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塔での決闘 1

 回復したティアは、再び空に飛び出る前にまず作戦を練ることにする。


 この時、シグムントの霊体が自分に残してくれた魔法が大いに役に立った。

 完全に消えてしまう前に慌てて魔方式を読み取り、急いで同じような障壁を自分の周りに張り巡らす。するとドーム状の光の膜が自分の周りに発生し、内部にいる限り磁気嵐の影響が遮断されるようになるのだ。父が作ってくれたものを完全に再現できたわけではないので、ティアの防御陣では打ち付ける雨や吹き付ける風は身体に降りかかる。が、元来頑丈だけが取り柄とも言える身、雨風にさらされているぐらいならそこまで気にはならない。

 さっきは高度から落下したせいであんなザマになったが、もともと他の誰かにとっての大事がちょっとやそっとで済ませられる程度に頑丈なのである。



 時折雷で光る曇天を見上げながら考える。

 障壁を張り、嵐の強度や性質を常に感知しながら、無理をせずに注意して飛んでいく。やはりこれが自分にとっての最適解なのではないかと思う。


 正直、今のコンディションで飛ぶのはかなり危険きわまりない。が、飛龍であり、まして四つ足タイプではなく二つ足タイプの自分が、この先まだそれなりの距離がある地面を走って行くのもナンセンスだ。元来が飛行動物の彼は、人型に戻って走るよりも飛んだ方が圧倒的に速い。


 すると飛行をするのに発生する問題は何か。もちろん嵐だ。

 最悪なのは磁気嵐のせいで魔法系を操作できなくなったところに通常嵐の猛威が直撃する事。さっきはもろにこれで落とされた。二度同じ失敗はしない。



 そもそも磁気嵐とは、いわば大気中の魔力のブレと言える。

 魔力のないものには肉眼視することができず、魔力を持っている生き物には巻き込まれると視界にノイズがかかるような現象として観測される。ノイズが大きければ大きいほど、磁気嵐が激しい部分に巻き込まれていると言うことになり、ひどくなると頭痛やめまい、吐き気、一時的な視力喪失等に症状が発展する。

 磁気嵐は魔力のないもの(たとえば短命種)には感知されない一方で、逆に悪影響を及ぼすことはない。が、魔力が強大であればあるほど、巻き込まれると強烈な状態異常が発生し、体内の魔力回路がエラーを起こして魔法感知や操作能力が著しく減少する。


 ティアは当然相性が悪く、かなりの体調不良をもよおす方に当たる。磁気嵐単体でもそれなりにダメージを被るということだ。


 一般的には磁気嵐に巻き込まれた長命種は、ノイズがなくなる方に逃げるか、大人しくその場で嵐が過ぎ去るのを待つことでやり過ごす。長命種が魔力の受信と送信を行っている角や尻尾などに専用の遮蔽帽子を被っていれば、魔法がうまく使えなくなる代わりに比較的穏やかな心持ちで嵐の中を過ごすことができる。


 つまり逆に考えると、同じような遮蔽物、魔力場を遮断するような防御の構築さえうまくいくのなら、磁気嵐の影響をシャットアウトすること自体は可能であるということだ。

 たとえばちょうど今、自分の周りに術を張り巡らせているように。


 ただし、魔力の遮断は同時に魔力の使用が大幅に制限されることを意味する。魔力が使えなくなってしまうのも、それはそれで困る。

 なぜならやっかいなことに、磁気嵐と通常の嵐が同時に発生している状況だからだ。



 磁気嵐だけが敵ではない。通常の嵐はもちろん、もっとダイレクトに生命体の飛行を妨げてくる。


 飛んでいる最中に予期せぬ突風、特に乱気流に巻き込まれて思わぬ方向に飛ばされること、強風で身体に無理な付加がかかり、最悪翼が折れたりすること、雷が直撃すること、たたきつける雨に体力を奪われること――そしてそれらの総合で、高い場所から落下すること。

