二つの歓迎
昼ごはんが終わってからは(当然後片付けも集団でおこなったが、ティアは最初から皿洗いすらやらせてもらえなかった。その後の展開を正しく予期しての判断だろう)、団長の解散の一声で散り散りになった。
これから当番があるから、と急いで走って行ったものもいれば、非番だけどちょっと用事が、あとはお二人でゆっくり、なんて手を振って歩いて行った者もいた。
やはりどこかついて行けずにぼーっと突っ立っている間にヘイスティングズだけが残り、彼に笑いかける。
「さて、それじゃ腹も満ちたことだし、これから生活する場所を案内しようか。ついておいで、ジーク」
広い訓練場を出て、彼が知っている場所よりは随分控えめな、けれどやっぱりよく見ればそれなりに豪華な飾りがあちこちについている廊下を移動する。
王城は広いからすべてを把握できる気はしないが、最低限、近衛生活で自分が使う場所くらいはと彼は隊長が言うことに耳を澄ます。
しかしすぐにほとんど無理だと悟った。広さとしては竜の里を飛び回ったことのある身の以上、そこまで怖くない。問題は、入り組んだ内部構造だ。彼の知ってる空間常識がここでは通用しない。狭いところが広く、繋がらないはずの場所が繋がる。それが空飛ぶ城の中であった。
ただ、不安そうな顔を察知したらしい団長が朗らかに言ってくれることには、見習いの間は師父について行動することが多く、主に師父の補佐、要するにパシリを務めるからそれで自然と必要な場所は覚えられる、とのことだった。
彼らが今いるのは騎士たちの区画であり、生活はここでする。近衛騎士の仕事は城の警護だから、仕事をすることになるのは大体別の区画だ、とヘイスティングズは言う。
それにしても、相変わらずこの城にはヒトが多い。歩いている間、同じような格好をした騎士たちがちらほらと見かけられ、そして主に自分たちに対する反応が二パターンに分かれることを彼は知った。
一つは、好意的なもの。
これは獣人の格好をしている相手から向けられやすい。
彼らは笑顔で会釈するなり、一言呼びかけてくるなりし、師父はそれに快く答えていた。
彼も何回か話しかけられたが、反応が薄いとすぐに師父がシャイだから許してやってくれ、とフォローする。王城でも相変わらず、彼は興味関心を向けたもの以外に極端に冷淡だった。
「なんというか、普段の君はまるで眠っているようだな。微睡の中からうっすら世界を眺めている、そんなかんじがするよ」
師父は何度目かのフォローの後、彼のぼやっとした顔を見て、そんな風に苦笑した。
そしてもう一つが、敵意的なもの。
これは彼に対してもそうだし、彼に話しながら歩いている師父ヘイスティングズに対してもそうだった。
特に、彼に対して苦々しい目を向ける相手は、師父のマントの脇から主張する羽に、顔をしかめるものが多かった。
その多くは一目でわかる純粋な魔人であり、身なりもいかにも待遇の良さを彷彿とさせるような者たちばかりだった。
――ちなみに後ろを歩いていて気が付いたが、師父は羽が通るように背中あきの服を着て、その上からマントをしている。そういえば、同じく羽持ちの魔王も同じような格好だったかもしれない。
まあ、背中あきの服のままだとセクシーすぎる(あくまで魔人基準では。竜は何とも思わない)から、そんな風に覆いをかけているのかもしれない。
師父の背中を見ているうちに、ふと思いついて、有翼は羽をしまったりすることはないのか、と聞くと、普通はない、と返ってくる。
翼は彼らにとって自らの象徴のような物。多くの有翼魔人には角もなく、耳も羽毛に覆われていることが多いから、羽がなかったらただの獣人に見えるだろうな、でも尻尾はないから魔人か、だからどっちに分類するのか揉めるんだよな、なんて彼は笑う。
ティアが興味深く聞いていると、逆に竜がヒトの姿を取っているときはしまう物なのかとの問いが返ってくる。
彼はしばし考え、尻尾は出しっぱなしの場合が多いが、羽はしまっている者が多いと答える。
