子羊との遭遇
近衛の特権の一つとして、見習いにも一室が与えられる。これが一般の軍人だったら、見習いたちは一緒の部屋で雑魚寝だそうだ。別に雑魚寝自体にそこまで抵抗はないが、慣れない文化圏での集団生活は何かとストレスである。
トイレやシャワー、洗濯を行うコーナーなどは共有スペースにあるが、やはり寝床が自分専用というのは格別なものだ。簡素なベッドと机、あとは収納棚と洗面台があるくらいで、ほかは必要だったら好きに持ち込めということらしい。
まあ、彼の場合極端に持ち込めるものなんてないから、本当に寝起きと妄想にふける、後は思い出したように筋トレくらいしかやることがない。育ちがよければ部屋が狭いとか布団が固いとか文句を言うだろうが、その点は野生育ちにとって全く問題ない。
むしろ、王城の中にあってそこは彼に居心地のいい場所だった。
これで竜の姿になって過ごしていいのなら全く不満はなくなるが、訓練で苦労した甲斐あって、今では四六時中ヒト型でもそこそこ苦は感じない。
本来ならば、同じ棟の見習い同士は仲を深め、かなりの時間行動を共にして無事に騎士になってからも続く友情を得ると言うが、彼の場合事情が特殊だった。
正式には、たとえ見習いといえども一斉試験を受けて合格し、厳正な審査を経て資格を得るものである。
それ以降も鍛錬やら講義を経て経験を積み、数年後騎士として多少は使えると判断されてからようやく師父を得る。しかも、見習いとして入ってきた当初から近衛騎士団の団長クラスが師父になってくれるということは早々ない。御前試合優勝と魔王の推薦は伊達ではないということだろうか。
その上由緒正しいところの魔人ならいざ知らず、竜なのである。
魔人にとってはおもねりたい相手ではないし、獣人としても相互不干渉の種族がなぜここに、積極的にはかかわらないでおこう、そんなかんじである。
だから他の見習いたちは顔を合わせようと積極的に彼を無視しているし、本人もあまり積極的に他者と関わろうとする性格ではないから、近い場で寝起きしているにもかかわらず、自然と互いに接触を避けていた。
代わりと言ってはなんだが、黄薔薇の先輩たちは最初に宣言してきた通りに、正しく先輩面してからんできた。
食事も寄宿舎の食堂で一人でもそもそ食べようものなら必ず一人は先輩が隣に座ってくるし、どうも非番のメンツでローテーションを組んでなるべく彼を一人にしない方針らしい。
彼らの食堂に引っ張って行かれたことももう片手で数えきれないほど、最初の時のように鍋を囲んだことも数度。
相変わらず調理担当の仲間入りはできていないから、重たい荷物(ティアにとっては軽い)を運び、出来上がった料理を食べるだけの簡単なお仕事である。
正直一人にしてくださいと思わないこともないが、夜はちゃんと部屋まで送ったらその後は帰って行ってくれるので、その辺は一応考慮しているのかもしれない。
寄宿舎の貧相なシャワールームより自分たちの所に来い、風呂付だぞ! とぐいぐい引っ張って行かれ、強制的に裸の付き合いをさせられることにももう慣れた。
ついでにほほうほうといろいろチェックされ、ぽんと肩を叩かれていい笑顔で、お前、さぞやもてるな? と言われた。
視線が下の方、というか大事な部分の方を向いていた気がするがきっと気のせいだ。
不適切な発言をしたらしい先輩は直後すぐに別の先輩にひっぱたかれていたが、彼が首をかしげていると、そのままのお前でいろ、大丈夫いつかは汚れるときがくると妙に生温かい目で頭を撫でられた。
殴ろうかと思ったけど、近くで頭を洗っている師父が瞬間振り返って笑顔を向けてきたのでやめた。
先輩を傷つけるのはやめなさい。
師父の顔にはそう書いてあった。
しかし先輩達は知らない。
この朴念仁風後輩がどれほど、特定の人物に対してはティアいわくいずれ時が来るまでのシミュレーション、つまり第三者から見るとドン引きの妄想にいそしんでいるのか。
