日陰の王子へのエレベーター・ピッチ
レオンハルトを撃退し、令嬢たちとの歓談を適当に切り上げた私は、少し風に当たろうとローズガーデンの外れにあるバルコニーへと向かった。
そこは、華やかなパーティー会場から少し離れた、静かで人目のつかない場所だった。
「……さて。もう一つの重要なタスクをこなさないとね」
私はバルコニーの柱の陰から、周囲を鋭く観察した。
今日のお茶会には、王族全員が出席することが義務付けられている。
つまり、私の「次の投資先」も、必ずこの会場のどこかにいるはずなのだ。
視線を巡らせること数分。
会場の最も隅、大きな樫の木の影に寄りかかるようにして立っている一人の青年の姿を捉えた。
漆黒の髪に、群青色の軍服のような簡素な装い。
華やかな貴族たちの中で、彼だけがまるでそこだけ光が吸い込まれているかのように静かで、異質な雰囲気を放っていた。
しかし、その前髪の隙間から覗く鋭い氷水色の瞳は、退屈そうにしながらも、会場の動きを正確に観察している。
第2王子、アレクシス・フォン・グランツ。
身分の低い側室の子として生まれ、王宮で虐げられながらも、剣術と魔法、そして知略においてレオンハルトを遥かに凌駕する隠れた才能を持つ青年。
彼こそが、私が次期国王に推し上げるべく選んだ、最高のダイヤの原石だ。
私は深呼吸を一つすると、足音を立てないようにゆっくりと彼に近づいた。
「美しい庭園ですけれど、あまりお気に召さないようですね、アレクシス殿下」
突然背後から声をかけられ、アレクシスはピクリと肩を揺らした。
振り返った彼の瞳には、明らかな警戒心と冷酷な光が宿っていた。
「……誰だ。俺に気安く話しかけるな」
「申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。ローゼンバーグ公爵家長女、セレスティアと申します」
私が優雅にお辞儀をすると、アレクシスはわずかに眉をひそめた。
「公爵令嬢……兄上の新しい婚約者か。飛ぶ鳥を落とす勢いの令嬢が、俺のような『日陰者』に何の用だ? 兄上に言われて、俺を嘲笑いにでも来たか?」
自嘲気味に鼻で笑うアレクシス。
王宮内でどれほど冷たい扱いを受けてきたかが、その態度の端々から窺えた。
しかし、私はそんな彼の態度を意に介さず、前世で幾度となく行ってきた「エレベーター・ピッチ(短時間で相手の心を掴むプレゼン)」を開始した。
「ご冗談を。私はただ、非常に魅力的な『投資先』を見つけたので、少しお話を伺いたいと思っただけですわ」
「……投資先?」
「ええ。殿下、あなたは今、この国を俯瞰してどうお考えですか? あの、感情のままに振る舞うレオンハルト殿下が王位に就けば、この国は数年で破綻します。あなたはそれを分かっているはずだ」
私のストレートな言葉に、アレクシスは目を見開いた。
王太子を批判することは、一歩間違えれば不敬罪になりかねない。
ましてや、その婚約者である私が口にするなど、常軌を逸している。
「お前……自分が何を言っているか分かっているのか?」
「ええ、完全に。ですから、私は近いうちにレオンハルト殿下との婚約を破棄する予定です。そして、次期国王としてふさわしい方と、新たな関係を築きたいと考えております」
私は一歩、彼に近づき、まっすぐにその氷水色の瞳を見つめ返した。
「アレクシス殿下。あなたのその類まれなる才能を、日陰で腐らせておくのは国家の損失です。私と手を組みませんか?」
「手を組む……だと? 正気か?」
「大真面目ですわ。私には、ローゼンバーグ公爵家の絶大な財力と権力、そして情報網があります。あなたが玉座を手に入れるための『キングメーカー』に、私がなって差し上げます。その代わり――」
私はニコリと、今日一番のビジネススマイルを浮かべた。
「私と『契約結婚』をしていただきます。お互いの利益のためだけの、完璧なビジネスパートナーとして。いかがかしら?」
静かなバルコニーに、春の風が吹き抜ける。
呆然と立ち尽くすアレクシスの瞳に、初めて「驚愕」という感情の色がはっきりと浮かんだのを、私は見逃さなかった。
無能な王太子との決別、そして新たな王を創り出すための壮大なプロジェクト。
最強のコンサルタントによる異世界逆転劇の歯車が、今、確実に回り始めた。




