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№5生体共鳴

 ――切なさだけが、この空間を支配しているような気がする。


 あの日、アイゼンによって二人を奪われた第九層にあるアイゼンの部屋。

 自分への戒めとして、あえてこの場所にリノとキノを拘束した。


「んー!」


 鎖に繋がれたリノが俺を見て叫んでいる。その隣にいるキノは静かに涙を流して何も言わない。


「怖いよな? 辛いよな? なんで自分たちがこんな目にって、そうやって理不尽に思うよな? 俺もそうだったからわかるよ……ごめんな」


 あの日アイゼンが立っていた場所に自分が立っている。


 二人を見下ろしていると、自分への嫌悪感と罪悪感で心臓を掴まれているような気分に陥った。

 だけどこれも、ルーティを利用する為に必要なことなんだ。


「アベル、どうやら対象が入口に着いたようだ」

「……わかった」


 コアにルーティの到着を告げられ、今一度顔を上げた。

 俺がこれからやろうとしていることも、以前の自分とは良くない方向に変わっていってしまっていることは分かっている。


 復讐は何も生まない。


 そんな言葉を良く聞くが、おそらくそれは事実なのだろう。


「だからどうした」


 復讐をすることで何かを生み出そうだなんて初めから思っていない。俺はただ、父さんと二人の仇を取ることが出来ればそれで充分なのだから。


 だから後悔はしない。もう決めたことだ。


「それじゃあ、ここに来てもらおうか」


 核の能力で、この魔窟内に足を踏み入れた生物の位置を移動させることは簡単だ。

 それはリノとキノで既に検証済み。


 どういうわけか目を瞑るとこの魔窟内全体の様子が頭に浮かび上がる。そこでルーティがいる入口に焦点を当てて……見つけた。


「きゃっ――な、なんなの?」


 空中に出現した裂け目から落ちてきた金髪の少女が尻餅をついている。

 細いツインテールを左右に垂らし、そこまで主張の激しくない体を白に緑のラインが入った服で包んでいる。


 目元なんかはリノとキノにそっくりだな。流石、二人の実の姉であるルーティだ。

 それにあのラナンキュラスのブローチ……本当に彼女は妹達が大事なんだな。

 腰を摩りながら立ち上がったルーティは、すぐにリノとキノがいることに気が付いた。


「リノ! キノ!」

「動かないでくれ」


 駆け寄ってくるルーティに対して、すかさず前にでて制止をかけた。

 ここからは交渉……ではなく脅迫の時間だ。


「あんたが……リノとキノを連れ去った犯人さん? 悪いけど、今の私は手加減できないから」


 そう言うルーティの握る杖がミシミシの悲鳴を上げていた。

 まあ、妹達を人質に取られて冷静でいられるわけがないよな。


「あんたの気持ちは痛いほどわかるよ。だから落ち着けとは言わない。だけど、俺には攻撃をしない方がいい」


 攻撃的な態度を取って脅すこともできる。

 だが、話して理解してもらえるのならそれが一番だろう。


「は? 私から二人を奪っておいて、よくもそんな戯言が言えるわね」

「戯言か……確かにその通りだ。わかった。じゃあ、俺に攻撃をしてみればいい」


 今ルーティと話をするには、リノとキノの命が俺の手にあるとわからせるしかない。

 話を聞かざる得ない状況を作るのが手っ取り早いという判断だ。


 彼女もいきなり俺を殺すほど馬鹿じゃないだろう。死なない程度の痛み何て、幾ら食らったところで足りないのだから。


「言われなくてもそうするわよ。光の熱線(ライトソニック)!」


 直後、杖の先から光の線が一瞬にして俺の肩を貫いた。


「があっ――⁉」


 右肩からどくどくと血が流れ、猛烈な熱さに頭が混乱する。

 痛い……熱い? なんだこれ、血を流すってこんなにも辛いことなのか?


