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№2復讐が始まる

 意識が覚醒していくにつれて、体が軽くなっていく。

 完全に目を覚まして最初に見た光景は知らない空間だった。


 落下早々に意識を失ったためどれだけの深さを落ちたのかはわからないが、驚くことに無傷だ。痛い所も痒いところも無い。寧ろスライムと戦っていた時の傷も無くなっているし、体力も回復している。


 立ち上がって辺りを見回すと、黒い空間に青い光が差す何とも言えない不思議な光景が広がっていた。


「ここは……」


 普通に考えればここは阿吽の魔窟の地下層だ。

 しかし、この空間は魔窟内のどことも類似しない内装になっており、ここが地下だということを感じさせない。


「ここは核そのものだ。阿吽の魔窟を司り、魔物を生み出す発生源」


 知らない場所に混乱していると、視界の奥から一人の男が現れてそう言った。


「核? あんたは……」


 その男は白く長い髪で目元が見えず、全体的に黒い衣装で身を包んでいる。かなりの高身長で頭一つ分俺より背が高い。


 その姿に、どこか見覚えがあるような――


「だから言ったろう? 次に会うのは地の底なのだろうねと」

「――あ、あの時の酒場の⁉」


 思い出した。

 こいつは阿吽の魔窟に行く前日、ルピナとミアの出稼ぎ場所である酒場で会った男だ。


 あの時わけのわからないことを言われたのだった。

 だがなぜこの男がこんなところにいる?


「久しぶりだね。アベル」

「あんた、一体何者なんだ? どうして俺の名前を知っている」

「俺……か。まあいい。君の名前を知っているのは、君がこの魔窟内で名前を呼ばれていたからだ。私は、この魔窟の核そのものだからね」


 核そのものだから……この魔窟内で名前を呼ばれていたから?


「混乱するのも無理はない。だが、理解してくれ」


 理解しろと言われても、何から理解すればいいのか分からない。

 こいつに敵意が無いことは分かったが、ならば何故俺の前に現れたのだろうか。


「悪いけど理解できないな。兎に角、俺を地上に戻してくれないか? まだやることが残っているんだ」


 こんな正体のわからない不審者の相手をしている暇はない。

 俺はこの魔窟で奴らの手がかりを――


「コキュートスの、手がかりを探っているのだろう?」

「は」


 不意に俺の心を読んだかのように、男がそんなことを言いだした。

 この男はコキュートスについて、何かを知っている?


