謝罪は僕が想像していた言葉そのものだ。


 クリスさんは必ず僕達を行かせたことに後悔している。依頼書を受理さえしなければ、僕達は阿吽の魔窟に行くことなんてなかったのだから。


 しかし、行こうと思ってしまったのは僕であることに変わりはないのだ。だから姉さんは悪くない。そう否定することは簡単だ。けれど、責任は否定されるよりも肯定される方が救われるということを、身に染みて実感した。だから、僕はクリスさんの責任を否定しない。


「うん、確かにクリスさんがあの時止めてくれていたら、ルピナもケートも死なずに済んだよ。クリスさんは、救えたかもしれない命を救わなかったんだ」

「アベル、それは言い過ぎだ」


 僕がクリスさんの責任を肯定すると、姉さんがそう言って止めようとしてきた。

 だが、これは事実だ。実際、クリスさんは僕達を止めることが出来た人間なのだ。


 こうなることが想定外だったとしても、少しでも危険があるのなら止めるべきだった。僕自身、あの時止められても仕方ないという心持ちでいたのだから。


 けれど、これはあくまでも客観的な視点の考えに過ぎない。

 僕がだした結論は、物凄くシンプルなものだ。


「だけど、そもそも僕達の誰かが責任を負う必要なんてないんだよ。だってそうだろ? ルピナとケートを殺したのはクリスさんでも姉さんでも僕でもなく、コキュートスなんだからさ」


 最初は僕も自分を責めていた。

 姉さんが悪いのではなく自分が、クリスさんが悪いのではなく自分が。そうやって自分が一番悪いと思い込もうとしていたけど、どうして無慈悲に仲間を殺された僕が責任を負わされなきゃいけない?

 

 僕は被害者だろ。


 なら姉さんが二人を殺したか? クリスさんが二人を殺したか?