「抵抗もせずにただ攻撃を受けるなんて、何がしたいのよ」


 呆れた様子で俺に近づこうとした刹那、背後から聞くに堪えない悲鳴が聞こえてくる。

 生体共鳴は確かに発動したようだ。


「リノ? キノ?」


 二人の異変に気が付いたルーティが信じられないものを見たような表情をして駆け寄る。

 苦しみ泣き叫ぶ二人を前に、全く状況が理解できずに動揺している。


「なに……これ…………回復……回復しなきゃ」


 震える手を二人に翳して回復魔法をかけるルーティ。


 しかし、一向に回復する気配を見せない。それは生体共鳴の性質が使用者を主体にしているからである。


 つまり、俺を回復しなければ二人は回復しない。


「無駄……だよ。その子たちを回復しても治ることは……ない」


 悲鳴を上げる肩を抑えながら、どうにか態勢を直してルーティに向き合う。


「なんで……どうしてよ! どうして二人がこんな目に合わないといけないのよ!」


 涙を流しながら激しく取り乱し、彼女の握る杖に魔力が集まりだした。

 それは魔法の知識が無い俺でも感じるほどの凄まじいものだ。

 このままではまずい。


「それで……俺を殺すのか?」

「当たり前でしょ。お前だけは絶対に許さない」


 大切な家族を傷つけられて、その加害者に対して殺してやりたいと思うのは当然だろう。

 ただの傷ならまだしも、この出血量じゃ死んでもおかしくないレベルだしな。

 だけど、俺は何も二人を殺したいわけじゃないのだ。


「俺を殺したい気持ちは……わかる。はぁっ――でも、俺を殺したら……その子たちも死ぬぞ」

「そんなの、私が信じるとでも思ってるの?」

「信じるさ……よく、見て見ろ。あんたに攻撃されたこの肩と、二人の傷を……」


 ルーティなら、それで十分意味を理解してくれるはず。

 彼女は立派なSランク冒険者なのだから、俺でも出来る状況分析くらい出来るだろ。


 俺の言葉を聞いたルーティは俺たちの共通点に気づいたのか、凝縮していた魔力が解けて分散した。

 涙を拭いながら、俺と妹達を交互に見る。


「同じ場所……?」

「そう……だ。俺の能、力『生体共鳴』は俺を主体……として、この身に及ぶ全ての事象を――っ、任意の相手に共有させる」


 まずい……意識が朦朧としてきた。

 まだ、ケートの半分も血を流していないというのに……自分が情けなくなる。


「それって、私がお前に攻撃したから、二人がこんな目にあっているっていうの?」

「……ああ。だから――」


 そこで、俺の意識は遠のいて行った。

 

***


 体が温かさに包まれて、誰かの温もりをすぐ傍で感じる。

 ここ数日間の疲労がまとめて解消されるような気分だ。

 自然と瞼が軽くなり、意識が覚醒していく。


「ん……」


 目を開けて最初に飛び込んできたのは、瓜二つの顔が二つだった。

 俺の顔を覗き込むようにしている。


「お? 起きた! ルー姉お兄さん起きた!」

「大丈夫……ですか?」

「……え? うん、大丈夫…………だけど」


 何がどうなっているんだ?


 体を起こしながら辺りを見回すと、すぐ傍にリノとキノがいて、ルーティが少し離れた所に立っている。ついでにコアもモフモフバージョンで姿を現していた。


 でも、どうしてリノとキノが俺の心配をする? 俺は二人を連れ去った張本人だというのに。


「起きたのね。じゃあ、あんたの目的を教えて」


 目を覚ました俺に気づいたルーティが近づきながらそう言った。

 しかし、一つだけ疑問がある。


「どうして……逃げなかったんだ?」


 俺が眠っている間に逃げることは容易にできたはずだ。

 先ほどまで全く話を聞こうとしなかったルーティが、一体どういう風の吹き回しだ?


「どうしてって、この子達にかけた『生体共鳴』? を解いてもらわないといけないし、それにこの子達が……」

「お兄さんは悪い奴じゃないからな! さっきはちょっと怖かったけど!」

「キノも、怖くて泣いて、でも、アベルさんは、優しい人だと……思う」


 それが逃げなかった理由……

 ルーティの言う理由は最もだが、リノとキノが俺を擁護するとは思わなかった。

 そもそも、二人はどうして俺なんかを庇う?


