塔での決闘 2
投げられてきた物をとっさに防御陣を張って弾くと、べしゃりと鈍い衝突音が聞こえた。昇降機通路の深い穴の中へと落ちていくそれに向かって引き寄せられるように目を向けると、ティアの優れた動体視力は容易に正体を悟ってしまう。
それは、ヒトの腕だった。ぱっと見でもわかる汚い断面部から推測するに、すっぱり切断とは行かなかったに違いない。おそらくねじ切るようにひねりながらもがれたのではないか、とティアはぴんとくる。
なぜならこの傷の感じ、前にどこかで見たことがあるのだ――。
次の攻撃に備えて構えながら上方をにらむと、二台目らしい昇降機がゆっくりと降りてくる。
ティアのいる階層の高さで止まるが、無人だ。
「上まで来いよ、素敵なゲストさんよ! 僕は大歓迎だ!」
非常に聞き覚えのある声がからかうような調子で上から降ってくる。
奴め、いつぞやと違って大層上機嫌らしいな。
ティアは鼻を鳴らし、ぐぐっと翼をたわめると昇降機を無視して縦穴の淵から飛び上がった。
「ヒトの好意はさあ、素直に受け取るべきだと思うよ」
自分の招きに応じなかった事に相手は口をとがらせる。
しかし本気で機嫌を損ねたと言うよりは、どこか面白がっている調子の方が勝っている感じだ。
この余裕みたいなものは一体何だ? 前回戦ったときも感じたが、あの時よりもさらに声に自信が満ちているのは、気のせいで済む問題か?
ま、なんにせよ、とりあえず飛んでいって一発入れてから、なんならボコボコにしてから色々真面目に考え出しても遅くはないだろう。
こういう思考回路が自然と発生するのがティア=テュフォンという脳筋である。
敵の言葉に呼応するかのように、上方から警備システムのレーザーの発射音とまぶしい光が見える。今までより威力が高く範囲も広い光線らしい。
さすがに当たったら痛そう。いかにも頭の悪そうなシンプル思考がティアの脳内を巡る。
と同時に、下からも不穏な音が聞こえてきた。ちらりと一瞬だけ目をやると、さっき無視したばかりのエレベーターが、今度は上昇方向に移動を始めようとしている。それも降りてきた時とは全く比べものにならない素早い動きで。
あれも当たったらちょっと痛そう。というか邪魔そう。お前もうちょっとマシな感想出てこないのかと突っ込みを入れる人物がこの場にいないので、子竜のシンプル思考法はそのまま続いていく。
ティアは落ち着いて、まずは上方のレーザーに対して防御しつつ、素早く優れた動体視力で位置と数を確認し、くわっと大きな口を広げる。放たれたブレス、爆炎は射出装置を包み込み、まもなく派手な爆発音を立てて破壊する。装置からはバチバチと漏れ出したエネルギーが何度か音を立て光を発しながら放電のように走ったが、程なくして完全に沈黙した。上からはもう来ない。
それを見届けると、すぐにぐるんと狭い通路で鮮やかに反転する。天井まで押し潰さんとする勢いで上ってきていた昇降機に、身体のひねりを利用して遠心力のかかった太い尻尾の一撃をたたきつける。ちょうど飛んできたボールを打ち返すような感じとでも言おうか。尾にはたき落とされたエレベーターは、半壊しぶすぶすと煙を上げながら傾き、落ちていくとまでは行かないものの少し高度を下げた場所で完全に停止する。
「あーあー、いーけないんだー、そんなにバンバン壊しちゃってさーあ」
エレベーターの邪魔が入らない状況も確保されると、ちょうどいい足下までやってきていた昇降機を踏み台代わりにしてまた身体の向きを変え、今度こそ迷いなく一直線にぐんと縦通路を上まで飛んでいく。
真上に見えるガラス天井を突き破って躍り出たのは最上階だ。
最上階は、ティアが最初に塔に侵入したときの階と少し似ている。だだっ広い円形空間の床と、時折光るエメラルドグリーンの回路。ただ、割って入ってきた窓の部分がこの階は今一様に戸のようなものが降りて遮断されており、屋根が広がっているはずの所にはどこまでも続く澄み通った青空があった。
……さっき飛んできた上空は、気象が収まっても曇り空だったはず。窓の様子が覆われていて見えないから今がどうなっているかわからない。それでも、外の様子を単純に映しているのとも、そのまま外につながっているのとも違う。これも偽の空か、とティアはすぐに気がつくことができた。
