№6本当と嘘
阿吽の魔窟での一件を終えた後俺たちは一度解散し、翌日ギルドで待ち合わせることになった。
リノとキノに『生体共鳴』が欠けられている以上、ルーティの逃亡は考えなくていい。
いくら彼女が良い人であっても、俺に対する敵愾心は拭いきれないかもしれないが。
ギルドの待合席に腰かけて待っていると、出入り口が少しだけ騒がしくなってきた。覗いてみる。
騒ぎの中心にいるのは、このギルド最強のSランクパーティに所属する天才魔術師のルーティだ。ルーティは人混みを縫うようにして俺の元にやってくると、何も言わずに背後で腕を組んだ。
ジークフリートの凱旋の時といい、メンバーの一人が来るだけであんな騒ぎになるのか。
「流石は有名人、みんなルーティを見てる」
「誰も私なんか見ていないわよ。見ているのはジークフリートの天才魔術師だけ」
「そうか……まあ、分かる気がするよ」
注目を浴びるルーティに率直な感想を述べると、どこか悲観的な返答が返ってくる。
その気持ちは何となく理解できた。俺達もFランクパーティとして認識されるだけだったから。
誰も自分をただのアベルとして見ていないんだって、そう思うことも少なくなかった。
「あんたなんかに理解されてもね……言っとくけど、あんたに協力はしても『奴隷』になるつもりは無いから」
「それでいいよ。正式な奴隷の契約を結ぶつもりは無いし、俺が勝手にそう思うだけだから」
本来、奴隷を所有するには正式な契約を結び、主人の意に反しないよう制約を掛ける必要がある。だが、そんなことをしなくてもルーティは自分の立場が分かっているはずだ。
だから契約はしない。俺が個人的な理由で仲間ではなく、『奴隷』として彼女を位置付けているだけに過ぎないのだ。
「なによそれ……」
不服そうに無理解を示すルーティ。
まあ、元々理解されようと思って話していないからな。
そろそろ周囲の目線に耐えるのも苦しくなってきたし、今日の目的を果たしてしまおう。
「受付に行こうか。どうしてあの二人がって言わんばかりの視線が痛いからな」
「……うん」
消え入りそうな声で返事をするルーティの表情は暗い。今からすることを思えば、それも当然の話だが。
視線から逃げるようにして受付へと向かうと、いつものようにクリスさんが資料に目を通している。
すぐ目の前に立っても気づかないクリスさんにそっと挨拶をした。
「こんにちは……クリスさん」
「あっ、ごめんなさいね。こんにちは――アベル君⁉ 帰っていたの? いきなりいなくなるから心配していたのよ⁉」
「――あ、うん。心配かけてごめん」
そうか、クリスさんと最後に会ったのは昨日リノとキノを連れ去る直前だった。クリスさんからしたら、いきなり俺がリノとキノと共に姿を消しことになっているな。
すっかり忘れていた。
「どこに行っていたの? 子供達もいなくなっちゃうし……ジークフリートの皆さんに聞いてみたらお姉さんもいないって言うから――って、貴方そのお姉さんじゃない⁉」
クリスさんの中で疑問が渦を巻いているようだ。
まずいな……ルーティを利用する手段ばかり考えていたせいで、他がおざなりになってしまっている。
俺が焦燥感に駆られていると、ルーティが一歩前に出て言った。
「はい。昨夜はご迷惑をお掛けしたみたいで、ごめんなさい。仲間からもリノとキノを探してくれていたという話は聞きました。本当は、妹達がアベル君に懐いちゃって、遊んでもらっていただけなんですよ」
「ルーティ?」
何故か俺の事を庇うルーティに、疑問を抱かずにはいられなかった。
いくら妹達を手中に取られているからと言って、俺のぼろを庇う必要はないだろうに。
だがまあ、折角繋いでくれたんだ。適当に話をあわせなくては。
「そ、そうなんだ。秘密の遊び場があるって、街のはずれまでちょっとね」
「そうだったの。もう、あんなことがあった後なんだから、あんまり心配はかけさせないでよね」
「……うん」
クリスさんはホッと胸を撫で下ろした後、掠れた声でそう言った。
いくら復讐をする為には手段を択ばないとはいえ、クリスさんの事を思うと胸が苦しくなる。自分の事だからどうなったって構わないけど、俺がいなくなって悲しむ人も少なからずいるってことは覚えておいた方がよさそうだ。