「何か知っているのか?」

「特別なにかを知っているわけでは無いよ。ただ、つい先日までアイゼンという男に機能の一部を乗っ取られていたというだけさ」

「アイゼンだって⁉ それはどういうことだ……知っていることを全部話せ!」


 アイゼンという名前を聞いた途端、男の胸倉を掴んで攻めよった。

 その名は、俺が今一番追い求めている男の名だ。

 喉から手が出るほど欲しい情報なのだ。


「そう焦るな。私の知っていることは全部話すさ。そうだな、じゃあ質問形式にしようか。君の質問に答えられる限りで答えるよ」


 そう言って男は何もない所から椅子を出現させ、そこに座って膝を組んだ。


 俺が求める答えを知っているのなら、ここで聞かない手はない。

 すっきりするまで質問攻めにしてやる。


「さあ、質問したまえ」

「……アイゼンに乗っ取られていたっていうのは、どういうことだ」


 文字通りに受け取るのであれば、今のケートと同じように体を乗っ取られていたということだ。

 もしかしたらケートを助けるヒントが得られるかもしれない。

 俺の質問に、男は首を横に振って答えた。


「残念だが、君の期待している答えは出せないよ」

「どうして」

「言ったろう。乗っ取られていたのは核の機能の一部だ。私の全てが支配されていたわけでは無い」


 何が違うのか分からない。

 そもそもこいつが核そのものというのも正直意味がわかっていないし。


「簡潔に行ってしまえば、ケートと私では支配の構造が根本的に違うということだ。私は核であり、人間ではないからね」


 理屈は理解できないままだが、そう言うことならもういい。

 次だ。


「そうか、ならその人間ではないとはどういうことなんだ? 見たところ人に見えるけど」

「ああ、この姿は君が話しやすいようにそうしているだけにすぎないよ。私は阿吽の魔窟の核。永遠に供給される魔力を放出するために魔物を生み出し、自由自在に魔窟内を操ることが出来る。アイゼンにはこの魔窟内を操る機能を一時的に奪われていたということだね」


 魔窟内を自由に操る力か。

 それをアイゼンが有していたというのなら、姉さんとの戦闘中に起きた不自然な動きや、花畑に出来た穴、八層以降の意図的な構造変化にも納得がいく。


 こいつが人間ではなく核そのものであることはこの際認めるしかない。

 だったら片っ端から聞いていくか。


「どうして奪われた?」

「彼もまた、人ならざる者だからね。感知するのが少しばかり遅れてしまった」


「人ならざる者とは?」

「君も目の前で見ただろう。肉体が死してなお、君の仲間に器を変えて動き出す姿を。あれが人のなせる業だと思うかね?」


「……コキュートスの居場所は?」

「わからない」


「前に酒場に来た理由は?」

「アイゼンに乗っ取られた際、彼が魔物の目を使って君たちを観察していたのだよ。だから忠告をしに行ったのさ」


「忠告をしたわけは?」

「優しさだよ」


 大体聞きたいことは聞いたが、正直釈然としないことばかりだ。

 結局、コキュートスについての目ぼしい情報は得られなかった。

 なら最後の質問だ。


「あんたの目的はなんだ? どうして俺をここに連れてきた」


 偶然ここに俺が落ちてきたなんてことはあるわけがない。先の話からも、あの穴を出現させたのはこいつだ。


 つまり、こいつは俺に用があるということ。

 最期の質問を聞いた男はゆっくりと立ち上がると、俺の目の前に立って言った。


「アベル、力が欲しくはないか?」


 男の発言に、俺は目を見開いた。

 力は、今の俺が最も求めているものだ。それが、ここに連れてきた理由?


「どうしてそんなことを聞く?」

「実は魔窟内の操作機能は取り返したが、生み出した魔物の制御及び使役機能を持つカギを盗まれてしまってね。それを取り返したいのだが、私一人ではここから移動することが出来ないのだよ」

「それが無いと何か問題なのか?」

「勿論だとも。魔物の制御機能が出来ないということは、ここから生み出される魔物の強さを制限できなくなる。これでも私は世界を破滅させるために魔物を生み出しているわけでは無いのでね。今までは適度に魔物の強さを制限していたのだよ」


 この魔窟では地下に進むごとに魔物が強くなっていく。おそらくそれが意図的であったということだ。


 それが制御できなくなったということは、地上層だろうが地下層だろうがお構いなしに強敵が現れてしまう恐れがある。


「魔物を生み出している理由は確か、永遠に供給される魔力を放出する為だったか」

「そう。核というものは魔力の根源であるマナと直接的に繋がっているから仕方のないことだが、魔力を発散し続けなければ核は爆発して悲惨なことになる」


 つまりこの男は、世界を危機から救う為に鍵を取り返したいのか。魔物を制御する鍵にしろ、魔力を放出する理由にしろ、そうする理由は被害を少なくするためだ。

 こいつは悪い奴ではない……か。


「わかった。で、それが先のあんたの質問にどう関係してくる?」


 こいつが盗まれたカギを取り返したい理由は分かった。

 けど、それが俺に力が欲しいかと聞く理由にはならないだろう。


「私は一人ではここから移動することは出来ないと。まあ、正確には移動は出来るが力を使えない。外では君と同じ無力だ」

「だが、俺がいれば無力ではないと?」

「ああ。君の中に核の一部を授ける。そうすると、君に核の力を使わせることが出来るのだよ。本当の所を言うと人間であれば君でなくともいいのだが、君は何かと都合がいい。アイゼンを殺すという私に近い目的を持ち、さらに魔力量がゼロときた」