 俺はそんなんじゃない。


「違う……俺は悪い奴だ。最初から、利用するつもりで俺は――」

「うだうだとうるさい。二人にそう思わせたのはあんたなんだから、そこを否定する意味なんてないのよ。いいから目的を話しなさい。Fランクパーティー、フェルダムのリーダーアベルさん」


 そう思わせたのは俺自身か……ならばそれは勘違いだったというだけだ。

 それよりも、俺の正体を知っている?


「どうして自分の正体をって顔ね。私も最初は気づかなかったけど、キノが言っているのを聞いて思い出したのよ。名前だけはある意味有名だし、あんた」


 確かに、悪い意味でフェルダムは有名ではある。

 ギルドで唯一のFランクパーティだからな。まあ、あの日以降、嘲笑や陰口は聞かなくなったけど。

 だが、俺をフェルダムのアベルと知っているのなら話は速い。


「そう言うことなら、あの日の事も少しぐらいは知ってるだろ?」

「ええ。フェルダムのメンバーが二人、コキュートスに殺されたって話は聞いたわ。それはお気の毒だったと思う」


 同じギルドであってもパーティが違えば、抱く感想はそんなものだよな。


「……俺たちはあの日、依頼でラナンキュラスを摘みに阿吽の魔窟に来た」

「ラナンキュラス?」

「そうだ。君が付けてるそのブローチ。それは、俺達があの日摘んできたラナンキュラスだよ。そこの二人が君に内緒で依頼を出してたんだ」


 正直な所、その話はどうでもいい話だ。

 その依頼を選んだのは俺だし、姉への贈り物を依頼した二人は何も悪くない。


 でも、ルーティには知っておいて欲しかった。

 そうでないと、ミアが報われない。


「そう……だったの」


 この話を聞いたルーティは複雑そうな表情をしている。


「まあ、その依頼を選んだのは俺だから、責任を感じる必要は無いよ。その後は知っての通り、コキュートスに捕まって仲間を二人ここで殺されたんだ。目の前でな」

「だからあんたは、自分の気持ちをしって欲しくてこんなことを?」


 それはどうだろうか。本来の目的は彼女を利用するためだ。そのために、ここが使いやすかっただけ。しかし、目の前で大切な人が傷つけられる辛さを、失うことの恐怖を、少しでも知って欲しかったのは事実だ。


 彼女の質問に逡巡し、首を縦に振った。


「それも、ある」

「……はぁ。本当、迷惑な奴ね。で、その気持ちを私が知ったとして、あんたは私に何を望むの?」


 ルーティは呆れてため息をつきながら聞いてきた。

 俺の気持ちを知ったルーティに望むのは――


「力だよ。俺はこれからコキュートスを潰しに行く。だけど、俺にはその力がない。だからお前には俺の剣となり、そして盾になってもらう」

「そういうこと……つまり、あんたを守らないと、あんたが攻撃されたり殺されるようなことになった時、リノとキノも同じ目に合う。そういう脅しってわけ」

「察しが速くて助かるな」


 ルーティにとって俺を守るということは、彼女にとって最も大切な家族を守ることと同義というわけだ。


 だから、リノとキノを思うなら、俺に力を貸す他ない。

 ルーティはリノとキノを抱き寄せて、考え込むように俯いた。


 少しして顔を上げると、二人の頭を撫でてから言う。


「わかったわ。あんたに力を貸してあげる。だけど、目的を果たしたら二人を解放すると約束して」

「ああ、約束する」


 交渉は成立だ。


「じゃあ、今から私とあんた……アベルは期間限定で仲間ってことで良いのね?」


 そう言って座る俺に対して手を差し出すルーティ。

 ついさっきまで憎んでいたはずの俺に仲間という言葉を使う。


 彼女の人間性についてはまだ何も知らないけれど、相当なお人よしなんだろうな。

 そんな《良い人》だからこそ俺は首を横に振ってこたえる。


「いや、俺はもう仲間を失いたくない。だからルーティは仲間じゃなくて――」


 差し出された手を取って立ち上がり、彼女を見下ろして言った。


「奴隷だ」

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