一歩。
パトリックは有言実行の夫だった。
まず彼は任務形態の改善に着手する。
各地に守人用の拠点となる館を建設。今までは基本的に野営だったり町の宿を転々としていたが、今後は館で寝泊まりし近隣の現場へ出動。
さらに過去はかなりの強行軍だったので、任務期間を長めに。その代わり家族の帯同も許可。まれに機密を扱うこともあるので、婚約者はいいが恋人だと帯同不許可。
家族の帯同費用は原則自己負担だが一定額の補助金が出る。
この仕組みが法になった瞬間、任務に同行していた独身たちはすぐさま結婚届けを提出した。
「今までは不在ばかりで恋人に愛想を尽かされてたんです!」
「結婚に躊躇されていたんですが、一緒に行けるなら…と快諾してもらえました!」
などと部下たちからの評価はいい。
もちろん改善を渋る役人もいたが、パトリックが「家族同伴でなければ仕事しない」と国に訴え出て、その迫力にあっさり認められる。
「今や神殿トップの実力を持つお前のそれは、脅迫と変わりない」とはお義父さまの弁。
そして私たち一家はすぐさま旅立った。
初めての旅に出発前はそわそわし、出発後は不安でドキドキ。
子供たちは、はしゃいでは眠り…をくり返し常に元気だ。
「リヴィ、無理してないか?」
「えぇ、平気よ」
パトリックがこまめに私を気遣ってくれるおかげで、私は本当に安心して旅が出来た。
不思議なことに王都から離れるにつれ、重い服を一枚一枚脱ぐような爽快感がある。
それに私にとってすべてが初めての経験ばかり。それを受けとめるのに必死で、ずっと抱えていた悩みにかまける暇もない。
馬車から見える景色や仲間たちの交流にも慣れてきた五日目、最初の任務地に到着する。
そこでは古い館を改修して守人の拠点とした。
住人は守人と部下、それに家族や現地で雇う使用人でなかなかの大所帯だ。
「ここから半年間にあと二カ所移動する」
メンバー全員との立食パーティ式にした夕食を終え、小さな寝室で私はパトリックの腕の中にいる。
子供たちは隣室でオルガと一緒だ。
「ここにはいつまで?」
「未定だ。結界のほころび次第だな」
「そういうものなんですね、わかりました。リックがお仕事の間、しっかり留守を守ります」
気負って言えば、大きな手に抱き寄せられた。
「リヴィ、外の世界はどうだい?」
何気なさを装ったパトリックの声。
これまで家族の庇護の中だけで生きてきた私を気遣ってくれているのがよく分かる。
私は彼の首に腕を回し、しがみついた。
「まだ現実感がありません」
未知の世界。書物でしか知らなかったもの。
それらが一気に私へ押し寄せ、ただ呆然としているだけ。
「言い知れない不安もあります。だけど……あなたがいるから怖くないです」
耳元でささやけば、パトリックの腕が私をきつく抱きしめた。
「そうか、君はやっぱり変わらないな」
「え…?」
「子供の頃、うちの庭を探検する俺の後にくっついて、同じことを言った」
「そうでしたか? ごめんなさい、よく覚えてないわ…」
私は記憶力が悪いのか、子供の頃の思い出すべてがぼんやりしている。
けれど確かにパトリックはいつも私の側にいてくれた。
「他愛のない会話だからね。俺の方が年上だからたまたま覚えていたんだろう」
パトリックの声がかすれて聞こえる。
私のわがままを叶えるために、奔走してくれた疲れが出たのかもしれない。
「リック、ありがとう……」
「ん?」
「色々と、感謝しています」
「そう? どういたしまして」
眠そうな声。私は手を伸ばし、そっと髪を梳く。
「おやすみなさい」
「…うん…」
パトリックはおやすみを言おうとして、寝息を立てた。
翌日からパトリックたちは、ほころびをチェックしに出掛けた。
残されたのは女子供と我が家の護衛数人。
他の女性たちの護衛は…と首を傾げたのだが、オルガによると、大抵の女性は一人で町歩きをするらしい。
「我が国の治安はすこぶる良いのです。それでも王族や高位貴族は常に護衛を付けますが」
「そうなのね」
「今回、オリヴィアさまに二名、お子様方にそれぞれ一名の護衛を旦那さまが手配致しました」
「……私に二名。子供より手が掛かると思われているのかしら」
「ちがいますよ、旦那さまの珠玉ということです」
オルガが「自覚してくださいね」と続けた。
「自覚?」
「旦那さまは愛妻に傷一つ付けたくないんですよ。」
「そ、そう…」
愛妻なんて言われると、照れくさい。
熱くなる頬を手で隠せば、カイルが私を呼んだ。
「お母さま、僕お外を探検したい!」
「僕も!」
「わたちも!」
四人とも抑えきれない好奇心を満面に浮かべて私にまとわりつく。
「いいわよ、でも護衛を連れてね。遠くに行ってはダメよ」
「はぁい!」
「みんな、お願いね」
「お任せ下さい、奥様」
護衛たちはそれぞれ百戦錬磨の実力があるとパトリックが認めた人たちなので、安心して子供たちを送り出す。
「オリヴィア様はお出掛けなさいませんの?」
「え? 私も出歩いていいの?」
思い掛けないオルガの言葉に目を見開けば、しょうがないなぁという笑みを浮かべられた。
「はい、もちろん。護衛と私をお付け下されば構わないと旦那さまから許可を頂いています」
「そう……」
「町を散策したり、小物を買い求めるのもよろしいかと」
オルガの言葉に心が動いた。それはとても楽しいだろう…。
「でも……いいわ」
「よろしいんですか?」
「パトリックがお休みの日に連れていってもらおうと思うの。一人で行くより、彼と歩きたい」
私の答えにオルガが破顔した。
「ふふ、オリヴィアさまったら。旦那さまがそれを聞いたら喜びますよ」
「恥ずかしいから、言っちゃだめよ? オルガ」
「私が言わなくてもご一緒に出掛ければ、旦那さまにバレますよ。オリヴィアさまのことに関しては世界一鋭いんですから」
「そう…だったわ」
さっきよりもっと熱い頬を必死で隠し、私は窓の外を見る。
「今頃パトリックはどこにいるのかしら」
空の青さにため息をつく。オルガがすぐ隣で「オリヴィアさま、健気」なんて言ってるのも耳に入らず、私はひたすら彼の無事を祈った。