 要するにこいつの力を代わりに使うということか。

 他人の力だろうが何だろうが、役に立つならそれで構いやしないが。


「魔力量ゼロが良いことなのか?」


 魔力量ゼロはフェルダムがFランクである大きな要因だった。クウカのみ少量の魔力を有していたが、俺とミアとケートはそろって魔力量ゼロである。


「とても良いことだよ。君の中に核を授けたところで魔力の供給は止まらない。魔力というものは血液と同じでね。性質の違う魔力を合わせると体が滅ぶのだ。けど君には魔力がそもそも無いからそれを気にしなくていい」


 成程な。無力であることがこんなところで役に立つとは。

 だけど魔力の供給が止まらないということは、俺もそのうち爆発してしまうのではないか?


「そういうことか。因みに、魔力供給による暴発はどうなる?」

「それを危惧しての一部なのだ。核の全てを授けてしまうと君の身が持たないことは明白だ。だからもう一方はここに残して引き続き魔物を生み出して魔力を放出する。とは言ったものの、ある程度は君に供給されてしまうからリスクはある。爆発はしないがね」


 そこも考えている、と。

 まあ、リスクも無しに無償で力を得ようだなんて虫の良すぎる話だ。

 それくらいのリスク、どうとでもなる。


「……大体理解した」

「そうかい。まだ、細かな懸念材料や力の性能を説明していないが、いいのかな?」

「もう十分だ。今よりも先に進めるのなら、なんだって受け入れるさ」 


 仮にこの身が破滅しようが、最終的にこの手が奴らに届くのであればそれでいい。


「いいだろう。では、改めて問う。アベル、力が欲しいくはないか?」


 覚悟を決めた俺は、一歩男との距離を詰めて言う。


「ああ、欲しい。俺には力が必要だ」


 本来力は努力して手に入れるものだ。才能というどうしようもない差があっても、努力でのし上がる人は少なくない。だから俺も最初は時間をかけてでも努力して力を手に入れるつもりだった。


 でも、もしすぐにでも手に入る力があるというのなら、それを使わない手はない。


「契約成立だ。あとで後悔しないでくれたまえよ」

「後悔なんてしない」

「そうか」


 俺の覚悟を聞いた男は、自分の片手を俺の胸に当てて目を瞑った。

 直後、灼熱の塊が体の中に凄まじい勢いで流れ込んできて――

 


***


 気が付くと、そこには土色の天井があった。

 立ち上がろうとするも眩暈が襲ってきて上手く立てない。壁伝いにどうに立ち上がるも、自分の体が自分の物ではないような感覚にとらわれる。


「さっきのは――」


 夢だったのか?

