19.止まない悲鳴
これで今年分は終了です…随分と遅くなりました。
10時49分。
耳をつんざくような悲鳴が場を支配した。それを引き金にあっちこっちで悲鳴があがり、空気が揺れる。
「始まったか…」
結局1人しか殺すことができず、リベラリズムによる無差別殺人は無慈悲にも開始される。俺からすこし離れた場所で女性1人が斬り殺された。それを行ったのは仮面とマントに身を包んだ小柄な女。その女の外見はよく見えてはいないがおそらく俺らより少し年上ぐらいと言ったところ。ショートカットで身長は大体150cmくらいだと思う。そして、何より特筆すべきはその周囲に多量の無骨な剣が浮かんでいることだ。おそらく念動力か剣操作とかそういった能力だろう。剣はあちらこちらを縦横無尽に飛び回り、声が消えていく。
俺は壁を向きそして俺を囲うように鉄の壁を作って姿を隠す。そしてウエストポーチからゴーグルを取り出してつけ、頭上に一度穴を開けて黒曜石でできた本物そっくりのカラスを飛び込んで来させる。そのカラスは一瞬にして原子に戻り、その中から冠からもらったローブが出てくる。それを着て、剣を生み出し、鉄の壁を消す。
俺の視界が開け、血だまりの白い床が映る。死体、死体、死体、死体…俺の目には何時ぞやの光景が思い浮かぶ。人は逃げ惑い、その度に浮かんだ剣が襲いかかって声が消えていく。さっきまでの風景は、ほんの一瞬で地獄絵図へと姿を変えた。
「さて、仕事の時間だ…」
俺はそう呟いて意識を切り替える。これは俺たちの仕事だから人を殺したってしょうがない。
明らかに不審な人物が出てきたので警戒したのだろう…いや、もしかしたら英雄軍かと思われたのかもしれない。女はこちらを見た後、俺に背中を見せないように後ろ向きに退き離れていく。
俺が剣を持っているからそういった関連の能力と勘違いしたのだろうが、生憎ながら俺の能力は近距離より遠距離の方が本領を発揮できるものだ。それに俺には能力を発動する前にやるべきことが1つある。
「生憎だが俺は英雄軍じゃないぞ」
「…なら何よ」
「偽善者だ。まぁお前らの敵には違いないがな」
俺はそう告げた後、その女に左腕を向ける。
女は俺が剣を持っていたことで油断していたようだったが、俺が腕を動かした瞬間予想が外れていたことに気がつきその場から横に飛び退きながらも俺に剣を飛ばしてきた。
俺は飛んできた剣を弾き飛ばす。カンッ…と金属同士があたる音が響き、俺に向かって飛んできた剣は明後日の方向へ飛んでいく。こんな剣など、冠の剣に比べるなんておこがましいぐらいにのろい。見えないわけがないし、反応ができないわけもない。
「…何も、起きない?」
俺が腕を動かすのはフェイントのためだ。別に能力を使うのに腕をわざわざ動かす必要はないが、こうすることによって腕が動いた時に能力が発動すると思い込ませられるし、能力が発動する方向もごまかせる。
それによって一瞬動きが止まったところを狙い、俺は今度こそ本当に能力を発動する。
生み出したのは一酸化炭素(CO)。人の目では見れないその一酸化炭素を操作して女の顔の周辺に集める。
一酸化炭素中毒というものを知っているだろうか?それは一酸化炭素とは酸素よりも血液中のヘモグロビンと結びつきやすい気体であるがゆえに血液中の酸素が身体中を廻らなくなって起こるもの。そしてそれは一酸化炭素が空気中に0.02%もあれば発症するもので、ほんの少しでも体調不良を引き起こし、ひどければ死に至るという。
では、それが吸う空気の全てを閉めるとどういうことが起きるか?答えは単純、酸素が体を循環しなくなって即座に昏睡状態に陥る。
女は何が起きたのかを理解する間も無く意識を失い、俺はそれに合わせてその女の体に向けて手に持つ剣を飛ばして剣が刺さって死んだように見せかける。剣で刺されて死んだように見せた方が何かと都合がいい。そうすれば俺が剣を使う敵だとリベラリズムが認識してくれるかもしれない。手札はできるだけ隠しておくほうが賢明だろう。
「もっと短い時間で殺せた…」