本人は至って真面目に必死に、そこで失敗してフラれたらダメージがでかすぎるから己を研鑽しているだけなのだが、粘着質と言うか細かすぎると言うかなぜそんなところまで想定しているというか、あらゆるバリエーション、事態にティアは妄想の中で対処している。
そのすべての疑問に嬉々として幅広く情報提供しやがった妹が、間違いなくここまで彼を悪化させた原因の一つではあるのだろうが。
――そんなこんなで、城に来てから大体一か月過ぎた夜、珍しく明日は講義も鍛錬も休みになるとかで、一日遊ぼうぜ! と黄薔薇の先輩に別れを告げられ、彼は帰ってきた。
俺の休日はどこに、と遠い目になりつつも、気を取り直して布団の中で幸せな光景を思い描いて丸くなる。
そのまま翌朝張り切っている先輩にたたき起こされるんだろうな、なんて思いながら目を閉じた。
微睡の中にあった意識は扉がノックされる音で不意にはっきりと浮上する。
最初は控えめに、それで彼が目だけ開けて窺っていると、次からはもう少し強めに。
こんな時間に誰だろう、と思いながらしつこいのでしぶしぶ開けると、二パッと歯を見せて来訪者は笑う。
「こんばんわっす! おれっち、ニコって言うっす!」
きょとんとしてから、魔術で光っているらしい灯りを片手に立っている下働きの男を上から下まで眺める。
――また嗅いだことのないにおいの奴だ。が、危険な感じはしない。
訝しげに眉をひそめると、相手はきょろきょろあたりを見回してから手招きする。
「あの、そのままだとちょっとあれなんで、身なりを整えてほしいっす。殿下――リリアナ様が待ってるっすよ。案内するっす!」
リリアナ様、から案内するっす! の間に服を着込み、素早く靴をひっかけつつ持ち物袋をベルトにくっつける。
「えっ……?」
ちょっと唖然としている来訪者に、それこそ瞬きの間にきちんと見習い服を着込んだティアはさっさとしろと急かす。
相手は風のように一瞬で着替えられた衝撃から立ち直って気を取り直すと、こっちっす! とやはり笑顔で歩き出した。
見習いたちの寄宿エリアを抜け、よくわからない抜け道のような場所を進みながら再び口を開く。
「シーグフリードさんでしたっけ。おれっち結構パシられるし、これからちょくちょくお世話になると思うっす。これでも子羊の一員なんで、仲良くしてほしいっすよー」
「子羊?」
「あれっ。……あー、会長ったらさては放置してるな。いいっすよ、リリアナ様のところに着くまで、おれっちがいろいろと説明して差し上げるっす!」
えっへん、と仰々(ぎょうぎょう)しく咳払いをする。
なんだろう、この男、すごく知り合いに似ている気がする。
この初対面にして軽いノリ、なんで噛まないんだと思うくらい回る舌――あ、エッカだ。そう思えば、人懐っこそうで邪気のない笑みもよく似ている。
ティアが急速に妙な親近感を覚える一方、ニコはぺらぺらと澱みなく喋りだす。
「殿下が勝手にお出かけしてはいろいろ拾って帰ってくる噂は知ってるっすか? そっすか。それでですね、連れてきてもらった奴等が自分たちの事を子羊って通称してるんすよ。
羊って知ってるっすか? もこもこして、角の生えてる四足の動物っす。
殿下の角、羊の角に似てるんすよ。で、殿下が拾ってきたから子羊。
定期的に集まって会なんて開いてますよ。定例会、またの名をズバリ、殿下について語る会!」
それは聞き捨てならない。妖しくなった気配に、ニコははっと顔を青くしてわたわたフォローを入れ始める。
「べっ、別にいかがわしいこととか一切会議してないっすよ! 大体は、互いの近況報告して、殿下の周りで何が起きてるか、殿下に必要な情報を誰か仕入れてないかとか、殿下は今どうしてるかとか、最近の殿下についてとか、今後の殿下の動向と自分たちの取るべき行動と、ついでに盗撮ポイ――げふごほ、違うっす、誤解っす。おれっち何にも言ってないっす。みっ、みなさん超真面目に殿下の部下やってますよ!
ま、まあ、たまに殿下の盗さ――いや、偶然仕入れた奇跡的画像の交換とか、殿下に着せる服とか会議して手配して着てもらってますけど、全然健全っすよ!