「わかってくれたならいいのよ。それで、今日は何のよう? 珍しい組み合わせよね」
切り替えろ。感傷に浸っている暇はない。
「ああ、今日は新しいパーティの申請をしに来たんだよ」
今日の目的はこれだ。俺とルーティの二人で新しいパーティを作ること。同じにパーティにいた方が何かと都合がいいし、二人でいても不自然ではない。
その為にはルーティにジークフリートを抜けてもらう必要があるが、それは俺も同様だ。
「新しいって、アベル君とルーティさんの二人で?」
「そうだよ」
何があってそうなったのか釈然としない様子のクリスさん。
「理由を、聞いてもいい?」
「それは」
聞かれて、言葉に詰まってしまった。
昨日はあれからろくにルーティと話せていない。今日パーティを組むことは伝えていたが、細かい口裏合わせはこの後するつもりだったのだ。
さっきはルーティがうまく擁護してくれたが、どのように話したものか。
『嘘をつく時は、少しの本当を混ぜるといい』
不意にコアの声が頭に響いた。
そんなこともできたのか。まあ、助かった。
まだ頭の中が纏まりきっていないが、黙りすぎても不自然だ。とにかく話そう。
「……察しがついていると思うけど、俺の目的はコキュートスに復讐することなんだ」
クリスさんは言葉を挟まずに黙って聞いている。
「でも、俺にはその力がないから、協力者を探していた」
ここまでは本当のことだ。嘘はついていない。
そしてここから、嘘を混ぜる。
「だから昨日リノとキノの迎えに来たルーティに話をしたんだ。ね、ルーティ」
ルーティに目配せをした。
俺だけが話していると信憑性に欠けると思ってのことだったが、彼女は一瞬僕を睨んだ。本当は俺が一方的かつ強制的に協力を強いている状なのだから、この嘘には反発もしたくなるだろう。
申し訳ないが、話を合わせてくれ。
「……ええ。私にもコキュートスに復讐する理由があるから、協力することにしました」
ありがとう。そう、胸の内で思いながら目線を合わせると、即座に逸らされた。
本当にコキュートスに対してルーティも恨みがあるかは定かではない。が、どちらにせようまいこと誤魔化せたに違いない。
「そ、そう」
クリスさんはまだ怪訝そうに首を傾げているが、少なくともそれ以上深堀するようなことはなかった。
「事情は分かったわ。でも二人ともそれぞれのパーティに所属しているから、新しく作るとなると以前のパーティからは脱退する必要があるわ」
話を進めてくれるクリスさん。
それに関しては既に承知済みだ。
「うん。だから脱退の手続きもしてほしい」
「……本当にいいの? パーティは二人から作れるけど、一人になったパーティは自動的に消滅してしまう。ジークフリートはルーティさんが抜けても四人いるからそうはならないけど、フェルダムはアベル君が抜けたらミアちゃん一人になってしまうのよ?」
それはつまり、フェルダムが無くなってしまうということ。
確かにクウカとケートとミアの四人で作ったフェルダムが無くなってしまうのは、俺達が今まで作り上げてきた絆を蔑ろにするみたいで気が引ける。
それでも――
「いいよ。フェルダムは四人でフェルダムだから。俺とミアだけのパーティは既にフェルダムじゃない」
復讐を完遂するために、僕は過去を割り切らなければならない。
「わかった。貴方がそう言うならもうこれ以上は言及しないわ」
「ありがとう、クリスさん」
「いーえ。それじゃあ、早速脱退の手続きだけど、アベル君はパーティリーダーだからここにサインしてもらえれば脱退出来るわ。でも、ルーティさんはリーダーのジークさんにサインをもらわないといけないの」
クリスさんから二枚の紙を机に出された。
この紙にパーティリーダーのサインが無ければいけないらしい。
あのギルド最強の男か……ルーティがどれだけジークと親密な仲なのかが重要だな。同じパーティなのだからそれなりに仲が良くてもおかしな話ではないと思うが。
「行けるか?」
「え……あ、うん。多分」
そう問いかけると、顔を真っ青にしたルーティがあやふやな返事をした。
そんな顔をされると不安になるんだが。
「だ、大丈夫。お昼過ぎに集まる予定があるから、その時に言うわ」
そう言って、一先ずジークのサインをもらう為に解散することになった。