父親がそうしているから、たぶんみんな真似をしているのだろう。エッカと一緒に練習したときは、なんかノリで両方とも尻尾もしまっていたが。
……言われてみれば、竜にとっては翼も手もあることは普通の事だから、確かによく考えてみるとヒト型になった時にだって無理になくす必要はない気がする。むしろなくなると最初のうちは変な感覚だった。
団長は彼の話を聞いてから、もしかしたら陛下に遠慮しているのかもな、とつぶやく。羽も角もある魔人は王家だけだし。
そこまで話してから、団長がふと、そういえば殿下は公的な時は出しているが、私的な時はひっこめるなんて器用なことをしているなあ、と言ったところで、ティアの意識は一気にそっちに引っ張られる。
成程、それで御前試合や晩餐会の時は何割増しかで天使に見えたのか。
相変わらず身体に対して小さくちょこんとしか生えていない金の翼、笑った時にパタパタ動いていたのが本当にもう可愛すぎて頭がおかしくなりそうだった。
翼の付け根って実はけっこう弱いところだから、優しく撫でまわしたらいいリアクションが返ってくるよって妹の助言を参考に是非とも実行したいむしろ舐め回したい。だから、そういうことができるためにも早く大きくなってほしい。
あれ、でも撫でるくらいは未成年でもセーフなんじゃ、よし今度機会があったら是非やろう。また一つ、変態のノルマが増えてしまった。
ちなみに同時刻、なんだか寒気がするなあと首をかしげながらリリアナは腕をさすっていたが、お互い知り得るはずもない――。
そんな風に、団長と穏やかに会話したり、ぽわぽわと妄想を働かせていてさえ、時折向けられる刺すような眼を感じないでいることはできなかった。
異様なものを見る目には、少し懐かしさすら覚える。
むしろこういう反応こそ、彼にとっては馴染み深いものだった――。
「気になるか? ジーク」
ちょうど貴族の一団と思しき数名が、彼らを認めた瞬間踵を返して反対側に歩いていくところを彼がぼんやりと眺めていると、師父はいったん足を止めて振り返る。
「これが実態だ。そうとも、表向きは陛下のご意向もあり、種族に貴賤なし、そういうことになっている。だが、魔人は基本的に他種族に厳しい。お前に対する評価は、そうさな、上にいるような方々には、あまり好ましいものではないだろう」
「心得ています。それに、ああいった態度にはもう慣れきっているので、いまさらどうこう思うこともありません」
竜とて、彼らの群れの中にいきなり鱗のないヒトがやってきたら、邪見にはしないまでも、一定の距離は保とうとするだろう。
父が昔言っていた、差別はないに越したことはないが、何かしらの区別は必要だ。その言葉に、彼も長じてから同意を覚えるようになっている。
かといって、だからわきまえて里に帰れと言われたら全力で拒否するが。
リリアナ関連の事はすべて彼の中で別枠、あらゆる事柄に優先する。そして絶対に譲るつもりはない。
ふと、師父は振り返ってこちらをうかがってくる。
「ジーク、少し気になったんだが、魔人相手ならともかく、竜の社会で君が冷淡な態度を受けることがあるのか? その話しぶりだと、なんだかずいぶん年季が入った経験に聞こえるが。黒龍は普通神のごとく崇め奉られていると聞いているが……」
「俺は脱皮する前までは、むしろ鱗が白かったので白子と呼ばれ、仲間には疎まれていました。生まれ故郷では母が亡くなった後、噛みつかれたり投げ飛ばされたこともありました。
もともと頑丈だったのでどうにか生き延びましたが、それでも父と妹が面倒を見てくれなかったら、いずれは餓死していたことでしょう。
白子の俺にかかわりたがる大人は少なかった。むしろ、脱皮後に急にうるさくなって驚いたくらいです」
「ああそうか、脱皮。そういえば特訓を積んだとかいう話も聞いたが、何か動機でも?」
彼は正直に答えかけ、寸前にとある人物の言葉を思い出す。
――ここが、どういう場所か……。
――君じゃなくて、リリアナ様が。
「……どうしても、力のある雄になる必要があったので」
「それはひょっとして、さるお方と君に関する興味深い噂についてのことなのかな?
