Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡ー⑧
走る。走る。走る。
魔物が道を阻めば切り伏せ、返り血を振り払うこともせずに走った。
魔窟の構造変化にも止まることはせず、奥に続く道を目指して走り続けた。
憎悪と焦燥が脳内を駆け巡り、感情に身を任せて魔物を殺していく。
どれだけの時間が経っただろうか。
ひたすらに走り続けて、ようやく見覚えのある通路に出たはずだったのに。
「初めから、貴様は……!」
その通路に足を踏み入れた途端、景色が切り替わった。
構造変化だ。それも意図的な。
アイゼン・ジョッカーは初めから、私にゲームを完遂させる気はないらしい。
だからと言って諦めはしない。
再び私は走った。
そして再び通路に辿り着く。
構造変化に巻き込まれる前に扉に到達すればいい。
そうした魂胆で、踏み出しの一歩を強く踏み込み前へ飛ぶ。しかし、二歩目をついた瞬間に視界が切り替わった。
「どうしてもっと早くに気づけなかった……!」
ここで初めて構造変換の法則の一つに気づく。一度目の構造変化と二度目の構造変化では、二度目の方が奥に進めている。
その理由は私がそれまで浮いていたからだ。
法則に気づいた私は三度目、恐らく奴の操作可能範囲外ギリギリのところから跳躍した。
「突風」
魔法を活用して初速を殺さず、そのままあの部屋の扉を突き破る。
私は、間に合わなかった。
***
僕が全てを諦め、自暴自棄になりかけていた時だった。
ドン!
と、大きな音とともに部屋の扉が吹き飛んだ。
立ち込める煙の中現れたのは、肩で呼吸をし、全身を魔物の血で濡らした姉さん。
やっと来てくれた。
そう喜びたい気持ちと同時に、間に合ってくれなかったことに憤りを覚えた。お門違いであることは承知の上で、覚えずにはいられなかったのだ。
二人が死んだのは姉さんが間に合わなかったからではないか。そうやって姉さんに全てを押し付けてしまいたい。
だが、心のどこかではわかっているのだ。全ての責任は僕にあると。
「おや? 思ったよりも早かったですね。ここに辿り着いたぁことを讃えてプレゼントを差し上げましょう」
興奮したアイゼンが僕の目の前にあるルピナのそれを掴み上げた。
「……ぁ」
その汚い手で触るなと心では思っているのに、何故か口が上手く開かない。アイゼンに何かをされているわけでは無いが、言葉を発する気力すら今の僕には残っていないのかもしれない。
アイゼンは掴んだそれを姉さんの元に投げ飛ばした。
攻撃と勘違いした姉さんは剣を構えたが、途中でそうではないと気付いて剣を納める。
受け取ったそれを見た姉さんは、無言のまま動かなくなってしまう。
「ククッ」
奴の笑い声だけが部屋に響きわたる。
「姉……さん」
どうにか絞り出すようにして姉さんに声を掛ける。
すると姉さんは空中に右手から水を発生させ、ルピナの切り口を指でなぞってからその水の中へと入れた。
彼女の頭を包んだ水は宙に浮き、その中で血が水ににじみ出ることもない。
両手が開いた姉さんは剣を抜くと、ゆらゆらとアイゼンの元へ進んでいく。
次の瞬間、音もなく姿が消えた。
「おっと、危ない危ない」
声がした先、アイゼンのいる方向に目を向けると、姉さんが剣を振りかざしていた。しかし、アイゼンに当たることは無く、そのすぐ傍の残像を掻き消すだけに終わった。
しかし、一度避けたことに安堵しているアイゼンに構うことなく、即時に方向を転換した。横に跳んだ姉さんの突きがアイゼンの脇腹をかすめる。
「くぅ……痛いですねぇ」
かすめた直後にそのまま薙ぎ払うも、アイゼンの姿は姉さんの背後に移動していた。禍々しい漆黒の鎌が円を描くように姉さんの首を狙うが、それを剣で受けてから跳ねるようにしてアイゼンのみぞおちを蹴り飛ばした。
「がふっ――」
アイゼンの体は地面を数回跳ねてから壁に叩きつけられた。
その衝撃で逃げることの出来ない一瞬の隙をついて、姉さんが剣を構えて飛び込む。
だが、剣先がアイゼンの首を捉える刹那、目の前でアイゼンの体が消失した。振り返ると、扉の正面に立っている。
まるで瞬間移動のようなアイゼンの回避はこれが初めてではない。先程から姉さんの剣先が触れる直前にありえない位置へと移動しているのだ。
「ここに辿り着いたあなたです。分かっているとは思いますが、貴方の攻撃はこの洞窟内ではあたりませんよ? 今のは油断しましたが。流石は適合者と言った所ですね」
何やら意味深いことを言っているが、今の僕には全く理解が出来ないし興味も無い。
姉さんはアイゼンの言っていることなどお構いなしに突っ込んでいく。それでも、攻撃は一切当たることなく、次々にかわされてしまう。
「本当に手強いですねぇ。私の動きに追いついて……いえ、予測し始めているようです」
ただ無駄ということは無く、少しずつだが攻撃がかすり始めている。
「クク、まあ、既に今回の目的は果たしましたし、そろそろお暇させていただきましょうかね」
瞬間移動を繰り返しながら、そんな呑気なことを言いだした。しかし、そんなことを姉さんが許すはずもなく。
「逃がすわけがないだろ」
「ふぐぅっ――ああっ」
移動した先をピンポイントで予測した剣が、アイゼンの右足を切り落とした。
バランスを崩したアイゼンがその場に倒れ込む寸前、胴体を蹴り上げて宙に放り投げる。
「死ね」
宙に浮くアイゼン目掛けて容赦なく剣が振るわれ、完全にその首を切り落とした。
数秒の痙攣の後、動きが完全に停止したようだ。
今目の前で、父さんとルピナとケートの仇を、姉さんが討ってくれた。何もできなかった自分が情けないが、姉さんのおかげで復讐することが出来たのだ。
しかし、それで納得できるほど僕の心は強く出来ていない。
僕は一体この絶望を、怒りを、憎悪をどこにぶつければいい……?