 このような事態を避けるためには、すべての感覚、特に第六感を研ぎ澄ませ、直前にどの方向から強風がやってくるのか感知して飛び方、飛ぶ位置、方向、それから身体の周りに張り巡らせている障壁の種類を調整する必要がある。


 ところが磁気嵐のせいで魔力系含めた感覚系すべてに異常が出るため、通常状態ではまず正常に飛行姿勢を保つことすらできない。

 かといって磁気嵐のために遮蔽をし、魔力が全く使えない状態になってしまうと、今度は現実の嵐に対する防御ができなくなってしまう。



 磁気嵐と通常の嵐、片方だけが起きているなら解決法は簡単だが、両方が同時に起こっているからこそ問題は複雑でやっかいになってくる。

 ではどうすればいいのか?



 ティアは最終的に、自分の周りに三重構造の防御陣を編むことで打開を試みることにした。


 まず一番内側の防御陣は、万が一落下した際にダメージを最小限に抑えるために表皮に張り付く膜のように展開させている。その外、身体の周りには、嵐から自分を守るものとして球形の障壁を。それからその障壁を覆うように、一番外側に磁気嵐対策の遮蔽障壁を。


 これだけ大がかりな事をすると、維持するだけでもそれなりにコストがかかるが、転移術が使えず直接移動するしかない以上、これが自分にとってのベストな選択だとティアは判断した。

 というか、最初は真面目に考えたりそうしている間に嵐が収まったりしないかと思っていたが、ぐずぐずしているだけ時間を無駄にしている気がしてきたのでさっさと自分の直観通りに行動することにしたのである。

 ティア=テュフォンは静より動の男なのだから。




 準備万端、気合いも十分に再び空へ舞い戻ると、何も考えずに飛んでいた時に比べ、単純な移動速度は落ちるし陣を維持する魔力コストもかかる。

 だが嵐の中を飛び、さらに移動することができた。最初は落ちそうになったらすぐ降りられる、あるいは落ちても大した怪我をしないだろうと思われる低高度で飛んでいたが、大丈夫そうだと確信が持てたらぐんぐんと高度を上げていく。


 風も雨も強いが、嵐は定期的に弱まっては強くなってを繰り返す。ティアは強いときはゆっくりと飛んで障壁の安定につとめ、弱まったときには防御を少しだけゆるめて速度を上げた。魔法を使って正しい自分の現在地と目的地が探れないのが歯がゆいが、飛んでいく方向だけは誤らないように、彼女がいると直観する方に向かってまっすぐ顔を向けておく。


 何せティアは、内なる自己のリリアナレーダーだけには絶対的な信頼がある。たとえすべての感覚器官が潰れたとても、リリアナのいる位置だけは間違えないと自信を持って答えることが出来る。理屈ではない。愛だ。愛故の絶対的奇跡なのである。

 胸の内は情熱に燃えて熱く、翼は応えるように力強い。空は正しく接しさえすれば彼の味方だった。


 ふと見下ろせば、岩場の状態がますます悪化し、今や普通に歩くのは不可能なごつごつと切り立った針のような岩山と深い渓谷が闇の中にちらりほらりと凶悪な姿を見せている。

 冷静に考えて、絶壁だらけの北部の陸上を走って行くなんて無理だった。やっぱり飛んで良かった。己の判断を自画自賛しつつ子竜は目的地まで飛んでいく。



 やがて、悪意を感じるほどに強く、たたきつけるようだった雨足が徐々に弱まっていき、雲が薄くなって暗いだけだった空に光が戻り始め、遮断してもなおうっすらと耳奥にあった嫌な感じが取れていく。

 まだ完全に晴れたわけではないが、少なくとも磁気嵐は越えることができたようだ。


 早速一番外側の障壁を解除し、今まで満足にできていなかった探知魔術を作動させる。

 目的地からそう遠くない場所まで来られたようだ。高度を下げて地上の様子を見ると、断崖絶壁の山からただただ殺風景な不毛の大地に景色は戻り、さらにちらほらと建物のような人里のような建築物、施設が見え始めていた。