俺は掛かった時間を反省しつつ、その女の胸に突き刺さった剣を引き抜く。もっと早ければ救えた命があっただろう。ヌメッとした嫌な感覚が妙に手に残る。こいつ1人でこの近くにいた数十人分の命を殺した。それはきっとこいつをことが起きる前に殺せなかった俺が殺したということ…
仕方がないことだ。次に生かそう。どうでもいいとまでは言わないが、こいつらは俺には関係のない人なのだから。できれば助けたいかな?と思うくらいのものだし。
「破片、見てるか?」
『うん…見てる、よ』
「そうか。もういいから、少し休んどけ」
『ダ…ダメ、だよ。僕が鴉をそこに送り出したんだよ?僕には、その義務がある…!』
さっきまでの弱い声はどこに行ったのか、強い決意を帯びた声が聞こえた。
俺はその声に返事を返すことなく、通路を走り出す。このショッピングモール内に英雄軍が控えていたなら別だが、きっといたとしても非番で遊びに来ていた人ぐらいのものだろう。それか、たまたま見回りに来ていたかだ。どちらにせよリベラリズムの奴らを対処するには荷が重い。英雄軍は基本的に前もってしっかりと準備して戦うことが前提となっている。見回りはいち早く敵を発見し、近くの部隊への連絡が主な役割だ…俺は強制的に戦わされたが、基本的には戦闘を目的としていない。
「次はどこだ?」
『し、食料品売り場だよ。そこからまっすぐ行けば、わかると思う』
悲鳴が聞こえる方向に向かうだけでも構わなかったが、忍が協力するのならできるだけ時間がかからないほうを選ぶべきだろう。
通路は人が逃げ惑い、俺の動きを阻害する。まぁ逃げる人の波を逆流しているのだから当たり前の頃だが、それでも鬱陶しく感じる。
「ショートカットするか…まだ練習中だけど」
俺は左腕を前に出し、俺の踏み出す脚の下に鉄の板を生み出す。それを踏んで次の脚を出すと同時に同じように新しい鉄の板を生み出す。前に踏んだ板を消してまた踏み出したところに鉄の板を出す。
これを繰り返して空中を進む。当然重力に従って俺は落ちるが、生み出した鉄の板は操作によって宙に浮いているのでその上を歩くことができる。ただ落ちれば俺もそこそこ痛い目にあうのでまだ練習中だったのだ。踏み外して落ちることが度々あった上、操作と想像を短い時間で繰り返すために集中力を要するために疲労がたまりやすい。落ちないように注意を払いながら俺は空中を走る。
毎回これをやるたびに思うのだが、なぜ操作能力によってものが自由自在に動かせるのだろうか?生み出した物体は普通重力に従って落ちるべきである。なのに操作能力の干渉を受けている間は自然の摂理を全て無視して宙に浮いたり、本来取りえないような形になったり、自由自在に動き回ったりすることができる。その物質としての性質は覆せないが、自然の摂理を無視できるのだ。操作能力はその対象だけを操作する能力なのに、それではまるで重力や空気摩擦、世界そのものを捻じ曲げているようにも感じられる。
きっと能力としては一番普通にあたることなのだろうが、俺からすると一番強い違和感を覚える。
『そこ、右に…』
「了解」
しばらく進んだところで俺は右に曲がる。
そこで俺は地獄絵図と再会した。かなり遠くではあるが頭のない人、腕のない人、脇腹から内臓が溢れている人、脚のない人、首のちぎれた人…その中心には1匹のオオカミが鎮座しているのが見える。いや、この言い方は正確ではないな。そのオオカミは二本足で立ち、仮面をつけマントを羽織っていて、むしろオオカミというよりは人狼やワーウルフなどといったほうが正しいだろう。
おそらく肉体そのものを変化させる能力者だ。知られている数の少ない部類で、その実態はよく知られていない能力。まぁ当然のことだろう。自分の体が自分でなくなっているようなものだ。好き好んで使う人は少ないだろう。
その能力で知られていることといえば変化するのは動物で、よくアニメなどで見る獣人くらい…つまり耳と尻尾が生えた程度で収まる者もいれば、完全な獣の姿に変わる者まで存在するということだ。その変化した動物の特徴をその身に宿すことから”憑依系能力”と分類される。
「こいつは…」
オオカミ…イヌ科であるということくらいしか俺には知識がない。多分耳と鼻がきくのだろう。他には…噛み付くとかだろうか?
