ウェスリーの茶会 中編
更新一話目
「これはどうだ」
「甘いです。あと酸っぱいです」
「そうか」
「…………」
「美味しいか」
「はい」
示された赤色のケーキを口に放り込み、ティアは端的な感想を述べる。口の中には甘酸っぱい味が広がるが、最終的にはやわらかいスポンジで緩和され、ほんわかと余韻を残して消えていく。悪くないおいしさであるようにティアには思う。
ウェスリーの鋭い目は、咀嚼するティアの表情を見分していたが、そのうちテーブルにいつの間にかずらりと並べられている皿の上へと向かう。極度の集中のせいか奇跡的に空気が読めているティアが目で追うと、彼が今度食べて欲しそうなものがなんとなく浮かび上がってくる。鮮やかな色とりどりの焼き菓子達の中にあって、明らかにこう、固そうで茶色成分が高いものだった。簡潔に言うと、見た目からして既に食欲がそそられない。
いや、普通に置いてあれば特に感慨なく食べるかもしれないが、このいかにもまろやかクリーミーふわとろバーゲンセールという甘味達の中にあって、あえてチャレンジしようとは思えないというか。だって絶対アレ、味しない奴。
雑食で下手物も食べられるが一応味覚は一人前のティアの五感が告げている。しかし団長はとても食べて欲しそうにこちらを見ている。そっとひとかけらとって、がばりと開けた口の中に放り込んだ。
「どうだ」
「ぱさぱさします」
「味は」
「あまりないというか……」
「つまり、総合的に言うとまずいのか」
「…………」
「まずいんだな」
「はい」
黙秘権を貫こうとしたが、念押しされるとあっさり白状する新人である。たとえ上官の鋭い眼光に射すくめられていようとも自分の主張を曲げない性格は、素直だと褒めるべきところなのか、不器用だと悲しむべきところなのか。
「味がないなら、そこのホイップクリームかジャムでもつけてみたらどうだ。蜜もあるぞ。甘いのが駄目ならこっちにディップもあるぞ」
深刻そうに両手を顔の前で組んだポーズを取ったまま、赤薔薇団長は優雅な提案をしてくる。ティアは大人しくしたがった。一瞬、少し力みすぎて手に握ったスプーンをぐにっとひん曲げたのではとひんやりしたが、なんとか何も起こさずに目的を果たすことができる。
もう一度口の中にほおばって噛む。先ほどと表情が変わった。単体では口の中がぱさつくだけのものが、ホイップクリームと合わさるとなかなかどうして癖になる味に変化している。
「うまいか」
無言でうなずくと、ティアはもうひとかけらの固パンに次はディップを盛り、もぐもぐと食べている。
「紅茶のおかわりもあるぞ」
水分の減った口内を潤そうと紅茶に手を伸ばし、置いたカップが空になっている。ウェスリーがそれを見て、立ち上がる。もはや当初の目的を忘れて、単にお茶会で菓子を振る舞われつつ頬を緩めるだけの午後になりそうだ――。
はて。目的とは。
ふと我に返って、自分は何をしているんだろうと思いつく。一度気がついてしまったなら、適当に流されていたままでいるわけにもいくまい。
ティアはじっと赤薔薇団長の顔を見てしまう。ここに至るまでに既にカップ一つフォーク一つ皿二つの尊い犠牲がさりげなく出ていたりもするわけだが、そもそもなんでこんなことになっているんだったっけ。
意図が通じたのだろうか。ウェスリーは静かにティアの食べる様を見守ったり、時折サービスをする側に終始徹していたが、(なぜ俺はこんな目に遭っているのでしょうか)という熱烈な視線に答えるように口を開く。
「謹慎中だと、時間が有り余ってな。つい、趣味に熱が入ってしまった」
そういえば団長って皆謹慎中だった。図書館で鉢合わせたのはひょっとして時間つぶしの本でも借りに来ていたのだろうか。
ところで、趣味、とは。
ティアがなおも疑問符を浮かべている間に、洗練された動きで紅茶のおかわりが注がれている。ウェスリーは憮然とした顔のまま言った。
「作ったのはいいが、一人で食べてもどうにも味気ないだろう。年寄りより若者の方が食べられるしな」
……まさかこのテーブルに並んでいる物は自分が作った物で、よもやこの厳格で荘厳な顔にしてお菓子作りがご趣味であらせられるとでも、このご老体はおっしゃりたいのだろうか。ティアは自分の耳と判断力を疑う事にしてカップに手を伸ばし、口をつけるが、その瞬間ふとウェスリーと目が合ってしまう。
なんと言うことだ。純粋な瞳をしている。どうやらまさしく真実をのたまっていらっしゃるに違いない。世界の不思議をまた一つ知ってしまった気分である。
ともかく、謎の茶会急襲の原因を一つ理解したティアが、あれ、それじゃあこのまま食べ終わったら帰してもらえるんだろうか、と首をかしげていると、赤薔薇団長は自分の分ももう一杯茶を入れ(どうやらレモンティーのようだ)、ティアの向かい側の席に腰を下ろす。
「それで。お前は魔王の何が知りたいと言うのだ」