「……すまない」
いつの間にか僕の傍に来ていた姉さんが、僕の腕を縛り付ける鎖を外しながらそう言った。
両手が自由になって立ち上がると、アイゼンの死体が目に入る。
姉さんは続けて放心状態になっているミアの鎖を外したが、ミアは立ち上がらずその場にへたり込んだまま喋ろうとしない。
僕はただ茫然と、口を開いた。
「姉さん……ルピナとケートが死んだよ」
「……ああ、全て私の責任だ。すまない」
感情を押し殺して謝ることしかしない姉さんに苛立ちを覚えた。
どうして姉さんは僕を責めない。本当は僕が悪いことくらいわかっているはずだ。僕に掴みかかってその感情を全てぶつけてくれれば少しは楽になるのに。それとも姉さんはアイゼンを殺したことで満足しているのか? それで納得しているとでも言うのか?
……腹が立つ。
「どうして姉さんが謝るんだ」
「アベル?」
「どうして……どうして姉さんが謝るんだよ! 姉さんだって僕が悪いって、そう思ってるんだろ⁉ 僕がこんなところに来ようだなんて思わなければ、こんなことにはならなかったんだよ!」
姉さんの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
結局僕は、この行き所の無い感情を姉さんにぶつけるしかなかった。いっそのこと僕を恨んで殺してくれればいい。
「頼むから……僕を責めてくれよ!」
「いいや、そもそも魔窟の情報を君たちに教えた私が悪い。それに、私がすぐに戻ってきて入ればこんなことにはならなかった」
確かに姉さんに情報を聞かなければここに来ることは無かったかもしれない。いや、どちらにせよ今日の依頼の候補を見れば、ここに来ていた可能性は高いだろう。間に合わなかったことも、アイゼンの策略だ。僕に出題された問題と同じで、責任を背負わせるためのものだ。そこに姉さんの非は発生し得ない。
「だけど――」
「もうそれについての言及はやめだ。今は互いに正気ではない。一度帰って落ち着いてから、もう一度話をしよう」
僕の頭を撫でながらそう言う姉さんだが、その手にはいつものような温もりは無かった。
改めて姉さんの顔を見ると、まるで生気が宿っていないことに気づく。上辺だけで平常心を偽っていても、姉さんが平気であるわけがないのだ。
「……ああ、そうだ…………ね」
返事を聞いた姉さんは少し距離を開けると、緑色に光る石を取り出して何やら話をし始める。
どうやら白翼の仲間を呼んだらしく、数十分後に数人の騎士が駆けつけてきた。
「副団長、これは……」
「ああ、説明は後でする。一旦、遺体をフェスタに運んでくれ。くれぐれも丁重にね」
「しょ、承知いたしました」
姉さんの指示で、ルピナとケートの元に騎士たちがやって来る。
本当に、この人たちに任せてもいいのだろうか……出来ることなら、僕が届けてやりたい。
「安心していい。彼らは私が最も信頼している仲間達だ」
僕の心配を悟ったのか、姉さんがそう声を掛けてきた。
だからと言って安易に任せられるほど簡単な問題では無いが、僕が連れて行こうとしたところで現実的に不可能だ。任せるしかない。
これで終わり。ここで起こった惨劇は一旦幕を閉じた――かに思われた。
「ククッ」
不意に、気味の悪い笑い声が、僕の鼓膜を震わせる。
「副団長! この子生きて――」
直後、ケートの元にいた騎士の首が切り落とされた。
ゆらゆらと立ち上がったケートは、天井を向いて笑い出す。その声は確かに彼の声だが、彼だとは思えない笑い方だ。
「ケート……?」
今目の前で起きている状況が夢でなければ、間違いなくそこでケートは立っている。
だが、どうしても僕には彼だとは思えない。彼は間違っても人は殺さないし、纏っている雰囲気がまるで違う。
姉さんも目の前で仲間を殺されて動揺を隠せないでいる。殺した人間が明確な敵であるならば話は違ったのであろう。しかし、殺したのは確実に彼なのだ。
彼が人を殺さないことくらい、姉さんだってわかっている。
だからこそ何もできない。
「あぁ、体を変えたのは何年振りでしょうかね。保険を残しておいて良かった」
けたけたと笑いながら、僕達の事を嘗め回すように見るケート。
いや、こいつはケートではない。
「どうもどうも、さっきぶりですね。残念ながらワタクシの名前はケートではなく、アイゼン・ジョッカーと申しますがね。クク」