とにかく、近づきさえしなければどうってことはないだろう。
「何者っ…!」
「…その体で喋れるんだな」
まだ結構な距離があったのにそいつは俺に気がつきこちらに向き直った。きっと匂いか音でわかったのだろう。というか何よりも動物と人とは声帯が違うはずなのに流暢に言葉が話せていることに驚きだ。
その声は野太く武士のような威厳?を感じる。
そして、そのオオカミがこちらに向き直ったことで全体が見えた。身長が180cmいかないぐらいのオオカミがそのまま立ち上がって二足歩行になったような姿。ただし、サイズは全て人間レベルであり、毛深い腕や脚は鍛え抜かれた筋肉がうっすらと見え隠れしている。どうやらほとんどが動物の姿に変化するタイプのようだ。何より一番に目が行くのは、口元が赤黒い液体で濡れているということ。
…それはつまり食ったということなのだろうか?できれば想像通りであって欲しくない。
「貴殿、英雄軍の者であるか?」
「いや、俺らは偽善者。本日初登場のヒーローだよ」
「ヒーロー…であるか。ふむ」
「ところで1つ聞きたいというか聞きたくないというかなんだけど、その口の赤いのは?」
「…トマトジュースである」
「………いや、嘘つけっ!絶対に血だろうが!」
そう言われてみればそうも見えなく…ないわっ!どこからどう見たって血だろうが。
トマトジュースがそんなにドロドロとしててたまるか!明らかに周りの死体は噛み付かれたような跡があるし、どう考えても血以外の答えはありえないからな⁉︎
「仕方のないのである。本能が喰らえと申すのだ」
「ああ、そう…」
つまり食ったっていうことであってるんだな?あー、聞くんじゃなかった。とりあえず気になっていたことは解決したし…殺すか。
俺は剣を握りなおして、オオカミを見据えてしっかりと構える。
「やはり貴殿も敵であるのだな…?」
「当然だ。じゃあ、死んでくれ。俺らの安寧と自己満足のために」
俺は剣を振りかぶりながらオオカミに近づき、それと同時に周辺に剣を生み出して剣をオオカミに向けて放つ。俺本体ではあいつに勝てる未来が想像できなかった。きっと俺よりもずっと鍛え、強い人…いやオオカミだろう。フェイントを交えながら遠距離で攻撃するのが正解だろう。
そんなことを思いつつオオカミに向けて放たれた一直線に飛んでいく十数本の剣たちは、1本たりとも当たることなく地面に突き刺さる。操作で後ろからオオカミを狙うがそれも綺麗に避けられてしまう。完全に死角だったと思うのだがどうして避けられたのだろうか?
できれば剣だけで仕留められれば良かったと思うのだが、別のものを使うとしよう。俺は再び左腕を向けて剣を操作しつつ、一酸化窒素を生み出してオオカミの顔の方へ飛ばす。
だが、それも飛ばした範囲内から飛び退かれ、避けられてしまった。
…一体どういうことだ?一酸化炭素は無色無臭の気体だ。感じ取れるわけがない。
『鴉、そいつ強いよ…鴉が行かなかった未来では英雄軍が5人、食べられてる…』
「マジかよ…」
俺がそんなことを呟いているとオオカミがその瞬間を隙と見たのか、俺の方へと飛び込んできた。飛び込んできたので目の前に剣の刃先をオオカミに向けて壁を作る。これで死んでくれればいいのだけど、まぁ現実はそううまくはできていない。
オオカミが刺さった感覚はなく、俺が作ったまま放置していた剣に物が当たった感覚があった。おそらく後ろへ飛びのいたのだろう。腕を一振りして目の前の壁を消し、そちらの方へ視線をやる。
「ふむ…貴殿、あの娘と同じ類の能力であるか」
「どの娘だよ。お前がそう言っても俺が知ってるとは限らないだろうが」
「そうであるな」
オオカミは立ち止まったまま顎を擦っている。
…敵を前にこんなに隙を見せていいのだろうか?俺がそんなことを考え攻撃すべきか少し悩んでいると、オオカミが俺に言葉を投げかけてきた。
「1つ、いいだろうか?」
「なんだよ」
「このままで埒が開かぬ。貴殿は遠距離、こちらは近距離、これではいつまでたっても決着は付かぬと思うのだ」
「まぁそうかもしれないな。で?」
いや、実際は俺が周りの心配を微塵もしないで戦えば一瞬でケリがつく。だが、今に限りその方法は取れない。ここの周囲にはまだ生きている人がいる。俺は一定量を超えた物は操作がまだできない。できればそれは最終手段として撮っておきたいのだ。
「先に聞くが見逃す気はないな?」
「当然だ」
俺の能力を知られているし、何よりこいつに限り匂いなんかも覚えられている可能性がある。
…あ。このまま話を長引かせて、うまくこいつの周りを一酸化炭素で囲めば殺せないか?怒らせて面倒になる可能性はあるが、時間は無駄に使いたくないしやってみる価値はなくもない。
俺はこっそり能力を使う。
「…その能力、止めてもらおうか」
「わかるのか?」
「それがしの能力は1つではないのだ。能力を使った形跡が見える」
「へぇ…じゃあ確かに埒があかないわ」
それなら俺は非常に不利だ。おとなしく話を聞くとするか。時間を多少稼げれば生きてる人も逃げるだろうし。
あちらこちらではまだ悲鳴が響いていた。