 この阿吽の魔窟の核と名乗る男と出会い、その力を授かったあれは。


「やあ、起きたね」

「ん?」


 背後から声がして振り返ると、そこには何もいなかった。確かに声が聞こえた気がしたが、気のせいだったか。


「ここだよここ。もう少し視線を上に向けてみたまえ」

「なっ、なんだよお前⁉ 魔物!?」


 声の通りに視線を上に向けると、どちらかと言えば魔物に近い奇妙な生物の姿があった。


 烏のような翼を生やして浮いているそれは、白い綿毛のような鳥? だ。言葉を発している魔物何て見たことが無いし、なんなんだこいつ。


「何を言う。私はこの魔窟の核だよ。さっき会ったばかりではないか」

「お、お前があの男? ずいぶんと……可愛らしい姿になったな」


 愛玩動物のような見た目をしておきながら、その姿からは想像の出来ない渋い声で喋る核の男。

 話していて不思議な気分になるな。


「そうかい? この姿は君が最も落ち着く生物に似せたのだが、そう言う感想を頂くとは思っていなかったよ」


 確かに昔真っ白な兎は飼っていたけど、それはどう見ても兎ではない。


「ま、まあいいや。あんたがいるってことは、さっきのは夢じゃなかったんだな」

「ああ、紛れもない現実だ」

「そう……か」


 ということは、今の俺には核の力があるのか。

 これで、コキュートスに挑むことが出来る。


「勿論君はもう力を使えるが、ここで残念なお知らせだ」

「は? なんだよ、残念なお知らせって」


 まさか、何か致命的な欠点でもあったというのか?


「いやまあ、これは初めから分かっていたことなのだが、君が使える力は基本的に戦闘向きではない。君一人では戦えないのだよ」

「ふ、ふざけるなよ! だったら何のためにお前と契約したっていうんだ!」


 俺は力をやると言われたからこいつと手を組んだんだ。それじゃあ、意味が無いじゃないか!


「君が力の性能について聞かなかった――というのは聊か勝手な話だね。これから君に授けられた核の力について説明しよう」


 憤慨する俺を他所に、男は淡々と説明を始めた。


「君に授けられた力は三つ。一つ目はこの魔窟内に限り、自由に移動や構造変化を行えるというものだ。余り使い道はないかもしれないが、この機能は君にそのまま継承されたことになるね」


 男の言う通り、確かにその力はあまり必要ないな。


この魔窟の構造を俺の意志で変えたり大穴を開けたり、あのアイゼンがしたような超常的な移動ができたとしても、この中だけというのなら意味はない。


「二つ目は魔物の召喚。これは一見強力な力に思えるかもしれないが、今使うのはおすすめしない。私と同じように魔物を生み出すことで魔力を放出できるということだが、制御及び使役機能を奪われている為、召喚した魔物の強さを制限することも使役することも出来ない。最悪の場合自らが召喚した魔物に食われてしまうかもしれないということだ」


 魔物の召喚か。

 仮にこの魔窟から生み出された魔物を全て操れるというのなら、ギルドの依頼の殆どを達成することも簡単そうだ。


 それにあの時の蛇のような強大な魔物を使役できれば、確かにこの能力はかなり使える。だが、今はアイゼンにその機能を奪われていて使役も制御もできないと。


 今は使えないかもしれないが、アイゼンを倒した後のコキュートス殲滅には使えるかもしれないな。


「そして最後、三つ目の力は生体共鳴。これは本来、魔窟に挑む冒険者が万が一核に到達した際に使うはずだったものだ。結局一度も使うことはなかったがね。この力は任意の相手に永続的に働き、使用者の身に起きた全ての事象を同じように負わせるものだ。簡単に言ってしまえば、使用者が死んだらかけた相手も死ぬ。だが、使用者が主体である為逆はない」


 この三つの中では最も実用的な能力だが、男の言う通り攻撃手段にはならない。


 俺が死んだらお前も死ぬ。そういった使い方をすれば相手への抑制材料にはなるかもしれないけど、確実に殺すことは出来ない。自殺をすれば相手も殺せるともとれるが、それは最後の手段だ。


 力の性能は分かった。


「でもそれじゃあ、俺はこの力を使ってどうすればいい……?」


 俺が俯きがちにそう言うと、男が肩に乗ってきて耳元でささやいた。


「協力者を作る。というのはどうかな? 君のその力を使ってね」


 その悪魔の囁きを聞いて、俺はこいつの策略に気づく。

 あくまでも一つの手段に過ぎない。

 そもそもこいつはそのつもりだったのかもしれないが。


「……そうだな。力を得るのに、手段は選んでいられない」


 ここから、俺の復讐が始まる。

この度はお読みいただきまして誠にありがとうございます!

もし少しでも「続きを読んでもいい」「応援してもいい」そう思っていただけましたら!

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