18.皮肉な英雄
じ、時間が…
「じ、準備はいい?」
「おう」
「よし…こっちも充電終わったよ」
現在、2110年、2月18日、日曜日。早朝9時23分のこと。俺らはネットカフェにいた。
俺は持ち運びに困らないように最近購入したウエストポーチに忍から受け取ったゴーグルをしまう。そして、着ているシャツの胸ポケットに隠し撮り用のペンを刺した。さらにスマホから伸ばしたヘッドセットが外れないのを確認する。
「接続状態は?」
「だ、大丈夫。良好だよ」
忍はつい先日俺が購入したノートパソコンの接続状況を確認してそう答えた。
「よし。じゃあ行ってくる」
俺は部屋を出た。
今の服装は黒いズボンに白いシャツといったどこにでもいるようなものだ。できるだけ目立たない方がいいと思っての忍のチョイス。鏡で確認したが、どこにでもいる地味な男に見える。
ネットカフェから出て止めておいて自転車に乗り、目的地に向かって走り出す。目的地は最近出来上がった大型ショッピングモール。こんな狭い東京の中に作る意味がわからないと思っていたが、出来てみればやはり流行りのものに来たがるのは人間の性のようでかなり混雑している。かく言う俺も昨日視察という名目で初めて行ったぐらいで、内部はよく知らない。そのためとりあえずマップを持ってきて昨日覚えたが、未だに少しあやふやだ。
道を進むにつれて人の量が増えてきた。道路が少し渋滞している。クラクションの音が少し耳障りだ。
『か、彼方くん、聞こえてる?』
「ん?ああ、聞こえてる」
『少し未来が変わった。西側ゲートじゃなくて南側ゲートの方に向かうようにして』
「了解」
俺は行き先を少しずらす。
今日、忍が視たのは合計5名の黒い服と銀の仮面をつけた集団による大量虐殺。最も被害の大きな場所が西側のゲートだったのだが、少し未来が変わったらしい。多分未来を知って俺が動いたことによるバタフライ効果なのだろう。
人の数が増えてきたので俺は自転車を降りて、駐輪場へ自転車を停めに向かう。料金を支払い、1日自転車を預けると俺は人混みに紛れて目的日向かって歩き始めた。
「よし、到着。時間は?」
『問題なし。ま、まだ1時間くらいはあるから』
「了解」
予定時間を確認したところで、俺は俺の準備を始める。
発生場所と思われている場所に一番近いトイレの個室に入り、スマホを取り出す。ウエストポーチからゴーグルを取り出し、それをカメラと同期させた。
このゴーグルは、形はバイクに乗るときにつけるような形で、その額のあたりには小さいがカメラが取り付けられているものだ。目の部分は黒く反射し遮光するもので、その周りをぐるっと銀色に光る縁が囲っているデザインだ。これをつけると顔の半分が隠れる。人の顔というのは半分も見えなければほぼ誰だか特定できないものだ。
「どう?繋がったか?」
『…だ大丈夫。しっかり、見えてるよ』
「じゃあ…始めるか」
これからの俺らの行動は一歩間違えれば犯罪だ。
未来視によって仮面をつける前の人物を少しだけ見ている忍が、俺のペンについたカメラを利用して探し出す。あとは俺が手を下すだけ。絶対に気がつかれてしまうだろうから1人2人程度が限界だと思う。だから敵に感づかれる前にできるだけ多く殺す。
ゴーグルをしまい、俺はトイレの個室から出た。
そして大量の人混みの中を歩き出す。
一応特徴は聞いている。今俺らが探しているのは黒い縮毛を後頭部あたりで縛ったワイルドな感じの男。身長は190cmくらいある長身。こいつが一番特徴的で見つけやすい。というか他が普通すぎて見つけづらかった。少なくとも身長が高いから見つけるのにはそこまで苦労しないはずだ。
右左をキョロキョロとしながら歩く。まるで田舎者が初めて都会に出てきた時のようだ。
『そ、そこから右を見てくれる?』
「了解」
あっちこっちを見回していると忍から指示が来た。
俺はそれに従って体全体を右側に向ける。そのまま少し待つが、目的の人物は見当たらない。
「…?どうしてこっちを向かせたんだ?」
『そのまましばらく待機しててね。す、少ししたら来るから…』
「ああ、視えたのか」
『う、うん。しばらくしたらそこを通過する。それで、そこの椅子に座って、そのあと数十分後に事件が起こる』
「へぇ…って、忍。事件が起こってる時じゃないのに視えるのか?」
『そこでそいつに目をつけられて死ぬ未来が視えたから…』
「それまたなんで?」
『た、たまたま足を踏んじゃって、それで怒らせたみたいなんだ』
「…それはその場でか?」
『ち、違うよ。人目のつかないところまで連れて行かれたみたいだね…』
忍は不幸体質なのだろうか?そこにいるだけで死ぬ未来が視えるのは辛い気がする。