 いや、それも間違っている。


「アベル君……?」

「二人を殺したのはコキュートスだ。だから全ての責任は奴らにある。奴らを殺すことこそが、二人に報いる唯一の方法なんだよ」


 そう。奴らが全ての根源なのだ。

 だが、コキュートスを殺すには力が必要不可欠。だけどその力が今の僕にはない。

 その力を手に入れるためには手段を択ばないつもりだ。


 僕の言葉を受けた姉さんは目を瞑り、クリスさんは静かに涙を流している。二人がこの結論に何を思うかは知らないが、何を言われようとも考えを変えるつもりはない。


「だからクリスさん、僕は冒険者を続けるよ」


 ルピナとケートが死に、ミアがまともに動ける状況ではなくなってしまった。フェルダムは実質僕一人だけだ。


 僕が一人で冒険者を続けたところで出来ることはないのかもしれない。それでも、続けていけばいつかきっと、コキュートスに繋がる日が来ると思うから。


「……そう、わかった。私にアベル君を止める権利は無いし、止めてもきっと止まってくれないもの。だけど、これだけは忘れないで欲しいの」


 クリスさんは涙を拭ってから、僕の目を見つめて言った。


「貴方は一人じゃない。私もシルティアもミアちゃんも、必ず貴方の味方だからね」

「うん……わかってる」


 ミアは仲間でありクリスさんは母、姉さんは姉さんだ。これは今までもこれからも変わらない。僕の大切な味方だ。


 でも、コキュートスを潰すのは僕一人でいい。


「あまり話せなくてごめんなさい。これからクウカちゃんの葬儀の準備に行かなといけないから失礼するわ。また来るわね」

「うん、また」


 立ち上がったクリスさんはミアの傍に近寄ると、優しく頭を撫でてから部屋を出ていこうとする。

 そんなクリスさんの寂しい背中を見て、何か声を掛けなければいけない気がした。


「あの、クリスさん――」

「……なに?」

「いや、その……そんなに自分を……責めないで」

「ええ、ありがとう」


 僕の言葉を受けたクリスさんは、最後に優しく微笑んだ。

 明日行われるルピナの葬儀だが、ケートの葬儀は行われない。どうやら遺体がないことには送ることが出来ないらしい。


 アイゼンが体を乗っ取ったせいで、ケートは死んでも死にきれないのだ。だからコキュートスを壊滅させることが最終目的ではあるが、まずはアイゼンを殺す必要がある。


 この部屋に残っている姉さんも、きっとそのつもりだろう。


「姉さんも、僕に話があるんだよね?」


 姉さんともあの日以来話す機会が無かった。僕と同じようにこの二日間、色々と考えていたのだろう。その考えた末に辿り着いた答えを僕に告げようとしている。


 姉さんは振り返ると、一度頷いてから口を開いた。


「そうだね。アベルに話……というより、提案がある」

「提案?」

「ああ、率直に言う。白翼に来ないか?」


 その提案を聞いて、僕はすぐに言葉を発することが出来なかった。

 僕が白翼に行く? それはつまり、僕が騎士になるということか? 


