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№3Sランクの冒険者

 ミアの部屋に備え付けられた机に向かいながら、協力者について思考を逡巡させる。

 改めて俺に与えられた能力を整理しよう。


 一つ目は『阿吽の魔窟内操作』。二つ目は『魔物召喚』。そして三つ目が『生体共鳴』。


 最初の二つは使えないとして、今回重要になるのは三つ目の『生体共鳴』だ。俺の身に起きた事象の共有を駆使して協力者を作るということは、つまりそいつを脅すということ。


 俺が死ぬとお前も死ぬ。だから俺に協力しろ――というわけだが。


 中途半端な冒険者を味方につけたのでは意味が無い。味方にするなら最低でもSランクの冒険者であることが望ましい。それもなるべく少人数で、万が一にも裏切りをさせないようにしたいところだ。


 そもそもSランクの冒険者にこの能力を掛ける隙があるのか?


「コア、生体共鳴の発動条件ってなんだ?」


 コアと呼ぶことにした核の男に質問を投げかけると、机の端で眠っていた奴が目を覚ます。因みに名前の理由は核だからという単純なものだ。


「任意の相手に触れる。ただそれだけだ。触れれば使い方は体が分っているさ」


 触れるだけで良いのか。

 だとしてもSランクの冒険者となると警戒されそうだな。触れるだけでも難しそうだが、そこはコアに気を引いてもらうなりしてどうにかするしかない。


 まずはギルドに降りてSランク冒険者の観察をしに行こう。

 そうと決まれば、と部屋を出ていこうといたところで。


「その前に一つ、いいかね」


 コアに後ろ髪を引かれた。


「いいけど、何?」

「いやなに、たいしたことではないのだが、アベルは怨粒を知っているか?」


 おんりゅう?

 何のことだろう。いやでも、どこかで聞いた覚えがあるような?


 どこで耳にしたのだろう。思い出せない。少なくとも、俺にはそれが何なのかはわからないので。


「知らないな、それがどうかしたのか?」


 そう、質問で返した。


「いや、なら問題はない。気にするな」


 コアは相変わらずの渋い声でそう返してきた。


「……?」


 何やら釈然としない質問だったが、問題がないのであればもういいだろう。今は協力者の件が先だ。

 部屋を出て一回に降りると、受付のピーク前でそれなりに空いることに気づく。


 ギルドの中央に位置する待合席に腰かけて観察を始めた。

 今ギルドにいるのはざっと六パーティくらいだ。その中でSランクの腕輪を付けているのは一パーティのみ。


 彼らは確か、ブルームズと呼ばれるSランクパーティーだった気がする。筋骨隆々な男五人のむさ苦しいメンバー構成になっている。実力は相当なものだ。


「男性よりは女性の方が、何かと扱いやすいだろう」


 肩に乗るコアが耳元でそう囁いた。


 こんな不思議な生物を肩に乗せていると人目を引きそうなものだが、どうやらコアは限りなく存在感が薄いらしい。声を聴いたり接触したりしなければ誰にも気づかれないとのこと。


 それはそれとして、コアの言うことは正直あまり理解できなかった。協力者は強ければ男だろうが女だろうがどちらでも構わない。だがまあ、コアの助言は一応聞いておくとしよう。