だが、おかげで敵の来る位置がわかった。このままそこを見張っていればいい。忍の未来視が当たれば…というか確実に当たるので、俺らは目標を1人…殺せる。
俺は通路から逸れて壁にもたれかかり、その通路のほとんど中心あたりに設置されている椅子を観察し続ける。目の前を大量の人が通り過ぎて行く何事もないような日常の光景がやけに眩しい。これから数十分のうちにこれらが壊れるのを想像するとなんともいたたまれない気持ちになる。知っていながら何も言えなくてごめん、そう心の中でつぶやき、俺は椅子を観察し続ける。きっと忍は学校の事件の時はこんな気持ちだったのだろう。今なら少し理解できる。だが、俺の目的のためにも多少の被害は諦めざるおえない。
「いつになったら…」
目の前を何百人の人が通り過ぎたのだろうか?気が遠くなるくらい多くの人が目の前を通過した。一向に目標は現れない。すでに5分以上が経過している。もうそろそろ来てもいい頃ではないのだろうか?…いや、焦るのは良くない。それで失敗してはいけないのだ。慎重に行こう。じっくりと待つのだ。
「変わってないか?」
『う、うん。多分そろそろだと、思う…』
そう言われ暫く観察を続けたところでその人混みの中にやけに目立つ背の高い男が見えた。高い身長、がたいのいい体つき、縮れ毛を後頭部あたりで結んだ髪型、顔のパーツ…それらは俺が忍から聞いた特徴に酷似していた。
俺は髪型、顔つき、服装、その他いろいろなものがよくわかるようにその男の近くまで歩いて行き、ペンに付いたカメラのレンズ部分を向ける。そのまま暫くキョロキョロと周囲を見回し、人を探すようなそぶりをしてその行動をごまかす。すると忍からの返事が返ってきた。
『あ、合ってるよ…』
「わかった。見たくなかったら画面から少し目をそらしてろよ」
俺は小声で忍にそう返す。これから行うのは殺人だ。忍がその咎を背負う必要はない。それを見るのは俺だけでいい。
俺はその男から一度離れ、その男が椅子に座ったところを見計らってその男の方へ再び歩き出す。そして、椅子の目の前を通過しようとしたところで、その男の足を思いっきり踏みつける。かなりの勢いで踏んだのでそこそこ痛かったはずだ。
「痛っつ!」
案の定痛みを表す声を上げた。だが俺は何事もないような顔をして通過する。
これは忍が死んだかもしれなかった原因をそのまま真似た行為だ。忍が踏んで殺された。つまり俺が踏んでも同じように殺されるはずだ。もしこれに引っ掛からなかったとしても同じ行動を何度も繰り返せばそのうち釣れるだろう。まぁおそらく忍が一度で殺されたのだから1回目で来るとは思うが。
そんなことを考えながら男の前を通り過ぎて暫く歩いたところで、後ろから小声で「どうせ死ぬんだから、今殺したって問題ないよなぁ?」という声が少しだけ聞こえ、次の瞬間俺の肩が思い切り掴まれた。
「おい、お前。人の足踏んどいて無視とはいい度胸だな?」
「え?あ、はぁ…」
「チッ…こっちに来い」
男の表情は怒りに満ちていた。どうやら作戦はうまくいったらしい。
その男は仲間に連絡をするようなそぶりもなく、俺の襟を掴んで連れて行こうとする。このままいけば忍の言った通り人目の付かない場所まで案内してくれるだろう。そこで殺せば俺も邪魔が入らなくて都合がいい。
そんな俺らを人混みは関わるまいと避けていく。結局俺はそのまま商品を運び入れる為のトラックの影まで連れてこられた。確かに人はいないようだ。周囲に酸素を生み出して探知してみるが、人のようなものには当たった感じがしなかった。
そしてさらに周囲を見て、監視カメラがないことを確認する。
「見たくないなら目をそらしておけよ…」
「あ゛?お前何ボソボソ言ってんだ?」
「なぁ、お前ってリベラリズム?」
「…っ⁉︎」
俺の言葉に男は明らかに動揺したそぶりが見えた。正解か。
まぁ、肯定はしていないからしっかりと言質は取っておきたいな。俺を掴んでいた腕を振り払い、再び男に向けて言葉を放つ。
「もう1回聞くが、お前リベラリズムの奴か?」
「…もし、そうだとしたらお前はどうするつもりだ?」
そいつに向けて左腕を向ける。一瞬で鉄の檻が形成される。
「こうする。敵は排除しなくちゃいけないからな」
「お前…何者だ?」
「俺らは偽善者だ」
そう答えると、男は訳のわからないとでも言いたいような顔をした。それはそうだろう。だって今日が初の活動なのだから。俺らは人のために戦っているのではなく、自分たちの利己的な意思で戦っているからそう名乗ることにした。偽善者…上辺ばかりの救いを行う人。俺らにはぴったりな皮肉だろう?
