表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/170

初めての友人

 奮闘の末、なんとかコルセットは回避した。


 が、リリアナの花が咲いたような笑顔に夢中になった直後、抱きしめようかと手を出した両手に飛び込んできたのは、彼女の柔らかな身体ではなく、山のように積まれた宿題だった。

 待ちに待った二人きりの時間だったのに、次回までにここからここまで、実に事務的なやり取りで最後は半ば追い出されるように退出することになった。


 とはいえ、寝てばかりで全く分かっていなかった部分は基礎だけとはいえ叩き込まれたし、答え合わせをしてくれるということは少なくとももう一回は会えることが確定するのだ。だからそう悪いことばかりではない、ティアは自分に言い聞かせる。


 そうともリリアナはやっぱりまだ未成年、だから全然そんな雰囲気にならなかったとても落ち込むことはない。時間はこの先いくらでもたっぷりある。


 フラフラになりながら扉から出ていくと、座り込んで待っていたらしいニコは覗き込んでいた本を慌ててしまい、手を振って出迎える。


「こっちっすこっち、どうでした殿下?」


 ティアが無言で軽く手に持っている分厚い紙束の数々を見せると、下働きはキラキラした目を一点、うへえとまんまるく見開いた。

 そこには同情と、そして同じ境遇を味わったものだけがわかる共感が満ち満ちていた。


「あー……えっと、スパルタモードの殿下だったんすね。

いや、深夜の呼び出しだったんでてっきりなんかのお楽しみでもと思ってたんすけど、そっすねあの殿下っすもんね。そーゆーこと期待するのはちょっと違ったっすね。

笑えば可愛いのに、本気でしかめっ面すると怖いっすからね殿下。しかもスイッチ入った時の鬼っぷりが半端じゃないんすよね。あとは目標設定がこれまたエグいっていうか、スゲー頑張ってようやくできるとこにしてくるっす。

でもちゃんと終わるとその後は優しいし、途中で挫折ざせつするとこっち以上になぜか向こうが地味にへこむんすよねーあの人。しょうがないから、がむしゃらにがんばるっきゃないっす、ね」


 心からの同意でもってうんうんとうなずくと、ニコは行きと同じように、先に立って歩きはじめながら喋り続ける。


「えーと。あっ、そのっすね。たぶんこれからも、殿下たまにあなたのこと呼び出して、こうやっていろいろ確認すると思うんすよ。

なので、殿下が用事があった場合、おれっち度々こうやって呼び出しに来ると思うっす。これからもよろしくっすね。

あと、殿下に何かお伝えしたいことがあるときもおれっちが伝言するっす。大丈夫っすよ、内容曲げて伝えたなんて殿下や会長にばれたらどんだけ大変なことになるか体験済みっすから、一字一句間違えずお伝えするっす!」


 なるほど、理解したとうなずくと、相手は言い終えた後もちらちらとこっちに目を向けている。


 ティアが首をかしげ見つめ返すと、短命種の青年はなぜか赤くなってわたわたした。


「あのっ、そのっ、よ、よければっすね。こう、別に用事ない時も時々会いに行きたいなー、なんてー。おれっちシーグフリードさんのパシ――じゃなくて仲介人に抜擢ばってきされたっすから、それ以外の仕事なくなって、ほんで暇――じゃなくて、割と時間あるんすよ。


……あっ大丈夫っす、まったくやましい思いはないっす、おれっち至ってノーマルっすからガチムチにきゅんとはしないっす。好みはぼいんのお姉さんっす、ていうかそもそも今はマイハニー一筋っすよ! 

――えと、それはどうでもよくて」


 いつの間にか立ち止まってお互い向き合っていた。

 いつも通りのぼんやりした顔で突っ立っているティアに、ニコはもじもじ指を合わせつつ、恐る恐ると言った体で言う。


「その。りゅっ、竜ってやっぱ、怖いってのもあるっすけど、かっこいいじゃないっすか。たっ、短命種にとっては脅威の象徴でもあるっすけど、でもやっぱ――かっこいいっす! 

だからその、殿下の事を機に、お近づきになりたいなー、仲良くなりたいなー、なんて……シーグフリードさん、もしも迷惑じゃなかったりするなら、おれっちと友達になってほしいっす!」


 その憧れの的であるらしいところの竜は、ひどく間抜けな顔できょとんと目をしばたかせる。


 おっかなびっくり答えを待っていて、早くもあっそうっすね短命種がこんなこと言うなんておこがましいっすね、っていうかあれおかしいおれっちファンですって言うつもりが友達なんてうわわわすんませんっす、と勝手にしゃべっているニコに首をかしげた。


「……トモダチ?」


「…………えっ。ええええええーっ!?」


 ニコは一瞬だけ間を置いてから、相手のとぼけた一言に愕然がくぜんとなっている。


「まっ、まさか、友達いないっすか? 今まで一度もいなかったっすか!? 

