─蛞蝓─
『 ○月×日
今日は、部屋には誰も居ない。私一人だ。
勿論、邪魔する者も居ない。
私は息を殺し、隙間から彼女を伺い見た。
ぬめりを帯びた肉体を、床にのた打たせ、じわり、じわりと進みゆく。
彼女の匂い立つ様な、湿り気を感じながら、私は身体を熱くしていた。
てらてらと光を放つ、這い擦った跡があまりに淫靡で、私の興奮は今やMAXだ。
緩慢なその仕草は、肉の熟れた体を私に魅せて、怠惰に誘いを掛けているようだ。
はち切れんばかりの肉体が、目の前をゆっくりと横切る。
我慢出来ずに伸ばした私の指先を、包み込むかのように、纏わり付いてくる彼女の体。
ねっとりと皮膚に張り付く彼女の肉の味。
ああ、この…微妙な締め付けるような感触がたまらない。
』
「何やってるんですか、教授。」
「おをわ!?どどどどうしたんだね!?杉原くん」
杉原女史は、教授の手の上のナメクジを見るや否や、手持ちのピンセットでそれを摘まむと、素早く塩壺の中に投げ捨てた。
「…っ!?!!ぁっ!!!!」
声にならない叫びを上げて、塩の壺を覗き込む教授に、彼女は何事もなかったかのように、催促する。
「早くしてください。ゼミの連中が待ちくたびれていますよ。」
未だショックから立ち直れずにいる教授を他所に、机に置かれてあるプラスチック製の飼育ケースを手に取ると、汚れ具合を確認した。
ケースはナメクジの這い回った跡で一杯だ。
「教授、これも洗っておきますから。」
早く来てくださいよ。と催促の言葉だけ残して、杉原女史は去っていった。
ああ…あんなにきつく締め付けられて、さぞや痛かったろうに…苦しかったろうに。
私の胸の内は彼女の悶絶を想像し、張り裂けんばかりに痛んだ。
壺の中では水分が抜けて小さくなった幾つかのナメクジが、コロコロ転がっている。
私はそっと、それらを一つずつ、丁寧に拾い上げ、水で洗ってやった。
暫くすると、きっと元気に、辺りを這い回り始めるだろう。
…良かったな。元通りに戻る事が出来て。
私は先程の彼女をそっと拾い上げ、植木鉢の下へと置いてやった。
其処には鉤状の頭を持つヒルがたむろしている。
仲良くして貰うんだぞ。
願いを込めて、私も部屋を後にした。
植木鉢の下は程好く湿っており、ナメクジには絶好の棲みかだ。
そして捕食者であるヒルの棲みかでもある。
ナメクジを主食とするヒルの特徴は、頭の形が鉤状になっている事だ。
ナメクジの、その後を知る者は、誰も居ない。全ては神のみぞ…………………………。
─ナメクジの章 完─