 現状Sランク冒険者がブルームズだけとなると、観察しようにもその観察対象がいないな。

 これからピーク時間になるにつれて、多くの冒険者がギルドにやって来る。それを待とう。


 そう思って背もたれに寄り掛かると、視界の端から誰かが近づいてくることに気づいた。

 すぐに姿勢を戻して視線を向ける。


「やあ、久しぶりじゃないか」

「……クロム」


 そこにいたのはフェルダムにしつこく絡んでいたローズバタフライズのリーダー、クロム・アリエスタだ。


 こいつと会うのは前にグリーズ工房で会った以来だな。


「君が選んだこの鞘、中々に使い心地がいい。君は実にいい仕事をした」

「そうか、それはよかったな」


 クロムにはいつものような悪意はなく、俺の様子を伺っているように見える。

 どうやら気を使ってくれているらしい。

 らしくもない。


「君、少し感じが変わったかい?」

「そうか? 前からこんなものだろ」


 自分ではあまり以前との違いを認知出来ていないが、傍から見たら変わっているように見えるのだろうか。


 以前までと違って今の俺には明確な目的がある。そう言う点では変わったかもしれない。


「……まあいいさ。そう言えば君のお仲間の話、聞いたよ」

「だろうな」


 噂が広まるのは速いものだ。

 それを知っておきながら俺の元にやって来たということは、気を使うのも無理はない。

 クロムは一度口を開いた後に躊躇したような素振りを見せてから言った。


「ふ、ふん……Fランク風情が調子に乗るからそんなことになるんだ」


 それは以前のような悪態に聞こえるが、無理をしていることが伝わってくるものだった。。

 クロムの事を少し、勘違いしていたみたいだ。こいつはそこまで嫌な奴じゃない。


「ああ。クロムの言う通り、俺たちは少し調子に乗りすぎたのかもしれない」

「……」


 反発しない俺を見兼ねたのか、居心地悪そうに頭を掻くクロム。


「続けるのかい、冒険者」

「だからここにいる」


 そう答えて、俺はクロムから視線を外した。

 クロムと話をしている内にSランクの冒険者を見逃したら時間の無駄になる。今は早く話を終わらせたかった。


「行こう、みんな」


 そんな俺の気持ちが伝わったのか、クロムは仲間を引き連れて俺の傍から離れていく。


 仮にクロムを仲間に出来たとしても、あいつでは弱すぎて戦力にならない。俺が言えた口では無いが、味方にするなら強くなくてはならない。


 俺はひたすらギルドの入り口を見つめ、入って来る冒険者の観察を続ける。

 暫くすると、ギルドの外が騒がしくなってきた。


 何事かは察しがつかないが、その騒がしさは次第にギルドへと近づいてくる。

 ギルドの扉が内側に立つ冒険者によって開かれ、堂々と五人の冒険者が現れた。


「ジークフリートの凱旋だぁ! ジークフリートが魔帝龍の首を持って帰って来たぞぉ!」


 扉を開けた冒険者がギルド内全体に響き渡るような声でそう叫んだ。


 ジークフリート。

 彼らはこのギルドの頂点に君臨する最強のSランクパーティーだ。推定ランクSSの魔帝龍を討伐してくるとは、流石と言ったところだろう。


 中央に立っている赤い鎧を身に纏う大きな体躯の男はリーダーのジーク。そしてその右に立つ長身の眼鏡男がフェスタ唯一の鑑定士であるマリク。その反対側に立つ銀髪の女性は剣姫と名高いウルハ・サクラノ。右奥の黒装束の少年は闇喰いのアルヴ。最後に左奥で花束を抱えている金髪の少女が白魔術と黒魔術を巧みに使いこなす天才魔術師のルーティだ。


 どいつもこいつも特別な力を持っている。俺とは真逆の立場の人間である。

 しかし、味方にするならこの中の誰かが望ましい。


「今帰ったぞ! マスター! マスターカキョウはいないか!」


 突如、鼓膜を劈くような大声がジークの口から発せられた。

 その声に騒いでいた冒険者達が一斉に静まり返る。


 俺もあっけに取られていたせいで、背後から近づいてくる甲高い靴音に気づけない。


「あらあら、うるさいのが帰って来たねぇ」


 声のする方向に顔を向けると、そこには紫紺のドレスを身に纏う髪の長い女性が立っていた。

 

「マスター、仰せつかっていた任務、無事に完了した」

「そうかいそうかい、ご苦労様。詳しい報告は奥で聞くわ」

「御意」


 この人がここのギルドマスター、カキョウ・ルドロギスなのか。ここには子供の頃からお世話になっているが、生で見るのはこれが初めてだ。想像以上に若い人なんだな。


 そんなマスターの後を追ってジークフリートの面々が続く。

 少し手を伸ばせば届く距離を通り過ぎるジーク。この距離間なら、さり気なく触れることもできるかもしれない。


 試しに、そっと手を伸ばしてみる。


「なんだい、君は」


 手を伸ばした直後、鑑定士のマリクに声を掛けられてしまった。

 これは非常にまずい。マリクの鑑定能力がどこまで見られるかは定かでは無いが、最悪の場合核の能力を見られてしまう恐れがある。


 誤魔化さないと。


「い、いえ。何でもありません」


 手を引っ込めて視線を逸らすも、眼鏡を外したマリクに数秒間凝視されてしまう。

 やばい……見られたか?