あの、念のために言っておくと、友達ってのはその、一緒に楽しい時を過ごしたり、おしゃべりしたり、たまには悪ふざけしたりとかする相手っすよ。

すごく仲良しの他人っす。

仲間よりももっと近くって、だけど家族じゃなくってってかんじの。

どっすか?」


 言われて宙に視線をさまよわせ、やはり該当項目の経験はないなと判断してうなずく。


 最初の方で言うならきっと全部当てはまるのはエッカなのだろうが、あれは家族だから後半の定義にしたがうと除外されるらしい。

 そして一緒に楽しい時を過ごして云々(うんぬん)が一番一致するのはもちろんリリアナだが、彼女はすべての項目より五段ほど高い越えられない壁の先にある、運命の相手、それ以外のカテゴリーにはなりえない。別枠扱いである。

 その後一瞬浮かんだ黄薔薇騎士団、あれはなんというか、今のところその他には入れられないがどう判断したものか保留のところに置いてある。

 ちなみに師父やテュフォンはみんな同じ分類、自分より偉いから基本的に言うことを聞く相手、だ。


 ティアの答にニコはぐるぐる目を回しながら、やはりなぜ噛まないと感心する速さで舌を回す。


「嘘っしょあれっ、ひょっとして竜って孤高の生き物なんすか、集団生活しないんすか。あ、でもそれならそれでイメージ通りっていうか納得っていうか」


「――はあ、そんなことはないっすか。普通にみんなで暮らしてるっすか。知り合いなんかめっちゃいっぱい話し相手はいるんすか。で、シーグフリードさんにはその知り合いとお父上と、あと若干名くらいしかいないと。なんで!?」


「……ええっ、おそろしく会話が下手だったから昔は誰にも相手にしてもらえなかった? いや、その、普通に今喋れてるっすよね? あ、これはくだんの知り合いと殿下の賜物たまものなんすか。それで一応ヒト並までにはできるようになったんすか。えっ、えっ、じゃあなんでつくらなかったんすか友達。さびしくなかったっすか?」


「――あー。そのお知り合いの方がうるさくて何人分もしゃべってたから、あまり問題はなかったと。それに殿下以外正直興味わかなかったと。むしろ成人した後言い寄られて面倒だったから、誰もいないくらいがちょうどよかったと」


「……いやいやいやいや、それ一途いちずってレベルじゃないっすちょっと大丈夫っすか? えっ、知り合いには変態と称されててイラッとしてるっすか!? いやでも正直全力で同意せざるをえな――ああっ、すみませんすみません、腹パンは勘弁っす、死ぬ!」


 咄嗟とっさにそっと地面に課題のたばを置いたのち、エッカの扱いで振りかぶったティアは、我に返って慌てて手を下ろした。


 というのも、扉から出てくる直前、


「いいかティア、ここまでお前を案内した奴、あれは短命種だ。

つまり、ものすごく寿命が短い。おまけにとんでもなく打たれ弱い。

お前の想像以上に脆いんだからな。だから、絶対に手を上げるなよ。

うっかり屋だしおっちょこちょいだし、若干アホではあるけど、それでも私が自分で見つけて連れてきたうちの一人なんだ。

……できるだけ、幸せにしてやりたいと思う。それに長生きだってしてほしい。知り合いの死ってのは、どうしてもこたえる――」


「というわけで、万が一にも怪我なんてさせたら、しばらく口きかないからな。わかったな。

あと、まあ騒々(そうぞう)しいところはあるかもしれないけど、人懐っこくて気配りだってできないわけじゃない。きっとお前の手助けもできる。できれば仲良くしてやってくれ」


「……あっ、それと私がこんなこと言ってたなんて絶対言うなよ! あいつすぐ調子に乗るからな! いいか、絶対だぞ!」


 と神妙に愛しの我が女神から言い聞かされ、必死にこくこくと頷いたことを思い出したからだ。


 少し遅かった気もするが、間に合ったのだからよしとしよう。

 どうにも某妹に似ているから黙らせるべくやってしまいそうになるが、わかった、こいつはすごく弱いエッカなんだ。殴られたら大けがするから発言後に小さく丸まってこっちを不安げに見上げるエッカ。


 ……なぜだろう、急速に今まで徐々に上がっていた親密感が増大し、さらに別の庇護心なんてものまで湧きはじめている。


 ぷるぷるしている短命種の頭にそっと手を置いて撫でると、ほえっと撫でられている方は声を上げた。


「あ、あの……?」


「友達、なってもいい。どういうものか、まだよくわからんが」


 まあ仲良くしろと彼女に言われたのだから、そのトモダチとやらになるのが正解なんだろう。


 ティアはそんな風に思考を完成させた。

 ニコは思わぬ返答に、少しの間だけ呆然としてから、はっと我に返って飛び切りの笑顔になった。


「はっ、はいっす、よろしくお願いするっす! おれっち、友達のなんたるかを伝授して差し上げるっすよ!」





 新しい場所、新しい仲間、新しい友、そしてライバル(いつか潰す相手)の存在。

 見習い騎士の出だしは、思っていたよりもとても張り合いがあって快調だった。

 冷ややかな目で見つめる者も多かったが、テュフォンとエッカの下を離れたこの城内で、早い段階からティアは彼らに匹敵する心強い味方を得ることができていた。


 何より、前よりもずっと近くにリリアナがいて、支えてくれる。それだけで、なんだって超えていける。


 しかし、この時はまだ、わかっていなかった。


 どれほど無関心であろうと、リリアナとかかわっていく以上は避けられない、人間関係の複雑さと面倒さを。


 ――王城ここがどういった場所か、わかって言っているのか。


 男が彼に言い放った、その言葉の真の意味を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