――私は師父だ、ほかの誰にも言わんからほれ話してみろ。殿下とは、どういった関係なんだ、ん?」
小声で悪戯っぽく微笑む師父に、彼は一瞬目を見開くが、黙して応じる。
エッカのようにうまくごまかしたり、嘘をつきとおす器用さなんて持ってない。
本当なら、今すぐ伴侶になる相手だと正直に答えたい。
けれど、先ほどから時々感じる、絡みつくように向けられる悪意をはらんだ視線の数々に、エッカが曲者と評した男の言葉がどうにもちらついて離れない。
ここにきて間もないが、リリアナや父親がさんざん言っていたこと、そしてあの男に言われたことを、今初めて体感している。
自分は魔人の同類ではない。少なくとも、彼らはそう見なさない。
つまり、彼はこの社会で白子に逆戻りしたようなもので、リリアナは、彼が今まで暮らしてきたところのエッカの位置にいるのだろう。
――白子であった彼がもし、テュフォンの跡継ぎであるエッカの事を独り占めしようとしたら、それこそ生きていくことなんて許されない。彼だけでなく、彼を選んだ相手にだって危険が及ぶ。
……きっと、そういうことを自分は言われていたのだ。
だったら、自分はともかくリリアナのため、下手なことは言えない。
知り合いだと言うことはもう隠しようもないし、嘘をつくつもりもないが、今度リリアナに会ったときに確認するまで、彼女についてはあまり喋らないようにしよう。
テュフォンもエッカに常々言っていた。
――いいか、おしゃべりな息子よ。余計な事を言うよりは、何も言わない方がいいのだぞ。
だから、そういうことなんだろう。
団長はしばらくこちらをどこか探るように見ていたが、やがて苦笑する。
「――はは、私も意地が悪いか。すまない、確かに軽々しく答えられることではないな。まあ、ただ、いつでも相談は受け付けているぞ。恋バナなら特に、だ!」
ばしん、と一度彼の肩を叩いてから再び歩き出した。そして、懐かしむように語りだす。
「そういえば、君が昔話をしてくれたから、こちらも少し披露しようか。
私は故郷で仲間たちからそんな風に扱われたことは一度もなかった。我々有翼は同朋意識が強いからな、たとえハンデを持って生まれてきたとしても大事に育てようとする。
ヒトより優れるところがあるものは、それを他のヒトのために使うべし。我々はそういった種族だ」
むしろ、弱肉強食の種族だったとても、この体躯のどこに文句をつけたいのだろうか。
性格だって悪そうには見えないし、騎士団の団長ということは頭だってそれなりにいいはずでは、なんて聞いている方が思っていると、話は思わぬ方向へ転がった。
「だから、初めて王城に上がった時は、カルチャーショックなんてものじゃなかったぞ。先輩から派手な洗礼を受けてな。歓迎会を開いてやるって言われて、期待して出かけていったら、腐った残飯をぶっかけられたのさ。
――入隊したのが魔人の部隊だったせいもあってな。自分で言うのもなんだが、実技も筆記も文句なしの主席だった。獣人ならもうちょい下の部隊だったからそこまで摩擦も生まれなかったんだろうが、私も一応分類上は魔人に入っているから、仕方なく配属されたようでな。
いやあ、退屈しない見習い時代だった。支給品を受け取れば大体不良品だわ、伝達事項が私にだけ回ってこないわ、私の分だけなぜか飯が忘れられているわ。
まあ、おかげでここまでたくましく育てた。感謝しているよ、彼らには。
――ああ、でも当時の師父だけは少し尊敬している。助けてくれたことは一度もなかったが、ほかの魔人と違って無駄な邪魔はしなかったからな」
ははは、と笑う師父に、ティアは素朴な疑問を発する。
「では、一体どうやって今の地位に? 相当邪魔が入ったのでは?」
すると、師父は笑うのをやめ、穏やかながらどこか不穏な顔になる。
「私はまあ、人並みに狡い男だったからね。潰されない程度にいじめられて、犬のように従順にありもしない尻尾を振って、ついでに証拠を集めた。その裏でこつこつ実績をためて理解者も味方も増やして、で、ある日御前試合に飛び入り参加して晩餐の席でおおそれながらと全部王に報告した。
いやあ、あの時の先輩たちの顔、笑えたなあ。人生で三番目くらいに楽しい瞬間だったかもしれない」
つまり今までの印象は修正されるべきで、結構師父は性格が悪いほうなのか。
が、あっさり話している内容はやっぱり只者ではなく、すごいヒトなのだろう。
妙に感心している彼に師父はさらに続きを話そうとし、ふと言いかけてから廊下の方に振り返る。
ティアもつられて視線の先に目をやると、こちらに向かって猛然と一人の騎士が突き進んでくるところだった。
おそらく魔人とはかくあるべき、そういったことを体現したかのような見た目――黒い髪、銀の瞳、立派な角、そして賢くたくましそうな顔、さらに見習いではなくちゃんとした騎士の格好をしている。
そういった男が一直線にやってきて、ひょっとして今の話題の関係者なのだろうか? などとぼっとしているティアの前までやってきて、びしりとこちらを指差した。
師父でなく、まぎれもなくティアの方を、である。
「お前が今日から配属された、シーグフリード=テュフォンだな!」
完全に予想外の出来事にきょとんと彼がしていると、横からやんわりと師父が答える。
「確かにこれは今日から私の弟子になったシーグフリードだ。ただ、赤薔薇騎士団の団員とはいえ、その態度はいささか無礼ではないかな。君はそういった男ではないと思っていたが」
「失礼、ヘイスティングズ殿。あなたに対して喧嘩をふっかけるつもりはない。ただ、新入り。どうしてもお前に一言言いたいことがあってな……」
男は団長に対してはそれなりに丁寧な態度で答えてから、あらためてきっと目を吊り上げ、ティアに向き直る。
「いいか、俺は赤薔薇騎士団のエドウィン=リリエンタールと言う。――他の奴等には止められたがな、どうしても我慢ならないから言いに来た。俺はお前の事なんか、絶対に認めないからな!」