「な、何馬鹿なことを言っているの、姉さん。僕が白翼? 無理だよ」


 そもそも白翼は王国騎士団の中でも秀才が集うエリート集団だ。僕は騎士とは天と地ほどの差があるFランク冒険者だぞ。


 何を持って姉さんはそんな結論に至ったのだ。


「馬鹿なことではないさ。私は本気だよ。先のアベルの言葉からも復讐の意志は伝わった。ならば、私と共にコキュートスを討とう」

「共にって言ったって、僕は戦えない。足手まといになるだけだ」


 僕に力があったなら、喜んでその申し出は受けた。白翼の前線に立って、この手でコキュートスを討つことが出来ただろう。


 しかし、その力は悲しいかな。僕にはないのだ。


「そうだね。確かにアベルは残念ながら戦力には成り得ないだろう。だから私はアベルを、私自身の補佐として向かい入れようと思っている」

「姉さんの……補佐?」

「そう。私の横で私を支えることが仕事だ。現に一人補佐はいるが、彼女もまた攻撃の術を持っていない。それでも、立派な白翼の一員であることに変わりはないよ」


 そうか、姉さんは僕に手を伸ばしてくれているのだ。


 一人では戦えない僕に、白翼としてのコキュートス討伐を成させようと。白翼でコキュートスを討つことが出来れば、その一員である僕が討ったとも言える。


 そうやって、復讐の手段を与えてくれているのだ。


 でもそれは果たして、本当に僕がやったと言えるのか? いや、違うな。

 それは結局、他人任せにしているだけだ。他人に押し付けているだけにすぎない。


 コキュートスだけは、僕がこの手でやらないといけないんだ。


「なるほどね……姉さんの言いたいことは大体わかったよ」

「そうか、じゃあ――」

「でもごめん。僕は白翼にはいかない。それじゃあ駄目なんだ」


 僕に手を差し出そうとした姉さんの手が途中で止まった。

 姉さんの提案は嬉しいし、僕の事を思っての判断なのだろう。だけど、そのやり方じゃ僕は納得できない。


「……本当にそれでいいのかい? できれば私は一人で無茶はしてほしくないのだが」

「うん。無茶をしないとは言い切れないけど、僕は僕のやり方でやりたいから」


 恐らく姉さんは僕を目の届くところにおいておきたかったのもあるのだろう。


 その意図には僕を心配する気持ちもあるのだろうが、抑制の意味も込められているに違いない。僕が復讐心に駆られて何をしでかすかわからないから。


 それは自分でもわかっているつもりだ。現状はその力がないとわかっているから何も出来ていないが、少しでも可能性のある力を手に入れたら話は別。


 僕は自分がどうなろうともコキュートスを潰しに行く。


「わかった。これ以上は何も言うまい。だが、私はいつまでも白翼で待っているよ」

「うん……いつか僕が行き詰まったら、頼りに行くよ」

「ああ」


 行き詰まるなんてすぐの話しかもしれないけれど、まずは自分でどうにかしてみせる。

 姉さんは横目でミアと僕を見ると、背を向けて部屋を出て行った。


 明日はクウカの葬儀だ。それまでは、ここでじっと待って居よう。


***


 ルピナの葬儀は滞りなく行われた。


 墓はフェスタの街を一望できる高地に作られるらしい。完成したらミアと一緒に墓参りに行こう。

 グリーズさんとは葬儀で会ったが、元気になったらまた来いと言われた。


「じゃあ、ミアを頼みます」

「うん、任せて」


 ミアは引き続きギルドの一室を借りることになり、お世話係として姉さんの補佐であるリンさんがやってきた。


 リンさんは僕達の一つ年上で天然だが優しそうな人だ。ふんわりとした緑色の髪が特徴的で、今は鎧ではなく軽装で身を包んでいる。


 姉さんが白翼の中で最も信頼している人で、安心してミアを任せていいようだ。実際、名前こそ聞いていなかったものの、面会禁止期間の二日間ミアの世話をしていたのは彼女だ。


 まあ、姉さんがリンさんを残したのは、僕の監視も含めているんだろうけど。

 別にいいさ、僕は勝手にやる。


 あの日から四日目、ようやく一人で自由に行動できる日が来た。


 ギルドを出て自分の足で東へ進む。余計な荷物は要らない。必要なのは一つの短剣だけでいい。

 それから三十分ほど進むと、そこに辿り着く。


「阿吽の魔窟」


 ここで全ては始まって、終わった。

 既に白翼の事後調査が行われている為、コキュートスに繋がる鍵はないのかもしれない。だが、少しでも手がかりが見つかる可能性があるのなら、僕は行く。


 魔窟内は地下に進むにつれて魔物が強くなる。僕の実力では地上層すら進むのは困難だろう。しかし、そんなこと知ったことか。


 それで僕が死ぬなら構わない。

 魔窟に足を踏み入れると、即座にCランクのポイズンスライムが三体突進してきた。そいつらに無我夢中で切りかかる。


「あああああああぁぁぁぁぁぁあああ!」


 切りかかっても弾けないし、ふっとばしても跳ね返ってくる。ダメージはゼロに等しく、何事も無かったかの様に攻撃を繰り返してくる。


 何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も短剣を振り回す。


「死ね死ね死ね! 死ねよ! 早く死ねよ! 死ねって言ってるだろ!」


 こんなにも必死になっているのに、進行度は未だに入口付近だ。

 一匹も倒すことは出来ていない。


 己の意志とは正反対に、現実は無情にも残酷なのだ。僕が怒りに駆られたところで強くはならない。

 どうして僕はこんなにも弱い? どうして僕はこんなにも無力なんだ? スライムぐらい、どうして一太刀で殺せない? どうしてどうしてどうして……


「僕は……俺はどうしてこんなに弱いんだよ……」


 『僕』はクウカやケートがいたからこその一人称だ。二人の前で格好つける必要はなかったから、言いやすいようにそうしていた。


 だけど、今の僕には二人がいない。今はミアの前で強くいなくてはいけないのだ。

 弱い僕とおさらばする為に、僕は『俺』にならないと。


 しかし、そんなことをしたところで体力の限界は変わらない。消耗しきって立てなくなってしまう。

 蹲る俺の元に、スライム達が一斉に向かってきた。


「くそっ」


 剣を振るう腕も上がらず、ただ嘆くことしかできない。


 俺もここで終わりか。ミアを残すことになるのは嫌だし、きっと二人にも怒られる。だけど、怒られるかもしれないけど、二人の所に行けるのなら――


「いや……そうじゃない。俺は奴らを……殺さないといけないんだよぉ!」


 歯を食いしばって、無理やり体を起こす。

 その直後、足元の地面が消えた。


「なっーー」


 それは既視感のあるものだ。あのラナンキュラスの花畑で見た穴と同じ現象。

 俺は自由落下に逆らえず、成すすべなく地の底に落ちていった。

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