完全に虚を突かれて停止したティアだが、身体はぴしりと硬直しつつも頭の方は幸いゆっくりとだが動いている。記憶を検索し、そもそも自分が調べ物をしていたことを思い出した。
となると、赤薔薇騎士団団長は謹慎中の暇つぶしがてら、茶菓子を振る舞いつつティアの知りたい情報を教えてくれるとでも言うのだろうか。
ようやく相手が見えてきたような、まだまだすっきりしない点だらけのような。化かされたような顔になっているティアを、ウェスリーは相変わらず優雅に茶をすすりながら待っている。どうも催促をしない男である。とは言え黙っていても生産性がない。ティアは一度手にしている食べ物をすべて胃袋の中に収めてから、行儀良くナプキンで手と口を拭いて座り直し、話し始める。
「……その。この間から、引っかかっていることがあって」
「邪眼の事か」
ウェスリーがカップを受け皿に戻すと、かちゃりと陶器の当たる音がする。老人は心得顔で続けた。
「お前が興味を抱くということは、殿下がらみで何かあったのだな」
図星である。
口の中で転がしていた氷をうっかり飲み込んでしまったような顔になっているティアに、一つ息を吐いてウェスリーは語り始めた。
「まず、一つ。初代が悪夢を城に引き入れていたのは事実だ。あの人外はおおむねヒト種に対して平等に興味がないし、価値も感じていない。だが陛下のことだけは特別に思っていたようだった。仲が良かったように思う」
単刀直入にもほどがある。いきなり本題が始まり、ティアは若干面食らいつつも思わず尋ねた。
「初代魔王に会った事が?」
「……静かな凶人だった」
老騎士は置いたカップに向かって目を下ろす。ティアもつられるように自分のものを覗き込むと、静かな表面に小さな波紋が一つ、ぽつりと浮かんで広がっていく様子が見られる。
「初代魔王と二代魔王の不仲は知っているか」
「有名ですから」
「理由は知っているか」
「いえ」
ウェスリーから話のついでなのだろうか、焼き菓子のおかわりがそっと出されたが、もはや突っ込みを入れるまでもなく一つ拝借して口の中に放り込み、「とても甘いです。さくさくします」と感想を述べているティアである。食器のいくつかを犠牲にしていることを忘れてしまえば、彼は立派に空間に順応していた。
ウェスリーはここでも、「そうか」と相づちを打つのみ。
ちなみにさっき食器のいくつかを駄目にしたときの反応も、「そうか」であった。一言だけ言って、さっさと片付けていた。特に怒られる事もなく、当たり前のように次の食器が配給されたのでティアは行動の機会を逸した。もうこっちがいちいち騒ぐ事の方が間違えているんじゃないかと錯覚しそうなほどの無反応っぷりである。
ティアがごっくんとしっかり飲み込む部分まで見守ってから、ウェスリーは再開する。
「当代の母親の事を聞いたことは?」
ティアは首を横に振る。リリアナの父親や母親、それから祖父のことは定期的に耳にしているが、祖母の事となると心当たりが一気になくなってしまう。ウェスリーはティアの反応に、さもありなん、といった風にうなずいている。
「そうか。産後の肥立ちが悪かったらしくてな。当代を生んでまもなく亡くなっている。当代魔王は、それほど父君、つまり先代に似ていらっしゃらなかった。私も直接見たことはないが、だからどうやらあの方は母似らしい」
ティアは首をかしげた。
リリアナの父親の外見を思い出す。老いによって全体的に身体の色が褪せたり白ずんできていたりする当代だが、おそらくもとの髪の色は黒、瞳の色は今でも鮮やかな紫色だったはず。全体的に、リリアナと似ている部分が少ない。となると、リリアナと似ていたと言う祖父、つまり先代とは似ていないということにもうなずける。とすると、リリアナとリリアナの祖父は金髪金目だが、リリアナの父とリリアナの祖母は黒髪紫の目だった、という感じに解釈しておけばいいのだろうか。
……人数が増えて話がややこしくなってきた。唸っているティアを前に、ウェスリーはカップを口元に持ち上げ、ほ、と息を吐いてから口を開く。
「むごいことだ。あの方にとっては、息子は死んだ母親の、愛した女の身代わりにしか過ぎなかった。ゆがんだ執着を全部息子に向けて――その結果、当代は先代のことを深く激しく憎悪することになった。当代は自分の前で、先代の話題が出ることすら許さない。エバ様がいらした頃は、あの方の存在が慰めとなっていたようだが……」
ふむふむ、とティアは聞きながら情報を整理する。
当代と先代の不仲はティアすら知っているほど有名だが、その原因はどうやらあまり名の出てこない当代の母親に絡んでいるらしい。先代は結婚は最初の妻としかしなかったらしいが、その最初の妻は別の男と不義の子をもうけた罪で処刑している。当代の母親とは正式な婚姻関係ではなかったということになる。
なんかこうよくわからないけど、いろいろあって大変そう。ティアはふわっとした感想を抱いている。




