らいばるせんげん
しばらく完全に目が点になった。
対する男の明らかに目立つ行動に、いつの間にかざわざわと周囲は足を止め、彼らの成り行きを見守っている。
ティアは目の前のものすごく勢いをつけて何やら宣言してきたらしい魔人の男にどう反応していいか迷い、ちらりと師父をうかがった。
ヘイスティングズの方はどう見ても野次馬根性丸出しでにやにやと二人を眺めていたが、ティアと目が合うと直ちに咳払いして団長の顔に戻る。
「ジーク、こちらはリリエンタール殿だ。赤薔薇騎士団所属の近衛騎士、要するにお前の先輩」
それから少し顔を寄せて手で口元を覆い、ごにょごにょ付け加えてくる。
「ついでに言うと、赤薔薇騎士団は基本的にきちんとした魔人しか入れない。近衛の中じゃ一番格上、由緒正しいエリート集団だ。私が例のすばらしい歓迎を受けたところでもある。だから、こいつは私の後輩でもあるわけだ。な、エド!」
師父がなんだか威圧しているように見えなくもない笑顔を向けると、男は束の間怯むが、すぐに持ち直す。
一見穏やか、よく見ると割と凶悪な笑顔を前にして、なかなか根性ある奴のようだ。
師父はついでに、なんでもないことのように結構なことを捕捉した。
「ああ、それと我らが黄薔薇は近衛の中では――いや、軍の中でも選りすぐりの際物集団だ。変人奇人は多いが、その分団員には結構自由裁量が認められているし、何かあったらすぐ先輩たちがフォローするし、楽しくやっていけることは保証するぞ。
なんだかんだ言って、お前は私の部隊が一番合っていると思う。良かったな、ここに配属されて!」
……ティアはそろそろ、この師父のヒトの良さそうな笑顔はあてにならないのかもしれないと勘付きはじめている。
そもそも、飛び入りで入ってくる彼のことをさてどこに配属したものかと考える王や臣下たちに、期待の新人をぜひわが弟子にと、複数の部隊から引き取りたいと言う声があった。
各騎士団の団長団員たちは、口でも手でも激戦を繰り広げて、最終的にいい感じに主要な面子が疲れ果てた時に、そういえばあれが暴れた時に誰が抑えるのですか、私達ならできますよ、むしろそんなこと最初からさせませんよ、と言ってさらりとかっさらっていったのが黄薔薇騎士団――つまりヘイスティングズであった。
ちなみに黄薔薇の団長が言葉を発した瞬間辺りは静まり返り、反論は一切出なかった。
後で副長から教えてもらうことになる、知ってもあまり嬉しくならない裏事情である。
ともかく、師父の意味するところは、要するに自分も自他ともに認める際物連中から同族扱いされているということでもあるのだが、そこまで瞬時に思い至るほど今の彼は頭を働かせていない。
とりあえず、配属先が赤薔薇じゃなくてよかった、と素直で先輩たちを大喜びさせる感想しか今のところ出てきていなかった。
師父は表向きはそこそこ友好的に話しているが、実にさりげなく真面目そうな魔人騎士をちくちくと刺すような挙動を取っている。
「で、こいつはそこの最年少騎士――一番の有望株だ。文武両道、才色兼備、おまけにお坊ちゃまと嫌味な要素がそろっている。プライド高いし腹立つ小僧だが、なかなかスペックが高すぎてぽっきり折ってやれる相手がいない。だから遠慮なく、機会があったらあの高い鼻をへし折ってやれ、な? 大丈夫だ、お前さん頭はちょっくら不安だが、見た目ならむしろ勝ってる。優男より男前だよな、やっぱり男は」
「ヘイスティングズ殿っ!」
魔人はわなわなとふるえるが、師父は涼しげな顔である。
ティアに至っては、そういえばリリアナの好みってどうなんだろう、やっぱりもう少し女の子っぽい顔に脱皮したほうがよかったのだろうか、いやいやそれだとこの身体に合わないむしろ気持ち悪いからこの顔でよかったと、すでにこの場と別のことに妄想を歩かせ始めている。
「で、エドよ。私の弟子に喧嘩を売るのは構わんが、こいつちょっとのんびりした奴でな。よければなんでいきなりこんな事態になったのか説明してくれると、多少はお前の話を聞く気になると思うぞ」
