№8ラナンキュラス
ルーティと別れてから二時間ほどたっただろうか。
一度ミアの様子を見に部屋へと戻ったが、特に変化があることも無く。待合席に戻って静かに天井を見上げていた。
ミアは俺にとって、ある種の抑止力になっている。ミアまで俺の前からいなくなってしまうようであれば、正直理性を保っていられる自信が無い。
俺は結局、いつまでもミアを理由にして生きていくのだろう。
「おまたせ」
漠然とそんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。
その声のする方向に顔を向けると、目を赤く腫らしたルーティがいた。
「ああ、無事にサインは貰えたのか?」
「どうにかね」
そう言いながらジークのサインが書かれた除名書を見せてくる。
その除名書には確かにジークの名前が書かれているが、ところどころ湿っているのはおそらく彼女の涙によるもの。
いくら俺の目的の為とは言え、長年世話になってきたであろうパーティを抜けさせるという行為は最低だ。俺にミアやルピナ、ケートのような大切な仲間がいるように、ルーティにだって大切な仲間はいる。
そんな仲間たちと強制的に決別させたのだから、彼女の悲しみも当然だ。
「……ごめんな。辛い思いをさせて」
正直に今思っていることを言ったつもりだった。
しかし、ルーティにはその言葉が気に障ったのか、俺の胸倉を掴んで引き寄せると押し殺すような声で怒りを露にする。
「どうして、あんたが謝るのよ……あんたがそうさせたことじゃない。悪いと思っているなら、初めからこんなことさせないでよ……!」
――確かにそうだ。
俺は彼女にさせた行為について、もっと責任を持つべきだった。謝られたところで許すことは出来ないし、寧ろ怒りが募るだけに過ぎない。
自分がどれだけ悪質なことをしているのか、わかっていたはずなのに。
「そうだよな……悪かった」
この謝罪は、彼女の気持ちを弄んだことへの謝罪だ。
それを聞いたルーティはそっと掴んだ手を放して一歩後ろに下がった。それから背を向けて椅子に寄り掛かかる。
「……意味わかんない」
「ん、どうかした?」
「べつに」
小声で何かを言ったような気がしたのだが、上手く聞き取れなかった。
まあ、べつにというのならそれ以上聞くようなことはしない。サインを貰えたのなら早速クリスさんの所へ行こう。
机に置かれたルーティの除名書を手に取って再び受付へと歩みを進める。
「クリスさん、おまたせ。はいこれ」
「アベル君にルーティさん。無事にサインがもらえたのね」
除名書を受け取ったクリスさんは片眼鏡を掛け、目を通してから確かにと頷いた。
「この紙に私がハンコを押したら、その時点で二人は元のパーティから除名ということになるわ。そしてフェルダムは所属メンバーが一人になってしまうので自動的に消滅」
フェルダムが無くなってしまうことは承知済みだ。
クリスさんはこれが止めるなら最後のタイミングであることを伝えたいのだろう。
「大丈夫だよ、クリスさん。もう覚悟は出来てる」
「そう。ルーティさんも、いいのね?」
「……はい。みんな、私の事を待っていてくれるって、約束しましたから」
微かに口角を上げながらそう答えたルーティ。
そんな約束していたとは知らなかったが、全てが終わった後は彼女の好きにすればいいさ。俺とルーティはただそれだけの関係性なのだから。
俺たちの返事を聞いたクリスさんは、一度深く溜息を突きながらハンコを手に取った。
「わかったわ。じゃあ、押すわね」
そう言って丁寧に、二枚の除名所にハンコを押したクリスさん。
これで俺とルーティは一時的にフリーになったわけだ。
「さて、これで当初の予定通り二人でパーティを組めるようになったわけだけど、二人とも覚えているかしら。正式に結成とするには必要不可欠な過程があるってこと」
ああ、そう言えばそうだった。
「仮結成期間か」
この仮結成期間とは、冒険者がパーティを結成する際に必ず踏む工程だ。
その期間は一週間で、期間内にそのパーティで二つ以上の適正ランクの依頼をこなさなくてはならない。
フェルダムの仮結成期間はそもそも適正ランクがランク制限無しだったから、苦労はしなかったが。
「私は途中加入だったから、仮加入期間だった」
そう言えばコアの情報でルーティは、ジーク達に拾われたみたいなことを言っていた気がする。
「まあ、仮結成期間も仮加入期間も大した違いはないわ。少しだけ仮加入期間の方が条件は厳しいのだけど、今回重要なのは仮結成期間ね。ルーティさんは一応初めてってことだから説明するわ」
「は、はい。お願いします」
「仮結成期間は一週間。一週間以内に適正ランクの依頼を二つ以上こなしてもらうことになります。二つ依頼をクリアした時点で審査して、晴れて合格すれば正式にパーティの結成ってことになるの」
ただ、一つ懸念材料があるとすれば、その適正ランクがどうなるのかという話だ。
フェルダムの時は全員がFランクの冒険者だったから気にも留めなかったが、FランクとSランクの冒険者がパーティを作る場合、適正ランクは幾つになるのだろうか。
下に合わせてF? 上に合わせてS? それとも間を取ってD?