そんなことを考えていると男が檻を掴んで思い切り引っ張る。すると檻がグニャリと歪んだ。なるほど筋力強化系の能力者か。こんなのが暴れたら確かに危険だったな。
俺はさらにもう一度腕を向けて檻の隙間を鉄で埋める。鉄の檻は鉄の箱に姿を変えた。そして俺はその箱に近づき再び問う。
「これが最後だ。お前、リベラリズムか?」
「ああ、そうだよ!で、どうすんだ?英雄軍の連中を呼ぶのか?こんなもんこの俺にかかれば…!」
「いや、殺す。俺がこの場で殺す」
敵に見えていないので、すでに腕を動かす必要がないからそのまま鉄の箱の内部を作り変える。内部は見えないが、俺の感覚通りなら内部から剣が迫り出して”鉄の処女”状態になっている。男が黙ったのはそれが理由だろう。生み出した剣の1本が何かに刺さった感覚があった。
さらにもう1本、さらにもう1本とその感覚は増えていき、合計20本近くの剣が何かに刺さった感覚を感じた。そして、その刺さった対象が完全に動きを止めたのがわかった…それはつまり、死んだということ。もう慣れた感覚だ。すでに百数人を俺は殺している。もう今更としか言いようがない。
「終わったか…」
俺はその箱の大きさを縮め、最終的に大体30cm四方くらいの直方体へと変えた。それをトラックの下に押し込む。
これでこの死体が見つかるまで暫く時間が稼げるだろう。まぁ男がすでに連絡をしていたら意味はないが。
そんなことを考えつつ、俺は忍へ声をかける。
「見たか?」
『うん…』
「そうか。大丈夫?」
『う、うん。大丈夫…大丈夫、だよ。鴉に比べれば辛くない』
いかにも辛そうな声が聞こえた。見えないように気を使いはしたが、やはり何かしら思うところがあるのだろう。少なくなくとも確実に死んだとしか思えないような光景であったのは確かなわけだし。あんなに圧縮されて生きていると言われたら俺だって驚く。
ああ”鴉”というのはコードネームで、もし通信が盗聴された時のために考えた。もちろん鴉っていうのは俺の前世のあだ名を流用したもの。
「で、未来は変わったか?」
『も…もうすぐ、動き出すみたいだよ』
「了解。やっぱり今ので?」
『う、うん。少ししたら一斉に動き出してる』
「そっか。で、どこで待機すればいい?」
『東…ゲート』
「わかった。何かあったら教えてくれ」
普段よりもなおのこと弱々しくなった返事を聞き、俺はショッピングモールの中に戻る。
一般人がそういった場面に遭遇すればショックを受けるのが当然だ。いくらそういう法だとはいえど、人が死ぬのに何も感じないような人はいないだろう。俺だって開き直り、割り切ってはいるが、殺すという行為に戸惑いが存在しないわけではない。多少の罪の意識は存在する。
俺は胸に刺したペンの位置を整え、服装の乱れを直し、いかにも何もなかったような様子で俺はショッピングモールへと戻った。




