願い。
子供は健やかに成長していく。
兄たちは妹がかわいくてしょうがないようで、誰が朝一番に撫でるかや、一緒に遊ぶ順番などですぐケンカになる。
スカーレットが三歳になるころ、パトリックは昇進し、さらに忙しくなった。
任務期間が一ヶ月を越えたり、王都にいても神殿での仕事で不在が多く、会えない時間が増すばかり。
そんな時はさすがにさみしくて、私は夫婦の部屋に入れなくなる。
大きなベッドでの独り寝をすると、つらくて泣けてしまうのだ。なのでもっぱら子供たちと一緒にいるようにした。
そんな私の心情を知ってか知らずか……国王より騎竜を貸与された途端、パトリックは仕事の合間に一時帰宅し始めた。
竜の翼ならば国内を一時間ほどで横断できる。
任務中突然帰ってきて、私の顔を見て仕事に戻るという強行軍は三日に一度くらいの頻度になった。
「愛され過ぎてますわ、奥様」
目も眩むようなキスだけして飛び去る夫をソファから立てないまま見送る。
オルガはくすくす笑いながら、スカーレットをあやしてくれていた。
「愛されてる……そうね」
パトリックに性格を嗜められて以来、『設定』を頭から追い出し、なるべく彼本人と向き合うよう努力した。
そうして見えてきたことは真っ直ぐな愛情を注がれているということ。
それを実感した途端、今度は恥ずかしくて照れくさくてキスや手を繋ぐことさえぎこちない。
抱きしめられてしまえば、体のどこにも力が入らなくなる。
夜の求めなんか、嵐に翻弄される木の葉のごとく。
ただひたすら注がれる愛情を受けとめる日々。
私の変化と戸惑いに気付いているパトリックは、それを見て楽しんでる。
いつ堕ちるのかと手ぐすね引いてるような顔も見せる。
それが悔しいような、甘酸っぱいような気持ちだ。
「リヴィ、水を飲むか?」
任務を終えたパトリックが帰宅し、ベッドで甘い時間を過ごした後。
薄明かりの中、彼の裸体に寄り添って余韻に震えていた私にやさしい声が降り注ぐ。
「欲しい」
「口移しをしてあげよう」
「一人で飲めます」
口移しだと、パトリックは意地悪して少量ずつしか水を飲ませてくれない。
しかも私から積極的に口を動かさせようとするのだ。
それがどうにも恥ずかしくて上手にできない私を楽しんでいたのを思い出し、むくれた気分でそっぽを向く。
「そんな顔をしても可愛いだけだよ」
「……」
「はい、ゆっくり飲んで」
機嫌を取るようにグラスを渡された。
喘ぎ過ぎて喉がひりついていたので、私は素直に受け取る。
半分ほどを飲み終え、満足したので口を離せばグラスを取り上げられて、キスされた。
「ん……」
パトリックはお酒を口にしたようで、酒気が私に移る。
私がお酒に弱いことを知っているくせに…と、顔をしかめたら合わせていたくちびるが笑む。
「もぅ…」
「ごめん、グラスに嫉妬した」
「は?」
面食らってパトリックを見れば、ちょっとばつの悪そうな顔。
「情けない話だけどね、君のくちびるがグラスに触れた途端、俺のものなのになぁって思っちゃってさ」
「…酔ってます?」
「素面だよ」
あっさり答えられた。
「あ、妻にどん引きされた」
「やっぱり酔っているんですね?」
「素面だってば」
まだくすくすと笑っている。
「からかわないでください」
「本気なんだけどな」
そう言って私を引き寄せ、パトリックは灯りを消した。
翌朝、私を起こしたのは庭から聞こえる子供たちの笑い声だった。
窓の外を見れば陽は中天にある。
久しぶりに寝坊したらしい。
「リヴィ、おはよう」
寝坊の原因がさわやかに部屋に入ってくる。
「よく寝ていたね、疲れは?」
「……」
あるとも無いとも言えず、私はそっぽを向く。
