№7天才魔術師の胸の内
ジークフリートが集まる部屋の前で、憂鬱な気分に打ちひしがれる。
扉に手を掛けようにも、あと一歩の勇気が出てこないのだ。
私はジークフリートを抜けて、あいつと新しいパーティを作る。それは全て妹達の為であり、あいつのことを思っているわけではない。それは本心だ。
だけど、どうしてか私の中にあいつのことを否定できない自分がいる。
同情? 善意? 違う。 なら、どうして私はあいつを拒絶できないのだろう。
自分でも自分が分らなくなる。
最初は妹達を人質に取られて傷つけられて、こいつは絶対に許さないって思ったのに。あいつの時々見せる儚げな表情が、私の怒りを鎮めてしまう。
あいつが極悪人ならどんな手を使ってでも妹達を解放させようと奮起しただろうけど、間違いなくあいつは極悪人ではない。それは妹達も言っていたこと。
だけど今はまだ、あいつに対する気持ちに答えは出せない。
「許すわけじゃない」
妹達にしたことは簡単に許せることじゃない。あいつのことを恨む気持ちは確かにここに在る。
確かなことと言えば、二人を人質に取られている以上、言うことは聞いておかなければならないということだ。
だから私は、ジークフリートを抜けなければならない。
ジークフリートには本当にお世話になってきた。私が今妹達と暮らせているのも彼らがいたからこそだし、彼らにひろってもらわなければ今頃どうなっていたことか……
この気持ちは、いつか必ず形にして返す。
「……はぁ」
しかし、それ以前に今はジークが怖い。彼は何というか、話しにくい雰囲気がある。
ジークと真面に会話する人なんて、ギルドマスターかマリクぐらいだし。
威圧感が凄まじくて気おされてしまう気がしてならない。
「んっ!」
悲観的になってしまっている自分の頬を両手で叩いて活を入れた。
何時までここでグダグダしているの私!
もう決めたことなんだ。
「ごめんなさい。遅れました」
不安を飲み込んでからメンバーのいる部屋へと足を踏み入れた。
部屋に入ると、仲間達の視線が私に集中する。
「遅いよるーちゃん。昨日は本当に心配したんだよ?」
「うん。ごめんね」
扉の直ぐ傍の椅子に座っていたウルハンが駆け寄ってきた。
昨夜はウルハンとマリクが私達を捜索していたらしく、家に帰ると泣き崩れるウルハンが待っていたのだ。
あいつのことは隠して適当な言い訳で誤魔化したけど。
ウルハンは私が脱退することを知ったら、きっと悲しむ。私もウルハンは大親友だし、できれば離れ離れにはなりたくない。
でも、だからこそ巻き込みたくもないから。
「ジーク」
ここで言わないと、タイミングを逃す気がする。
「遅れたことは構わん。座れ」
「違うのジーク。今日は私から言わなきゃならないことがあって来たの」
「なんだ?」
ジークの態度はいつも通り、仲間というより部下に対する態度のようなものだ。
それがジークを怖いと思う理由かもしれない。
けど、言わないと。
「ジークフリートを…………脱退したい。だから、ここにサインを書いて欲しい」
頭を下げて、除名書を差し出した。
緊張と不安で手が震える。じっとジークの反応を待とうとしたのだが――
「え……え? は? るーちゃん! 嘘だよね? なにかあったの?」
「やはり昨夜、何かあったのでは?」
ウルハンが立ち上がってそう叫び、マリクが座ったまま訝しげな表情を向けてきた。
二人の反応に思わず顔を上げると、ジークは黙って私から紙を受け取っている。
ウルハンもマリクも私を心配して言ってくれている。それが分っているからこそ、辛くて申し訳なくて、涙が流れてきた。
「ううん。嘘じゃないし、心配するようなことは何も無いよ。これは私が決めたことなの」
「るーちゃんが決めたって、私は納得できないよ! せめて、理由だけでも教えてよ!」
駆け寄ってきたウルハンが私の腕に縋りついてそう言った。
そんなウルハンの頭を撫でながら、皆に向けてもう一度頭を下げる。
「ごめんなさい。詳しいことはまだ言えないの。だけどこれだけは言わせて欲しい」
嘘偽りのない、本当の気持ちは伝えておかなくてはならないと思うから。
「ジークフリートのみんなには本当にお世話になりました。心の底から感謝してます!」
はっきりと、大きな声で頭を下げた。
