同じ釜の飯
がちゃがちゃと物が当たる音、騒がしい喧噪、そして美味しいスープの匂い。
「おい、新入り。ちゃんと食えよ、お前の飯だぞ」
「ほれ、そんなしけた顔してないで、こっちも行けよ、ぐいっと!」
「こら、昼間っから新入りに飲酒させるんじゃない! というか、お前達も飲むな!」
「団長、歓迎会なんだからぱっとやりましょう、ぱっと!」
「また今度盛大にやると決めただろうに。ああ、団長がまた方々から怒られる……」
「非番だからセーフです、セーフ」
「って、おいそこ、野菜を残すんじゃない!」
「副長ー、堪忍して下さい。本当に嫌いなんですよこれ。団長、助けてください!」
「料理長がバランスを考えて作ってくれた献立だぞ。お前、別にそれ食えない体質でもないだろう。ありがたく全部食え」
「そうですぞ。根菜もきちんと摂取なされ。若いからと言って油断なさっていると、老いぼれた時にがたんとやって参りますぞ、うひひ」
「ひー、副長がくろーい」
「この場では料理長と呼べ、馬鹿もん!」
「本物の料理長の味を知っている身としては、料理できる人、ぐらいのレベルです副長」
「よし、お前はもう食わんでいいぞ。団長、奴の膳は下げてくだされ」
「あいわかった。料理長の仰せのままに」
「あー、俺の昼飯ー!」
「わはは、バーカバーカ」
……呆気にとられて瞬きしている一瞬の間に、彼らの会話はするすると流れていく。
ティアが一言で現状の感想を述べるなら、なんかすごくうるさい、である。
今現在、彼らは大鍋を囲んで一緒に早めの昼飯を食べている。
確かに朝出てくるのは結構早かったし、彼は雑食で大食いだから食えと言われればいくらでも食べることはできるが、こんな風に大勢で一度に食べるなんてことは初めてだった。
慣れないからか、どうにも食は進まない。というか、今のところ居心地が悪い。
なるべく目立たない場所でもそもそと食べていたいのに、やたらと目立つポジションに配置されるわ、次から次へと話しかけられるわ、というか彼そっちのけでやいのやいのくっちゃべりながら食べているわで、もう完全に情報処理が追いついていない。
しかも彼ら、音を聞いていればすぐにわかるが、結構行儀が悪い。
今まで散々ビシバシ直されてきたテーブルマナーとやらはどこへ旅に出たのだろうか、地べたに座って碗とスプーンを持ち、かっ食らっては空になると鍋に自分でお代わりをよそいに行く。
竜とて自由に狩りをしてそれを何人か(と言っても彼の場合極端に交流が少ないので大体エッカしか相手がいないわけだが)丸かじりしたりしたことはあるが、一緒に調理から行って、なおかつこんなに多人数でやいのやいの喋りながら食事をするような経験は初めての事だった。
少し前に遡って現状に至った経緯を思い出すと、先ほどティアを大歓迎した騎士たちは、そのままボーっとしている彼のことを引っ張って行ったかと思うと、開けた場所(一応訓練場らしい)でいきなり、どう見ても完全に準備万端の大鍋を囲み、あろうことか料理を作り始めた。
その上、呆然としているティアにも、ほらお前も手伝えなんて芋を放ってよこしたのだ。
しかしながら、彼が食材を片手で握りつぶす、手刀でまな板及びその下の机を切断する、全力で火を起こして鍋ごと炭にしかける、等の壊滅的料理できないアピールを披露すると、先輩たちはほとんど全員が笑いすぎで再起不能になった。
もういいから座っていろと隅っこに追いやられた新参者からすると、一連の動作は彼なりに至って真面目に、しかも結構自信満々にやっていたことなので、その結果もそれに対するリアクションも到底解せぬものではあった。
ただ、水汲みに関しては怪力だったので結構重宝され、何度か憮然とした表情で水道と現場を行ったり来たりすることになった。
お世辞にも華麗とは言えないが、人並みにてきぱきとこなされる先輩たちのお手本をじっと横で眺めているうち、冷静に考えたら食べ方は訓練された記憶があるが、作り方はなかったことに思い至る。
むしろ一回試そうとして、その頃は馬鹿力補正はなかったものの、致命的不器用さ及び雑さのせいで、もう厨房に入らなくていいとも言われたような。その顔が珍しく、何かとてつもなく可哀想なものを見る目だったような。
さらに思い出すならその昔、一生懸命作りあげた――何だったかは忘れたがどうせ泥人形とかそういう類のものだったのではなかろうか――他愛ない初めての自作品を、
「兄上、何それ、超ださーい。というかきもーい。むしろ悪趣味すぎて一周回って芸術的に思えてくるレベルだよそれ。ねえねえどうして普通に作ってるはずなのに、そんな暗黒作品になっちゃうの? これもう呪いのアイテムとして売りに出せるレベルだよ」
とエッカは非情にもけなしまくった。
最終的に、つまり何が言いたいのかわからないと顔に出した彼に、妹(当時は弟だったかもしれない)は爽やかな笑みでこう断じた。
「兄上は不器用なうえにセンスがないから、モノづくりの才能が欠片もないってことだよ。これから自分で何か作ろうとするの、やめた方がいいよ。絶対失敗するから。いい、ぜーったい失敗するからね! 悪いこと言わないからこれからはもう、手作りの自作品なんてやめた方がいいからね。これ割と僕、心の底から兄上のためを思って言ってるんだからね! 見えている地雷を踏むって言葉知ってる? そういうことだからねっ!」
……我が妹ながらなんてひどいことを言ってくれるんだ。本当は、やろうと思えばできるはずだ。
ちょっとなんか今のところ加減がうまく言ってないけど、料理くらい自分にだってこなせる。