 時間は、確かヘイスティングズ達と地下都市にいたときが、昼飯を終えた午後――となると、正午を過ぎたけだるい時か、嵐に足止めされていた時間によっては夕方と形容していい頃合いにさしかかっているかもしれない。あいにくの曇りなのでまだ夜にはなっていないということはわかるが、建物にはちらほらと明かりがついているようだ。


 ただ、高度を下げて少し様子をうかがってみると、遠目からでも違和感を覚える。


 羽ばたきながら下をぐるりと見渡して首をかしげ、ティアはふと思いついた。


 そうか。時間帯は夜にはなっていない午後。つまり一般的に考えてヒト種の活動時間。

 なのに、往来にあまりに動きがないのだ。

 この時間、誰かしら何かしらが建物と建物を結ぶ道を移動していておかしくない、というか移動しているべきだ。

 それが、目に入ってくるどれもこれもが停止している。建物から出てきていないわけではない。どうやら道の途中で不自然に止まっているようなのだ。


 詳しい情報が得たければさらに降りるほかない。しかし、目的地はここであるわけではない。相変わらず頭の中の警鐘は鳴り響いており、人里の、町の、都市部の異常を目にしてますます強くなっていっている。



 一体何が起こっているんだろう。



 やがて静かな町の上空を飛んでいくと、進む方向に一際目立つ特徴的な建物が見えてくる。




 目的地、北部の心臓と呼ばれる場所は、魔力うずまく不毛の大地を管理制御するためのエネルギー施設を中心とした都市である。

 居住区とは明らかに異なる、無機質でつるりとした卵のような印象を持たせる異様な形の白い建物がいくつもいくつも一定間隔に、上空から全体を見ると放射状に広がって並んでいる。これまた真白い道が建物同士をつないでいる光景は、まるで一つの巨大な蜘蛛の巣に見える。


 放射の中央部にある建物は一際異様だった。

 それは空に向かってそびえ立つ塔である。

 塔は円筒ではなく、下部の方が緩やかに広く、上部に上がれば上がるほど狭い先端へと続いていく。遠くから見れば円錐に近いが、近づいていけば一定階数上がるごとに上階の床と天井が一回り小さくなる、階段上の構造をしていることがわかる。色は真っ白ではない。無機質な石の灰色であり、無数にある窓らしい穴から内部がほのかにちかちかと発光している様子が、そして近づけばごうんごうんと一定間隔で動く魔術機械の音が聞こえてくる。


 これこそが、真の意味での北部の心臓。

 ノース・タワー。名前はシンプルだが、北部中の魔術回路をまとめる最需要施設である。


 ティアは上空をタワーの上階を目指して近づいていく。途中当たり前の様に目前に施設を守る防御魔方陣が現れたが、ブレス一息で散らして見えない障壁の内側、事実上の施設上空に侵入する。だが彼は違和感を覚えた。


 北部は不安定な土地。それを制御するために、ノース・タワーには王城や帝都と同レベルのテクノロジーが投資されているのではなかったか。


 抵抗がいささか弱すぎるのではないか。


 そして高度を下げたことによって見えてきたさらなる異様な光景に飲まれそうになる。


 ヒトが見える。しかし、彼らは皆倒れている。特別な、派手な外傷はここからでは見えないが、おそらく広大な施設の職員であろうヒトビトがばたばたと道の途中や建物の入り口などで倒れているような事なんて、数百年生きてきて初めて見た。襲撃か、敵に制圧されてしまったのか、とさらに注意して飛びながら観察を続けるティアだが、するとさらに奇妙なことに倒れているヒトビトには抵抗したり逃げようとした様子がない――。



 はっとして、ティアは素早くぐんと上昇する。

 直後、先ほどまで自分が居た場所に向かってビーッと特有の音を立てながら光が照射された。

 魔術攻撃!