「気安く呼ばないでください。それとお前はもう少しまともな反応をしろ!」
そうは言われても、お前なんか認めない! と言われ、はいそうですか、別に構いませんが何か、というのが今のティアの正直な感想である。
ボーっとした顔は相手をイライラさせているようだが、今のところ彼に対して興味がわかないのだから仕方ない。とりあえず、先輩はまだ何か言いたいことがありそうなので黙って聞いておく。
「大体なあ、なんで竜が近衛なんかになりたがるんだ。お前たちは基本的にお前たちのコミュニティから出てこない生き物だろ? 魔人と竜は互いに相互不干渉、基本方針はそうだったじゃないか。それをなんだ、御前試合に飛び入り参加して直接陛下に許可を得て――いや、違う。お前、殿下の推薦を受けたって話だよな。それは本当なのか?」
今まで舟をこぎかけていた意識がいくつかのキーワードによって覚醒し、ぴくり、とティアは反応してほんの少し目を細める。
横で面白がっている師父がお、と声を上げ、ますます愉快そうに口を歪めた。
「だとしたら、おま――あなたに何の関係が?」
彼なりに丁寧な方にした言い直しは、今のところティアの理性がきちんと作動していることを示している。
が、悲しいかな、普段は借りてきた猫状態の彼をきちんと覚醒させる、要するに彼にとっての地雷を踏み抜くとどういった事態に陥るか、知っていて適切に説明し、未然に悲劇を防いでくれる妹は今ここに居ない。
「この際はっきりしようじゃないか。お前は、殿下のなんだ。あのヒューズとかいういけ好かない下郎と同じ、彼女に取り入って好き勝手しようって言うのなら、この俺が許さん――即刻里帰りさせてやる!」
「……お前こそ、リリアナ様とどういう関係だって言うんだ? 並みの騎士より目をかけて頂いているとでも? それとも――それともほかに何か?」
彼女と呼びかける単語にティアは敏感に反応し、一気に瞳孔が細くなる。彼の中で目の前の相手のカテゴリーが、有象無象から殴って黙らせる相手に変わりつつあった。
急速に増したプレッシャーに、先輩騎士ははっとした表情になり身構えている。
ぴりぴりと張りつめた空気の中、不意にぽんとティアの肩に師父の手が置かれた。
「エド。場所を移そうじゃないか。ここだと人目も多いし、こいつも答えにくいだろう。――ほら、散った散った。見世物じゃないぞ!」
団長が大きな声で周りに呼びかけると、野次馬たちは慌てたように首をすくめて走り去っていく。
そんな風にしてから、彼は首根っこを掴んでずるずると強制的にティアを引っ張っていく。
抵抗の意思がないから構わないが、師父の力の強さに、ティアはこれは本気で張り合うことになったらなかなか大変そうだな、と一瞬考える。
先輩騎士は黄薔薇団長の行動に虚を突かれたようだが、結局は仏頂面のまま二人についてきた。
ヘイスティングズはそのまま慣れた足取りでどんどん人のいない方へと歩いていき、いかにも日頃使われてなさそうな部屋に入って扉を閉めた。
「ほれ、空き部屋の一つだ。ここならだれもいない。ドンパチをやるのはさすがに控えてもらいたいが、とりあえずお互いに言いたいことを言っておけ」
二人は互いに睨み合い、少ししてからあちらが先に声を発した。
「で、お前は一体殿下のなんだ?」
「……知り合い」
若い騎士と騎士見習いは、もはやお互いにこいつ気に食わないという空気を隠そうともしない。
ティアは一応先輩なんだからちゃんと丁寧な言葉にしなければ、なんて最初にしようとしていた申し訳程度の努力が早くも吹き飛んでいる。
「ただの? だったら御前試合のあれはなんだ。なぜ殿下は、お前の完全勝利が確定した瞬間駆け寄った。――あの殿下が、だぞ!」
「それをお前に話してどうする。というか、お前こそリリアナ様のなんなんだ?」
「……俺は、その――」
不機嫌のまま睨みつけていると、急に今まで威勢の良かった相手はどもりはじめる。
「で、殿下の――」
「…………早く言え」
「う、うるさいっ! だから、俺は――」
「大丈夫だジーク。そいつ、片思いだから」