はははまさかそんな、こっそり殿下に着せたい下着の種類なんて会議で決めてなぐふごふげふっ、いやそんなまさか殿下の使った備品をこっそり仕入れてきて、表では殿下めっちゃディスっておきながら、裏ではファンだったりする不健全野郎どもに売りさばいて収益上げてついでに弱みを握ってなんてな――うえっほん!
そっ、そんな、隠されたる性癖を暴いてエグく利用するなんて、会長じゃなきゃ思いつくわけないじゃないっすかヤダなえへへだからおれっち何にも悪くないっすよえへへ、いやまあ会議に参加して殿下の画像もらいましたけどえへへ――あの、腹パンだけは勘弁してくださいっす! 種族特性上間違いなく即死するっす! おれっち短命種っす、こんなところで死にたくないっす、堪忍して下さい、会長助けて!
――え、あの、もしかして混ざりたいんすか? あ、そっちっすか」
ニコは墓穴を掘ったどころかその下の棺桶を掘り当ててこじ開けたような気分になって、震えながら防御のポーズを取る。
しかし意外と相手は顔をしかめていない。むしろきらきらと全身を輝かせているティアに、ひとまず己の身の安全は確保されたかもと安堵を覚えながら、うーんと首をひねる。
「それがっすねー……。おれっちとしては全然かまわないんすけど、その、実はシーグフリードさんの扱いについては、子羊の中でも意見が割れてるんっすよ。別に大歓迎だぜ殿下の拾い物だしっていうグループと、殿下にそんな特別待遇していただいてるなんて許せないってグループにっすね」
彼がん? と首をひねると、ううむ、とニコは腕組みし、考え込むような顔になってから続ける。
――やはりこの男、いちいち挙動がエッカに似ている。そのせいなのだろうか、リリアナのことを話題に出されてもあまり気分がささくれ立たない。
まあ、エッカがちゃんとわかっていてトンでも発言を投下してくるのに比べ、この男はどうもうっかり具合がかなり激しいようだが。
「まあ、嫉妬っす嫉妬。おれっちたち、ドロップアウトしてどん底まで落ちたところに手を差し伸べられたり、行く当てないところを拾ってもらったような奴もいますし、一部は割と殿下に心酔してるっすから。
――あ、かく言うおれっちも、奴隷市場で安値で売りたたかれてたところを買ってもらったっす。ひどいんすよ、おれっちを売ってたやつ、商品の扱いが雑で。肺炎と肋骨骨折とあとは外傷多数と、ほんとよく殿下は拾ってくれたと思うっす。右手なんてほとんど腐ってたのを、使えるように治してもらったときは感激したっすよ。あんな高度な治癒魔術、おれっちなんかに使ってくれる人いないと思ってましたもん。いやあ、殿下が連れてってくださらなかったら廃棄処分だったっすよ、おれっち……」
しみじみと語る内容が重い気もするが、ティアはいまいち、魔人社会における階級制や奴隷の仕組みを未だ理解しきれていないので、ふーん大変だったんだなと軽い反応である。商品として売られるということがどういうことなのかもわかっていない。
が、ニコにとっては下手に気を遣われるよりは嬉しい反応だったらしい。二パリとまた白い歯を見せる笑顔になった。
「えっへへ。すんません、なんか身の上話になっちゃったっす。でもおれっち、今幸せっすよ。殿下はたまにスパルタっすけど、基本優しいし。子羊の皆さんは楽しい方ばっかっすし。会長は怖いっすけど。
――あっ、本人には言わないでくださいっすね、絞められるっす! それに、契約のおかげで、短命種の割には長生きできるみたいっすし。もー感謝してるっすよ、殿下には。
――で、シーグフリードさんのことっすけど……あ、しまったっす」
どうやら喋っている間に着いてしまったらしい。目的地らしい扉を前に彼がそわそわすると、ニコは肩をすくめた。
「――そっすね。帰ってきたときにでも、またお話するっす。いってらっしゃいっす」
ニコの言葉が届いていたかどうか定かではない。彼は愛しいヒトの気配に、流れるような動作で扉を開け、一目散に飛び込んでいった。