それだけでなくかなり大がかりな魔術の気配を感じる。単に見かけだけ空っぽくしているのではなく、あの空の中に実際に飛んでいくことができるのではないか? そんな考えが頭に浮かぶ。何のために作られたのかは全く不明だが、どうやら限りなく本物の空に寄せてある異空間がそこにあることは確かなようだった。
それにしてもなんだろう? この空、さっきから妙に気が引き寄せられる――。
そこでティアの冷静な部分が状況を思い出させる。空ばかり見てもいられない。彼は呆けたように上を見続ける自分の顔をいささか乱暴に翼で挟んでぐいっと視界を強制的に下ろし、部屋の中を観察させることに成功した。
吹き抜けの昇降機の上り下りが上から見下ろせる強化ガラスの床部は部屋のちょうど中央部に位置しており、円形の部屋の四方に下からの階段らしい通路が見える。昇降機は最上階に直通しているわけではない。本来なら、一個下の階層から昇降機を降りて階段で上ってくるはずなのだろう。
割ったガラス床から適当な床に降りたって見渡すティアの視界には、やはり奇妙な光景の数々が飛び込んでくる。
外を飛んでいるときに見たのと同様、ばたばたと人影が倒れている。その多くは見覚えのある色のマントを身につけており、いつかの惨事を思い出させる。だがいつかの時や外で見たものとも違うのは、彼らが無傷であることに加え、その身体が水晶のような結晶体で覆われていることだ。見方によっては、倒れている人物を元にして生えている植物のような――そんな風にも、見える。
一言で言うのなら、異様という言葉が一番ふさわしいだろうか。
空の青に照らされてうすくきらめく石の中、穏やかにまどろむヒトビト。それが時折床のエメラルドにも照らされて、緑の光を帯びる。
警戒しながらじっと周りを見ても、微動だにしないヒト石の塊が部屋中に続いているのみ。彼らは四方の下階と続く道の側と中央付近に多いように見えるが、近づいて詳しく調べないことにはこれ以上の情報は得られないだろうか。
一通り部屋を見渡してみるが、誰かに攻撃される様子もそれ以上何かが出てくる気配もない。
いや、誰かいるのは感じるのだが、どうにもつかみがたくはっきりしないというか……。
さまよい始めると視線は再び上空の快晴に引き寄せられる。
なんだろう? 雲一つない高い空。それも亜空間。何かあの中にあるとでも言うのだろうか?
一度飛んでいってみようか、と翼を広げようとした瞬間、不気味な沈黙の場に変化は訪れた。
「お前が見ているあれは理想郷なんだそうだ」
ばっと振り返ると、四方の階段口の一つ、その影から男の姿が現れる。
「北部は晴天の少ない土地だ。住民は常に他のもっとマシな土地に憧れ飢えている。派遣された職員だってこんな土地は嫌だ。だからせめてもの無聊にってことで、ノース・タワーの最上階には偽の青空が広がっている。場違いな、どこまでも綺麗な晴れの日の空がな」
線の細い、女性的にすら見える美貌の男の髪は黒い。もったいぶって歩くと赤いマントが翻る。とてもよく見知ったうざい奴の顔だ。しかしくるりと振り返ったその目は、不気味な虹色の光を帯びている。
「本物は、どうした」
知り合いによく似た姿をじっと見ながら、薄く口を開いて牽制する。素早く横目で結晶体の群れをうかがうが、その中には探しているヒトの姿は見当たらない。相手は本人よりきざったらしくわざとらしい仕草で肩をすくめ両手を広げてやれやれと首を振った。
「さあね? 死んだかもしれないし、まだ生きてるかもしれない。別にどっちでもいいんだ。こいつの姿を借りたかっただけだから」
……ということは、この場に来る前に成り代わられて本人は今ここにいないということなのだろうか。一体いつ。舌打ちしたい気持ちを抑え、ティアは低くうなった。
「やっぱり生きていたのか、邪眼――いや。エデル」
男は喉の奥で音を鳴らし、にたりと口の端をつりあげる。偽物の姿なのに、その笑顔は妙に整って穏やかな印象をもたらした。