あとはいつも通りパトリックに甲斐甲斐しく世話をされ、やっとリビングに下りた時には子供たちのランチも終わっていた。
「リヴィも庭に出るかい?」
「ここがいいわ」
ソファに座ったパトリックの腕の中でそう答えれば、破顔された。
「うちの奥さんは世界で一番かわいい。そう思わないか? オルガ」
「思います。旦那さまはお幸せでございますね」
「そうだろう、そうだろう」
オルガまで巻き込んで笑み崩れるパトリックを見たら、気が抜けてその厚い胸にもたれかかる。
「そうだ、父から連絡があったんだ」
「お義父さまから?」
「日程を調整して、王宮へ一家でお伺いするようにと」
「え…」
「両殿下は八歳と四歳。うちは同年代の男子が三人もいるからね。友人として、将来は臣下としてお側に侍る。今のうちに顔合わせをさせるおつもりだろう」
「そう…」
「他の貴族に先駆けて、我が家にお声が掛かった。光栄なことだ」
「そうね」
名目は息子たちの顔合わせだが、当然スカーレットも同席することになる。
いよいよ、婚約の話が近付いて来た。
「甘えても…いいですか?」
「もちろん」
広い背中に両手を回し、私はパトリックをぎゅっと抱きしめる。
「わがままを言います」
「うん」
あれから、弱いと指摘された日から、パトリックは遠慮をすると私をたしなめるようになった。
私も少しずつ感情や思いを言葉にする努力をしている。
だから、今も……。
「私はスカーレットと殿下たちを会わせたくない」
「なぜ?」
「だってこれは縁組みの布石なのでしょう?」
見上げたら、パトリックが目を丸くしていた。
「うん、まぁそういうことになるかな。第二王子殿下と…だけど、リヴィは反対?」
「子供たちには誰かが決めた縁組みではなく、思う方と歩む人生を送ってほしいです」
「俺たちみたいに愛し合って結ばれた方がいいと?」
「愛し合って……」
真顔で言ってるパトリックに内心焦りつつ頷く。頬が熱い。
「すでにお話は進んでいるのでしょう?」
「そうだね。陛下は乗り気だった」
それを聞いて私はくちびるを噛む。
やっぱりスカーレットは『設定』通り婚約し、後に不幸になる……?
それだけはイヤだ。
「ならば私は……王都から去りたい。子供たちを連れて」
私の言葉にパトリックが表情を消した。
「王都を去る?」
「スカーレットにとって殿下との婚約は幸せなのかもしれません。カイルたちも王都にいればいい教育を受けられて出世すると思います」
「そうだね」
頷いた後、パトリックは私の髪を指に取り梳く。
「だけど君は、将来子供たちが王家や貴族社会のしがらみ、早すぎる婚約に振り回され傷つくのが嫌だと」
「えっ?」
貴族社会への忌避まで口に出していない。でも、なんで分かったんだろう…。
「君の考えなら、だいだい察せるようになった」
「どうして…」
「年中君のことを考えているから」
当たり前だと言われ、ぽかんと彼を見上げた。
パトリックはそんな私の反応を見て微笑し、額にキスを一つ。
「それで?」
「……身勝手なことだとは分かっています。こんな口出しをする母親は…子供たちの未来を歪める私はいない方がいいとも思います」
「それは以前に言っていたことだね」
「…はい」
「君の不安の一つがそれなんだな」
「私を…叱らないのですか?」
「叱る必要を感じないよ。今のが君の心底から出た願いだと分かるから」
「私の…願い」
「そう、わがままじゃない。願いだ」
パトリックは手にした私の髪にくちびるを落とす。
「それなら俺は全力で叶える」
パトリックは私の頬を両手ではさみ、視線を合わせた。
「王都を去りたいなら俺と君と、子供たち…家族皆で行こう」
凛々しい顔、ゆるぎない言葉に胸の奥が甘く痛む。
「リヴィ、俺と一緒に世界中を回ろう」