ジークはとても頼りがいのあるリーダーで、アルヴは口下手だけど真面目な人だ。マリクも話しやすくて好意に接してくれたし、ウルハンは私の一番の親友。
本当に、みんなのことが大好きだ。
「ルーティさんには申し訳ないですが、僕は賛成できません。本当にその選択は、あなたが望んだ結果なのでしょうか」
顔を背けながらマリクがそう、不服を申し立ててきた。
「うん、そうだよ」
残念ながらマリク、これは本当に私が望んだ結果だよ。もしかしたら違う道もあったかもしれない。ここでみんなに本当のことを告げれば力を貸してくれたのかもしれないけど、私の責任に皆を巻き込みたくないんだ。
「るーちゃん……」
「ごめんねウルハン。でも、二度と会えなくなるってわけじゃないからさ」
そうだ。何も私がこの世からいなくなるわけではない。
会おう思えばいつだって会えるのだ。寂しいなんてことはない……きっと。
「そう言うことだから……サイン、書いてもらえますか?」
ジークはしばらく沈黙した後、机にあるペンをとって名前を書きだした。
それを見たウルハンとマリクが意を唱える。
「ジーク! 本当にいいの? るーちゃんが脱退しても!」
「そうですジーク! ルーティさんはジークフリートにとって大切な戦力であり、仲間です。そんな簡単に決めて言い物ではないと思います!」
あぁ……私って大切に思われてるんだなぁ。
そんな風に、心底幸せな気持ちになった。二人がそう思ってくれているなら、いつか全てが終わった時に、またここに戻ってきたいよ。
二人の反論に対して、ジークはペンを止めることなく名前を書ききった。
「止めたいならやめさせてやればいい。ただそれだけの話だ。やる気のない奴を残していても、邪魔になるだけだろう」
ジークの冷酷な発言に、私は受け止めることで精いっぱいだ。しかし、ウルハンとマリクは憤慨した様子で反論しようと一歩距離を縮めた。
ただ、二人が言葉を発する前にジークが「だが――」と続ける。
「ルーティの実力はこの俺が認めている。だから、いつかお前が戻る気になったその時には、喜んで向かい入れると約束しよう」
その言葉を聞いて、さらに涙が流れてきた。
ジークが私の力を認めているなんて聞いたことが無かったし、優しく声を掛けてもらうことも無かった。
私はジークの事を少し誤解していたのかもしれない。不器用なだけで、本当は優しい仲間思いの人なんだ。
「……うん。絶対にっ……戻って来る」
私同様、こんなジークの言葉を初めて聞いた二人は、何も言えずに立ち尽くしてしまう。
名残惜しいけどサインも貰えたし、そろそろあいつの所に行かないと。
「じゃあ、行くね」
「待って!」
「待ってください!」
私が部屋を出ていこうとすると、ウルハンとマリクが同時に声を掛けてきた。
同時に近づいてくる二人を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ふふっ」
「え……何? どうしたのるーちゃん」
「笑うところ、ありましたか?」
二人が不思議そうな顔で私を見てくる。
やっぱり、この二人ってお似合いだよなぁ。こっそり二人の恋を応援してたんだけど、それもしばらくお預けか……
「んーん、なんでも。で、何?」
「もう……戻ってくるの、待ってるから」
「僕も、待っています」
二人がそれぞれ、笑顔でそう言った。
私が何も言わずにただ止めるって言って、普通なら納得何て出来るわけがない。いや、そもそも二人は納得なんかしていない。
なのに、こうやって追求せずに笑顔を向けてくれている。
また泣きそうになるのを袖で拭ってから私も二人に笑顔を向けて言った。
「ありがとう。二人とも、付き合っちゃえばいいのに」
あ、ついつい本音が出ちゃった。
「どどっ、どうしてそうなるのよ! 私がこんなっ! こんな眼鏡なんかと付き合うわけないでしょ⁉」
「お、おかしなことを言わないでください。別にウルハさんの事、嫌いじゃないですけど」
「あんた何言って――この眼鏡! 馬鹿! ばーか!」
顔を真っ赤に紅潮させたウルハンが慌てふためいてマリクをポカポカと叩いている。
マリクも満更でもない様子だ。
本当……楽しいなぁ。
「二人とも大好きだよ。またね」
そう言って、私は名残惜しさに背を向けてその場を後にした。