「はあ!?」
不意に成り行きを見守っていた師父が、いかにも楽しくて仕方がないですと言う顔のまま横から口を出す。
「まあ、そこそこ有名な話じゃないか。お前さんがちょいちょい殿下のことを追っかけては、毎回ふられてるって」
「ヘイスティングズ殿!」
「だが、一応家柄の格や年のこと考えると、こいつはなかなかいい線行ってる候補者だ。貴族連中からは期待されているが、当の殿下からはあまりいい心象ではない。特に、晩餐会での失言のせいでな」
「やめてください、本当に、やめてください!」
さっきまでどこを見ても弱点なぞないとでも言いたげな顔だった先輩騎士は、今や真っ赤になって師父にとびかかろうとしている。
師父は器用に弟子を盾にしながら、ティアにとっての爆弾を落とした。
「いやだって、お前が殿下に男服より女服の方が似合うって言ってしばらく口を聞いてもらえなくなったのは、誰だって知ってる話じゃないか」
その瞬間、目の前のわたわたしている男は、ティアの中で純然たる抹殺対象に切り替わった。
「師父、確認しておきたいことが」
「お、なんだ?」
「こいつ、殴って潰してもいいですか。今すぐ息の根を止める必要があるので」
対象は、はっ!? と間抜けな声を発し、師父は早くも音が鳴るほど拳を握りしめ、今や完全に目が竜化している弟子の頭を、ぽんぽんとなだめるように叩く。
「よしわかった、お前私の話を聞いてなかったな? いいか、わが弟子よ。その前に、口げんかをふっかけられたら口で返すのが礼儀だぞ」
「口で返す――なるほど噛みちぎれば――」
「違う、そうじゃない。お前なあ、仮にも先輩、しかも赤薔薇の団員にこんな初日からただの口喧嘩ごときを理由に危害を加えたら、間違いなく一発で里帰りさせられるぞ。それともう二度と王城には上がれないだろうな。だからまあ、少し頭冷やせ、な?
というか、口で返す――ぶっ、そうか、口で返してるな確かに! あっはははは!」
師父は彼の斜め上の発言についにふき出し、先輩近衛はやっぱ竜って野蛮人、と偏見を強化しながら若干引いている。
ちなみに彼以外の竜たちの名誉のために補足を入れると、肉体言語の度合いは個体差である。
ティアがなぜここまで殴ったり噛んだりすることに特化しているかといえば、大体妹のせいだ。
圧倒的語彙力、会話スキル、そして的確にこちらを煽る術、そういったものを使いこなす妹に、ただでさえぼやっとしていて出力の遅い彼が議論や口げんかで勝てるはずがない。
結果、彼は妹に連戦連敗し、仕方ないので口で喧嘩を売られたら手を出して黙らせるダメな方向に進化していったのである。
なお、父親とは議論と言うより問答だし、リリアナに至っては言い返す気がないのでそもそも成立しない。
――と本人は思っているが、リリアナから約束を勝ち取った際の執念深い食い下がり、またヒューズ相手に譲らなかった実例等々があるので、やる気を出せば口での応酬ができないわけではない。
あいにく今は条件が揃いきらなかったのか、彼はこのゴミが処分できないのかと判断すると、すっかりスイッチオフ状態の頭及び顔になる。
「……つまり、こいつが腹立つ相手だろうと、危害を加えるような真似はできないんですね」
「正しく理解したな。そういうことだ」
「じゃあ、もう用はないので行ってもいいですか」
「おい!?」
さすがに先輩騎士は呼び止めるが、振り返った後輩のあまりに剣呑な瞳に思わず息をのむ。
「赤薔薇騎士団の……お前はいつか必ず殴る」
「――こっちもわかったぞ。お前、やっぱりリリアナ様の――いや、それ以上に、近衛騎士としてふさわしくない奴だ。絶対に、そのうちこの城から追い出してやる」
二人の間に飛び散る火花に、生温かく見守るもとい、絶賛監督責任放棄中のヘイスティングズが、お前ら若いなと苦笑していた。
主人公のカテゴリー分け
運命の相手:リリアナ様
家族:テュフォン、エッカ
なんか味方っぽいけどどうなんだろう:師父とその他黄薔薇先輩
こいつは敵:ヒューズ、リリエンタール(←NEW!)
親馬鹿:魔王