「……」


 俺が緊張で変な汗をかき始めていると、マリクは何も言わずに立ち去って行った。

 緊張が解けてどっと疲れが押し寄せてくる。


 やはり、Sランクの冒険者はただ者じゃない。

 こんなんでSランク冒険者を脅すことなんてできるのか?


「ん?」


 半ばジークフリートを味方するのを諦めていたその時、一つ気になるものを見つけた。


 それは最後尾にいるジークフリートの五人目、天才魔術師のルーティが両手で抱える花束だ。入口からの距離ではその花の種類までは見分けがつかなかったが、目の前を通り過ぎた時に気づいた。


「ラナンキュラス……?」


 そう。


 ルーティが持っている花束はラナンキュラスの花束だ。

 単なる偶然ということもあり得るが、おそらくあの花束はミアが摘んだラナンキュラスだろう。


 あの依頼内容は確か、姉への誕生日プレゼント……つまり、ルーティには妹がいる。


「はは……最低だな、俺は」


 考えついてしまった自分自身に嫌気がさす。

 本人が駄目なら、本人が大事に思っている人を人質にすればいい。


 こんなことをしようとしているなんて、ミアが知ったら軽蔑されるだろうな。

 まあ、いずれ報いは受けるさ。


「コア、頼みがある」

「なんだ?」

「ルーティについて、少し調べてくれないか」

「いいだろう」


 ルーティなら十分な戦力になる。


 会話なぞ一度もしたことは無いが問題ないだろう。仲間になるわけでは無いのだ。コキュートス壊滅まで俺が一方的に使う道具に過ぎないのだから。


 そうしてターゲットを絞ったところで、今日の観察は終了となった。


***


 次の日の昼、コアが情報収集を終えて帰ってきた。

 コアが入手した情報はいくつかある。


 まずは推測通り、ルーティには妹がいた。それも双子らしい。しかし家族はその二人だけで両親は五年前に他界している。


 依頼を出したのはその二人でほぼ確定だそうだ。


 冒険者になったのは三年前で、冒険者として稼げるようになる以前は相当貧しい暮らしをしていた。だが、現在は一戸建てのそこまで大きくはない家に三人で暮らしていると。


 ルーティが仕事で家を空けているときはジークフリートの一員であるウルハ・サクラノの住む豪邸に妹たちを預けているようだが、今現在は自分たちの家で過ごしているみたいだな。


 客観的に見てルーティは唯一の家族である妹たちを溺愛しているらしい。


「コア、ご苦労様」

「これくらい、お安い御用だよ」


 コアと俺の関係性は対等だ。

 同じ目的を果たすため、情報収集や助言をコアに頼り、実際に動くのが俺の役割。


 役割通りにコアが集めてくれた情報から分かることは、ルーティにとって妹たちが最も大事であること。それから今は家で三人だけということぐらいか。


 それならルーティが家を空けている隙に接触できるかもしれない。だが、あのルーティが何もせずに二人を家に置いておくのか?


 どんな魔法を使えるかわからない以上、何かしら二人を守る魔法をかけている可能性を否定できないよな。


 ならば家の前で張り込んで、外出時を狙うか。

 一度でも接触することが出来れば、『生体共鳴』を掛けて阿吽の魔窟に移動してしまえば人質にすることが可能だ。


 そうと決まれば早速ルーティの家に――


「アベル君、ちょっといいかしら」


 いざ、向かおうかというとき、意表を突くような形で扉の向こう側からクリスさんの声が聞こえてきた。


「あ、うん。いま開けるよ」


 何の用であろうと、手短に済ませてしまおう。

 俺の方から扉を開くと、そこにはクリスさんとその背後に子供がいた。


 誰だ?