ケートの声で、へばりつくような口調のまま名を名乗るアイゼン。こいつはケートの体を乗っ取ったのだ。
何故死んだはずのアイゼンが彼の体で動いて話しているのか、理屈はわからない。だが、こいつは殺す以上に残酷なことをしてしまった。
「貴様はどれだけ人間を弄べば気が済む?」
「弄んでなんかいませんよ? 現にこの、燃やして灰になるはずだった肉体を有効活用しているではありませんか」
「もういい、もう一度死ね」
ケートの体を自由に動かすアイゼンを見て、姉さんが剣を構えて飛び込む。
しかし、アイゼンはその攻撃を避けようとはしなかった。
何故ならその剣先は、アイゼンの首に触れる直前で止められたからだ。
「クク……クククッ、そうですよねぇ、殺せないですよねぇ。貴方の大切な子供たちは。もう死んでいるんですけどね」
アイゼンに煽られても、姉さんはその剣をそれ以上動かそうとしない。手が震えて、剣をその場に落としてしまった。
姉さんがやらないなら、僕がやる。
「死ねぇぇぇ!!」
腰に携えた短剣を引き抜き、アイゼン目掛けて走る。
こいつはケートの姿をしたただの悪魔だ。躊躇する必要はない。
「おぉ、貴方はこの姿のワタクシを殺せるというのですか」
奴の言うことに耳を傾けず、真っ直ぐに首を狙って刃を振るう。
だが、剣先が首に突き刺さる直前に腕を掴まれてしまった。
「おいアベル! 落ち着けって、俺だ俺……ケートだよ!」
ケートの振りをするアイゼン。
だが、そんな小細工僕には通じない。何年、ケートと一緒にいたと思っている。
「黙れ、偽物。ケートはな……僕を止めるとき、絶対にリーダーって呼ぶんだよ!」
「ククッ、どうやらあなたは彼女よりも厄介そうだ」
一度だけ見せた低い口調でそう言うと、僕の目の前から姿を消す。
部屋を見回すと、アイゼンは自分の死体の傍に立っていた。
奴はその死体から小瓶のようなものを抜き取ってから浮き上がる。
「ではでは、今日の所は一旦引かせていただきます。また近々、お会いしましょう」
頭の上から降って来る声に顔を上げると、宙に浮くアイゼンが僕達を見下ろしていた。
鎌を一振りするとアイゼンの目の前に亀裂が発生し、広がっていく。
「ククッ、さようなら、怨粒に愛されし者」
「ま――」
発生した空間の中に入ると、亀裂がみるみると塞がり跡形もなくなった。
その亀裂に手を伸ばすも届くはずがなく、空気を掴むだけに終わってしまう。
「また、届かなかったのか……僕は」
三年前のあの日も、僕の手は父さんに届かなかった。これでは、あの時と何も変わらない。何も成長していない。
「変わらないと」
何もわからない。けれど、それだけは確実なことだった。
***
白翼の騎士によって出口まで送られた。
阿吽の魔窟の九層からここまで大分時間が経ったが、その間僕と姉さんの間で会話はまるでない。
ミアは姉さんに背負われているが、心ここに在らずといった様子だ。
「私はもう少しここに残るよ。白翼の専属医師を呼びつけてあるから見てもらうといい」
「……わかった。ありがとう」
姉さんが背負っていたミアを下ろすと、彼女はどうにか両足で立ちあがった。しかし、すぐにバランスを崩して倒れそうになる。
肩を貸してどうにか連れて行こうとした時、急にミアが一人で歩きだした。
「お花……花を…………花……」
そう言ってふらふらと、わき道を進もうとする。
ラナンキュラスが生えていた場所に行きたいのだろう。
「うん、そうだね。ラナンキュラスを摘みに行こう」
穴が開いたはずの花畑にその穴は無く、幻想的なまま残っている。
ミアの摘んだ花の数は、最初に言っていたよりも多い気がした。
この度はお読みいただきまして誠にありがとうございます!
もし少しでも「続きを読んでもいい」「応援してもいい」そう思っていただけましたら!
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これにて「Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡」は終了です!
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