存在意義。
スカーレットを連れて森を出ればカイルたちが飛びついてきた。
「スカーレット!」
「おにいちゃま!」
「よかった!」
「スカーレット、ケガはっ?」
「へいき」
「なんで勝手に走ったんだよっ」
「だって、こわかったの」
兄たちにぎゅうぎゅう抱きしめられて、幾分苦しそうなスカーレット。でも安心したように笑っていて、ホッとした。
「皆はケガしてないか?」
「うん! お父さま、助けに来てくれてありがとう!」
「遅くなってすまなかった。皆も……ありがとう」
視線の先には竜の翼の下で身を寄せ合うオルガたち。パトリックの言葉に安堵したのか、一斉にへたり込む。
かく言う私も腰が抜けて立てなかったので、戻りもパトリックに運ばれてきた。
「セヴン、ご苦労だった」
「ぐぁぁ」
パトリックが竜の首筋を撫でると、ゆっくりと翼が畳まれる。
「リック、なんで翼の下にいろと言ったの?」
「竜の翼は結界のほころびから発生する異常を遮る強さがある。普段の仕事中も、俺以外のみんなを守ってくれてるんだ」
「そう……」
竜を見上げれば、森の中の狼と同じように理知的な瞳をしている。
私を見て、少し目を細めたので笑ってくれたのだろう。
「ありがとう」
リックに抱きかかえられたまま、私もその首筋に手を伸ばす。うろこは硬くて冷たいのかと思ったが、手触りはなめらかだ。
「セヴン、隊員たちに手紙を届けてくれ」
「ぐぁ」
「事態は収めたから、慌てて戻らなくていいとな。きっと死に物狂いで馬を走らせているだろうから」
手紙を足に巻き付け、竜が飛び立つ。
パトリックは行動中に私たちの異変を感じて、一人飛んできてくれた。きっと残された人たちこそ生きた心地がしないだろう。
「皆さん、いつ位にこちらへ着きそうですか?」
「明日の午後には。戻って来たら休んでもらえるよう準備しておこう」
全員で館に戻れば、騒ぎを聞きつけた村長が訪れていた。パトリックは早速事情を説明する。
「近くに結界のほころびが出来た。村人は俺がいいというまで、家から出ないように」
「は、はいっ」
護衛をつけて村長を返し、次に戻って来た竜に王都へ手紙を持たせる。
「セヴン、すまないな。頼む」
「グア」
何度も働かされているが、竜は頼もしく一声鳴いて飛び立つ。
「パトリックさま、私たちはどうしたら…」
「普通にしてていい。館の守護を強めておくから、ここは安全だ。ただ万が一があるかもしれないので、今晩は外に出ないように」
「はい」
皆真剣な顔で頷くが、初めて遭遇するほころびへの恐怖心はそう簡単に払拭できないようだ。その晩は数人ずつ身を寄せ合って眠ることにした。
子供たちもパトリックにくっついて寝息を立てる。
私は目が冴えて眠れない。
今さらながら、起こった出来事に震える。
「リヴィ、平気か?」
パトリックにやさしく問われ、平気だと答えようと口を開きかけ、首を横に振る。
「まだ落ち着きません」
「そうだろう。…君はほころびの中に足を踏み入れてしまったのだから」
パトリックに髪を梳かれ、広い胸にもたれる。
「いつもはもっと北寄りにほころびができるんだ。けれど、そこに行っても見当たらなくて…ずれが生じてたんだな」
「ほころびがずれた…」
「うん。けれど、小さいほころびで幸いだった」
小さくても空気の圧はすごかった。
あれより大きいものをパトリックは相手にしているのか……。
改めて守人の仕事内容に頭が下がる。
「リック、ほころびは一度できたら同じ場所でくり返すと聞きました」
「そう。だから対処が必要だな」
「またほころびが出来たらすぐ直すのね?」
「いや、ここは人里だ。二度とほころびができないよう結界を強くはる」
「結界をはる?」
私は首を傾げた。
「それは神様のお仕事では」
「守人たちもできるよ。ほころびを直す力をもう少し強めに展開するだけ」
ただ一人ではできないとパトリックはため息をつく。
「たくさんの守人が必要なんですか?」
「三人で足りる。俺と、天と地の守人だ」
「天と地?」
「そう。三方向から同時に力を使う」
パトリックの言葉についていけずにぽかんとその顔を見上げた。
「セヴンに王都まで行ってもらったのは、その意志を天と地に伝えるためなんだ」
「伝える…界を越える伝達手段があるのですか?」
「うん。大神殿にね。セヴンの翼は早いからもう話はついてるだろう。明日、陽が昇ったらまたあそこに行く」
パトリックはそう言い、私の頬をやさしく両手で包む。
「君とスカーレットは俺とセヴンの側にいてほしい」
「…はい」
頷きながら、気に掛かっていることを問うべきか悩む。
上目遣いで見上げれば、くちびるが降りてきた。
軽く触れ合わせるだけの、結婚式で贈られたようなキス。
パトリックは頬、額、まぶた、様々な場所にくちびるで触れる。
壊れ物を扱うような仕草に胸が痛む。
「リック、守ってくれてありがとう」
「うん」
「……私、ほころびが見えました。スカーレットも」
「なら、二人とも守人の素質があるのだろう」
そっと抱き寄せられ、パトリックの表情が見えなくなる。
「私、神殿で守人の祈りを捧げたかしら?」
「君はあの頃体が弱くて、そんなことをできる状態じゃなかった。仮に守人だと認められても旅に出られない。それでブランソン伯爵が祈りを辞退したんだ」
「そうなの…お父さまが」
私は本当に過保護に育ててもらったんだ。
「なんだか申し訳ないわ。もし守人の資質があるならば、やらねばならないことがあったのではないかと…」
「リヴィが神杖を持ってほころびを直す? 勇ましいけど現実的ではないね」
パトリックが小さく笑った。
いつもより疲れた声。
「そういうのは全部俺がやるよ。俺のお姫様は俺が守る。昔からそう決めてたんだから」
「…守ってもらってます。いつも。でも私もあなたを守りたいと思うの。弱いくせにね」
自嘲すれば、パトリックの長い指が私の髪をつんと引いた。
「ありがとう。だけど俺を守りたいと思うなら、危険のないようにして欲しい。君に何かあったり、万が一先立たれると、俺の息の根も一瞬で止まる」
「え?」
「たぶん二度と神力も出せないだろう。すべてを放棄してただ死ぬ」
「リッ…ク?」
「失えない。世界より重要。君は俺にとって、それほどの存在」
抑揚なく話す声に私は背筋を冷たくする。
「なんでこんなに好きなんだろうって昔から考えてるけど、答えは出ない。だから最近は、君を愛することが俺の存在意義だと考えることにした」
「リック…」
「だから君がいないと俺は俺じゃなくなる」
重たく、深く、そして真摯すぎる告白。
「君は俺が生きる理由だ」
パトリックのささやきに、私は何も返せず、ただすがりつくだけしか出来なかった。