 はっと見渡すと、どうやら観察のために高度を下げすぎたせいで、あちらこちらにある建物の一つのセキュリティシステムに引っかかったらしい。四方八方から光線が飛んでくる気配を感じて慌てて上空に舞い戻るが、今見た光景の直後にセキュリティシステムの正常作動が確認されるとより一層不気味だ。


 いや、一見正常作動に見えるが、やっぱりこっちもおかしい。

 曲がりなりにも王城の警備を務めている身、セキュリティシステムに対してはそれなりの知識がある。たとえば侵入者を自動で撃退するシステムがあったとしても、普通一度目は機械音声で警告を呼びかけ、威嚇射撃を行い、それでも相手が止まらない場合に麻痺術をかけるべく作動が始まるのである。


 いきなり音もなく撃ってくるなんて――それこそシステムの警戒レベルが最大限設定され、明らかな異常事態で半無差別迎撃モードになっているとしか覚えない。

 たとえば、ナイトメア達が城内に湧いた時のように。


 システムの網に引っかかった、つまり発見されたことがきっかけにでもなったのだろうか、無機質な魔術式達は淡々とティアを追いかけては攻撃を浴びせてくる。光線から追尾式の魔術弾の射出に切り替わったのを見たとき、ティアは自分に向けられている殺意を知った。弾は当たる前にブレスで火を吐くなどして迎撃する。

 塔に近づけば近づくほど、彼に対する魔術機械達の反撃は強くなっていく。




 もう、迷っていられない!


 ティアは強く羽ばたいた後、ぐっと自分の身体にぴったりつくように翼をたたみ、塔に向かって突進した。一度だけ大きくブレスを吐いて進行方向を確保し、空中を突き進むスピードに任せて塔の中にそのままつっこむ!




 バリンと窓ガラスの割れる音と共に、ティアは塔の上層のどこかに降り立った。

 急いで振り返ると、思った通り塔の内部までは外部のシステムの追尾はやってこない。

 塔を守るための設備だから、塔自体は傷つけないようになっているのだろう。ティアを追尾していた弾はぐんと大きく軌道をそらし、空中のなんでもない場所で自爆して消える。




 しかし、内部には内部のセキュリティシステムがあるはず。急いでひっくり返っていた身体を起こすが、彼の降り立った階は見渡してもそれこそ天井と壁、床、窓ぐらいしか見当たらない場所で、何かが起こる様子もない。大型動物である竜が身体を伸ばしても歩ける程度にだだっ広い空間の中、定期的にエメラルド色の光が浮かび、その瞬間だけ光に沿って魔術回路が、天井に、壁に、床に淡く浮かび上がる。鼓動を想起させるようなリズムは、魔術回路に血管のようなイメージを与える。


 回路があるということは、どこかにエネルギーが送られているということ。ティアは部屋の中央部の壁に近づき、円形構造をしている建物に従って壁に沿って歩く。

 予想通り、まもなくおそらく塔内部へ通じている物と思われる出入り口が現れる。自動式のようだが、待っても開かないので仕方なく両手を使ってこじ開けた。


 進んでみると、出てきたのはつい最近見たばかりの吹き抜け構造。上階に続く昇降機通路エレベーターホールである。




 ぽっかり空いている穴の下をのぞきこむと、停止している昇降機が見えた。ヒトの姿はこの場には見られない。




 すると、昇降機通路エレベーターホールの吹き抜けから下の階をのぞき込んでいるティアの頭の上、つまり上階から音が降ってきた。


 ティアの耳が聞き取った情報が正しいのだとすれば、それはどこか聞き覚えのある人物の哄笑であり、狂った歓喜の笑い声だった。


「ははは、あは、あはははは! これは最高だ、お客さんが来たぞぉ!」


 はっと上を見上げた瞬間、ティアの目は自分に向かってきた投擲物をとらえた。

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