「急にごめんなさい。今日はこの子たちがお礼を言いたいっていうから連れてきたの」

「お礼?」


 誰かにお礼されるようなことしたっけ。


「ラナンキュラスの依頼をした子達よ」

「……そ、そう」


 まさか標的からこっちにやってくるとは……好都合が過ぎる。

 何はともあれこれは千載一遇のチャンスだ。この機会を逃すわけにはいかない。


「リノです!」

「キノ……です」


 それぞれが礼儀正しく挨拶をしてきた。

 リノと名乗った方は元気がよく、紅葉色をした髪を右側で団子にしている。


 キノと名乗った方は物静かで、若葉色をした髪を左側で団子にしていた。

 この子たちがルーティの双子の妹か。


「俺の名前はアベル、そっちで横になってるのはミアだ。よろしく」


 二人に対して俺も自己紹介をした。


 クリスさんが『俺』という一人称に違和感を覚えているようだったが、あえて言う必要はないだろう。というか、気持ちの問題なので説明が難しい。


「うん! よろしく!」

「……お願いします」


 それにしてもリノは元気が良いな。

 これから君たちのお姉さんを脅す材料として使うとなると少し気が引ける。

 だからと言って止めはしないが。


「あの! えっと! お花、採って来てくれてありがとー!」

「おっと」


 そう言いながらリノが俺に抱き着いてきた。


「ありがとうございます……あ、駄目だよお姉ちゃん、迷惑だよ」

「えー、なんでー?」


 抱き着いてきたリノの服を引っ張るキノ。

 流石は思春期前の子供。こう言ったことに躊躇がない。


 だが、これで自然に触れることが出来る。まだ一度も能力を使ったことが無いからどうなるのかはわからないが、事は試しだ。


「はは、どういたしまして。でも一番頑張ったのはミアだから、あそこのお姉さんにもお礼を言ってあげて欲しいな」


 そう言いながら抱き着くリノの頭とそのすぐ傍にいるキノの頭を撫でた。

 その瞬間、カチンッと歯車が噛み合うような音が頭の中に鳴り響く。


「わかった!」

「……はい」


 しかし何事も無く返事をしてミアの元に行く二人。 

 これで本当に『生体共鳴』がかかったのか?


「ねー、お兄さん。どうしてこのお姉さん、起きてるのに動かないの?」

「あ、ああ、お姉さんはちょっと疲れてるんだ。でも二人の声はちゃんと聞こえてるよ」


 確証が得られないまま、二人の傍に近づいて答えた。

 ミアは反応こそ示さないものの、確かに声は聞こえている。たまにだが、声に反応して手が動いたりするのだ。


「ふーん、そうなんだ! じゃあお姉さん! お花を取って来てくれてありがと!」

「ありがとうございます」


 リノはミアの手を握って、キノは深く頭を下げながら頭を下げた。

 二人のお礼を受けたミアは、微かに口角を上げた。

 それはまるで、優しく微笑んでいるようで――


「……ぁ」


 どうしてかはわからない。

 そんなつもりは毛頭なかったのに、何故か自然と涙が流れた。


「あれ? お兄さん、泣いてるのー?」

「大丈夫……ですか?」


 二人が俺を心配して声を掛けてくる。


「な、泣いてないよ。大丈夫……大丈夫」

「えー、泣いてるよー」


 ああ、そうか。


 ミアが笑うということは、フェルダムにとって最も幸福なことなんだ。


 父さんの死で一年も笑わなかったミアが、冒険者を始めてまた笑うようになった。けれど、あの日を境にまた笑わなくなってしまった。


 もう二度と笑うことはないと思っていたミアが、今こうして目の前でもう一度笑っている。

 それが、本来の戦う理由だったんだ。


「クリスさん、ミアが笑ったんだ」

「ほ、本当⁉」

「うん。もしかしたら、回復の兆しが見えてきたのかもしれない。リンさんを呼んできてくれないかな」

「ええ、わかったわ!」


 そう言ってクリスさんがこの部屋を出て行った。

 リノとキノは本当に優しい子だ。


 どうしようもない俺の事を心配してくれているし、ミアの事も笑わせてくれた。そんな子供達を危ない目に会わせたくはない。


 それに二人のおかげで本来の目的を思い出せた。

 だけど……それでも俺は。


「ミア、ごめん」


 やらなくちゃいけないんだ。


「お待たせアベル君! ミアちゃんが笑ったって本当⁉」


 リンが名前を呼ぶも、返事は返ってこない。


「あれ……アベル君?」


 その部屋には、ベッドで一人寂しく横になるミアの姿しか残っていなかった。

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