一人ではできなくても、横で優秀な教師がついていてくれれば、どれほど過酷な訓練にだって耐えてみせよう。
具体的には、
「違う、そうじゃない、だから私の言うことを聞け!」
「よくできたな。じゃ、もう一回最初から。身体に叩き込んで寝てもできるようになるまで繰り返すからな」
とか約一名に横で言ってもらって、最終的に、
「それじゃ、特別にできたから、ご褒美をやろう。ほら、お前の望み通り、私を好きにしていいぞ――」
なんて腕を広げてくれるんだったら、一日で世界の真理まで理解できる自信がある。
むしろ最後の一言があるなら何でもできる。
ちなみに最初の二つは実際に言われたことがあるものだが、最後のは捏造された妄想である。
昔なら馬鹿、と笑い飛ばされて終わっただけだろうが、今の彼が本人に言ったら間違いなく、なんだかひきつった笑顔のままそれとなく一歩距離をあけられ、その後真顔で冗談だよな? と確認が来る内容である。
幸か不幸か、その事実を未だティアはわかっていない。
そう、リリアナが横で監督してくれるなら。リリアナがやれと言うなら、それこそまた血反吐を吐きながら料理の道を究めてやろう。
だけど今は言われていないし、そもそも彼女がいないし、というか本気出す意味が全く見いだせないし。いや、ある意味本気ではあったけど、これも必要な技能なのだろうか。
などと彼なりに一生懸命分析し思考しているが、そもそも芋を剥けと言われて握りつぶしている時点で、大体その後の展開は察知されていたのである。
一連の事故をすべて笑い話に変え、被害を最小限にできる程度の団長及び副長のフォローがあればこそ、最終的には料理にありつけたのであるが、そんなことは情報過多すぎて現実逃避気味に妄想している彼にとって、少し想像に難いことであった。
何度目かのお代わりをよそられた碗を持ったままぼやっとしていると、団長ことヘイスティングズがやってきて、入れ替わり立ち代わり彼にお節介を焼こうとする男たちを追っ払い、隣に腰掛けた。
身体が大きいし羽もあるせいで妙な威圧感があり、やることなすこといちいち目立つが、基本的にはとても人のよさそうな雰囲気である。
「どうだ。うまいか?」
彼が少し考えてから、料理は問題なくおいしいと判断してうなずくと、団長は満足そうに頷いた。
「こうやって、同じ釜で飯を食うことが、まあ我々の仲間として加わることの通過儀礼みたいなものでな。ついでにいろいろと性格や特技がわかって面白いだろう。このスープの味付けはそこの副長だ。結構いい腕をしているだろう? おだてればいつだって振舞ってくれるからな、覚えておけ。まあ、城には本物の料理長だっているんだから、そっちがいいと言うならそれもそうだ。
ああ、ちなみにお前が今つついているその肉は、私が少し前に狩りで仕留めた獲物だ。癖があるから好き嫌いが分かれるが、こうやって具と一緒に煮込むと臭みはあまり感じないだろう? 私は結構好きなんだが、気に入ってくれたかな?」
近衛騎士団の団長が狩りなんてするのか、という疑問も浮かぶが、彼はひとまずまたこくりとうなずいた。
むしろ、一般に魔人が好むような肉は、彼にとってはやわらかすぎたりあっさりしすぎたりしていて物足りない。
彼がスプーンで一掬いし、もくもくと咀嚼していると、団長は不意に歯を見せて笑った。
「まったく、あれだけの力を持っていながら、こうしていると人畜無害にしか見えんな。それに、どうやったらそこまでヒト型に慣れ、自分を抑えることができる?」
彼はいつものようにしばし間をおいてから、ゆっくり答える。
「必要なことなら、やれと言われればやる。続けろと言われるならそうする。それだけ――です」
そういえば相手は団長だし、自分の師父とやららしいし、一応丁寧にしておこうと後から思いつく。
団長は一瞬ぽかんとした顔をしてから、声を上げて笑う。周りの騎士たちも、便乗してやんややんやと歓声を上げる。
「いや、すまない。正直、自分で名乗り出ておいて、合わない相手だったらどうしようかと思っていたところがあってな。だが、お前となら、いい師弟になれそうだ。そういえば、お前の事は何と呼べばいいかな? シーグフリードは少し長いし、もう少しこう、親しみのある呼び方は――」
「……故郷では、ジークと呼ばれていました。本来の発音では、ジークフリート、なので」
この場のノリからして、下手に妙なあだ名をつけられたり、最悪間違っても彼らからティアと呼ばれるのは――たぶん女っぽい名前だとネタにされる気がする――御免なので、先んじて提案する。
すると男はおおそれだ、とぽんと手を打った。
「では、君の事は、そう呼ぶとしよう。きっと団員たちもそう言うようになるだろうが、それでいいな? 改めて、これからよろしくな、ジーク」
「よろしくお願いします、団長」
握手を求められて彼が返すと、相手は手を握ったままじっと見つめてきた。
「ジーク。できれば私の事は、師父と呼んでもらえないかな。団長は、少し遠い」
「わかりました、師父」
今度こそしっかりと、師弟は互いを呼び合った。
ティアは相変わらず新しい場所で新しい経験をさせられ、若干思考が雑になってはいたが、それでも物腰柔らかながら隙の見えぬ動き、周囲の部下たちのこの男を慕う様子などから、彼が自分の師父と呼ぶに足る人物であることを予感していた。
そもそも、とある事実を思い出してさえいれば、この男が尋常でない人物で、また自分とそこそこ縁のある相手だと思い至ることができたはずなのである。
ヘイスティングズ――それが第五試合を棄権した相手の名前であったという、その事実を。
けれどそれに思い至るのは、大分後のことになってからだった。