「その適正ランクって、私達の場合何になるんですか?」
そう、俺が聞こうと思っていたことをルーティが質問した。
その質問に、クリスさんの表情が明らかに曇りだす。
「Sランクよ。SランクのパーティにSランクの冒険者しかいないのはこれが理由。覚えていると思うけど、仮結成期間に依頼を受ける時は千里鳩という遠視魔法で貴方たちを監視させてもらうわ」
……Sランクか。
本来Fランクであるはずの俺がSランクの依頼何て、受けたところで死ぬだけだ。だったらルーティ一人に任せればいいのでは? と思うかもしれないが、それが出来ない理由がその千里鳩にある。
監視の目的は確か――
「貢献度を計る、だっけ」
「その通り。貢献度を計ることでメンバーの連携が上手くとれているか――とか、力量差はないか――とか、そうやってパーティを組むに相応しいメンバーになっているかを確かめるの。だから誰か一人の貢献度が極端に高かったり低かったりするとこう」
説明しながら胸の前でバツマークを作るクリスさん。
つまり、パーティを正式に結成することが出来ないというわけだ。
「俺たちの場合は、ルーティにばっかり頼って依頼をクリアしても駄目ってことだよね」
Fランクの俺がいてもルーティなら、一人でSランクの依頼をクリアすることは可能だろう。だが、それでは駄目なのだ。
Fランクの俺がSランクの依頼において、貢献度の半分を占めないといけない。
正直、かなり厳しい条件と言える。
クリスさんはそれを知っていながら、俺に除名の許可を与えた。
――そういうことか。
「やっぱり、クリスさんはフェルダムを失いたくないんだね」
俺がそう言うと、クリスさんは視線をそらして答えた。
「……当たり前じゃない。だって、アベル君のお父さん、あの人の名前は、もうここにしか残っていなかったのよ?」
そんなことだろうとは思っていた。
フェルダムは俺の父さんの名前だ。パーティ名を父さんの名前にしようと提案したのはミアだったが、それを聞いたクリスさんが泣いていたのも覚えている。
きっとクリスさんは、その名前に思い入れがあるのだろう。
「だから、もし仮結成期間を突破できなかったら、アベル君にはフェルダムに戻って欲しい。これは私個人の我儘だから、突破出来たら止めたりはしないわ」
クリスさんの気持ちもわかる。
だけど、この条件が厳しいのは以前までの俺であればという話に過ぎない。
未だに攻撃手段の無い俺だけど、阿吽の魔窟でなら話は別だ。あそこでなら、確証はないがそれなりに戦えるはずだ。
必ずとは言えない。だから一応、約束はしておこう。
「わかったよ。もしそうなったら、その時はフェルダムに戻ると約束する」
クリスさんは嬉しそうに頷くと、ミアのいる部屋の方向を見ながら言った。
「ええ、約束よ。今度は約束、守ってね」
「うん」
今度は……か。
あの日、依頼を受理してもらった時にした約束は守ることが出来なかった。
約束は守りたい。だが、それは俺が期間を突破できなかった時の話だ。
そんな話を俺とクリスさんでしていると、放置されていたルーティがようやく口を開いた。
「あの、そんなにその名前に拘りがあるなら、私達のパーティ名にしちゃえばいいんじゃないの?」
それは少しだけ考えた。
でも、みんなのいないフェルダムはフェルダムじゃないし、変わってしまった自分がフェルダムにいていいとも思わない。
フェルダムとは、一度区切りを付けなければいけないのだ。
「それは出来ない。フェルダムは一つだけだから」
「じゃあ、どうするの? 名前」
ルーティの問に、クリスさんも気になるのか俺の顔に視線を向けてきた。
新しいパーティの名前は既に決定済みだ。
あの日を忘れない為の戒めであり、俺とルーティを繋げた要因でもあるあの花――
「ラナンキュラス。それが俺達のパーティ名だ」




