─大雀蜂─
『
それは偶然であった。まさかこんな屋外で、彼女の華麗なプレイを拝めるとは。
ヴ………ン、と低い震音を奏で、妖しくも美しい容貌でゆっくりと彼女は降臨した。
黒で被われた下半身の…恰度尻のアソコの部位が黄色く、切り抜かれたように見え、何とも淫靡である。
いや、よく見ると黒で統一された腹部にはうっすら橙黄色の縞が入っているではないか。
黒と橙黄の二色で交互に彩られたボディラインは、さながら密林に君臨する虎の如く。すらりと滑らかで、彼女の魅力を余すことなく伝えている。
立派で重厚な胸に、キュッと締まったクビレ、魅力的な丸みを帯びた尻。
蠱惑的な瞳はまさしく女王の威厳を示している。
アマゾネスのような、派手な橙黄色に彩られた顔も、頬のラインが鋭く引き締まっていて、ゾクゾクする程私は魅入っていた。
彼女は獲物に照準を定めると、すかさず彼の身を捕らえる。最後の足掻きに似た彼の足が微かに震えるのを眺めつつ、彼女はゆっくりと顔を近付けた。
彼女の口が甘く彼の肉体に食い込み、勝者の笑みを浮かべ、彼の体を堪能する。
その姿を生唾を飲み込んで私は息をするのも忘れ、食い入るように凝視していた。
憐れにも彼は、体を次々と剥かれ、何度も噛みつかれたその身は、無惨にも肉の塊へと化してしまった。
だらりと下がる彼の腕が、昇天してしまった、ただの獲物でしかない彼の惨めな立場を物語っている。
彼の体を肉団子の様に丸くして、彼女は御満悦に浸る顔を振り上げた。
その彼女が私の存在に気付いたのである。
彼女は、カチ、カチ、と音を鳴らして私を見据えた。
全身に鳥肌が立ち、芯がキュゥゥと縮こまる思いがした。
彼女との距離は、最早目と鼻の先だ。
ヴ…………ン、と彼女の立てる唸音が私の耳にも届く。
もし、アレに突き刺されたら…鈍く光る彼女のソレに目眩を覚え息を飲んだ。
私は思わず後退りした。
それがいけなかったのかもしれない。
鋭い痛みが私の臀部を襲ったのだ。
声にすらならぬ悲鳴を上げて、私は地べたにのたくりまわった。
倒れ込む私を見下す様に一瞥し、暫くの間唸る震音とカチカチとハを合わせる音を立てていた彼女は、私への興味が薄れたのか、そのまま何処かへ飛び去っていった。
私は必死で後ろを振り返り、猛烈に威嚇の羽音を立てるスレンダーで脚の長い彼女達に…』
「●×△ハううっぅ!?」
話が途中で切れたのは刺された痛みに耐えかねた教授が、悲鳴を上げたからだ。
杉原女史は呆れ顔で、そんな教授を冷ややかに見下ろす。
「良かったですね。刺されたのが、オオスズメバチでなくて。」
前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の大雀蜂、後門の足長蜂である。何をどう罷り間違って、そのような奇異な状態になったのか。呆れ過ぎて、返す言葉も出ない。
「…す…、杉原くん…」
ピクピクと震える体で助けを求めてか、徐に伸ばされた手が宙を掻く。それを冷ややかな眼で見つめ、にっこりと彼女は笑った。
「ほうら、教授。お迎えが来ましたよ。」
見ると体格の相当よい学生達が、教授を担ぎ出す為にぞろぞろと入ってきた。
「では、後お願いしますね。」
「ウッス、任せてください。」
彼等に、怪我人をそっと運ぶという気遣いは恐らく無いだろう。有無を言わさず教授を担ぎ上げると、悲鳴を上げ立てる彼をそのまま掲げて廊下を駆け足で行った。
折角、医学部まであるのだ。未来の医師になる卵達の研鑽の為、教授にはその栄えある土台になって頂こう。きっと皆に可愛がられることよね。
うふふ、と然も嬉しそうに杉原女史は笑みを浮かべた。教授が収めたビデオを手に、せっせと己れの講義用教材を作りにかかる。
秋の蜂には御用心あれ。
─ オオスズメバチの章 了 ─




