無能な王太子との対峙、そして論理的(ロジカル)な反撃
「――セレスティア!! 貴様、なんだそのふざけた格好は!」
和やかな空気を引き裂くように、怒気を孕んだ甲高い声が響き渡った。
声の主の方へ視線を向けると、そこには数人の取り巻きを引き連れた、金髪碧眼の青年が立っていた。
この国の王太子であり、私の婚約者であるレオンハルト殿下だ。
彼は、私が先週の婚約発表の時と同じように、地味で冴えない格好をしてくると思い込んでいたのだろう。
予想外に華やかで堂々としている私を見て、苛立ちと戸惑いを隠せないでいた。
前回の人生では、私はこの怒鳴り声を聞いただけで涙ぐみ、彼に謝り続けてしまった。それが彼を増長させ、「こいつには何を言ってもいい」と舐められる原因になったのだ。
私はゆっくりと立ち上がり、周囲の視線が集まっていることを確認してから、教科書通りに美しく、非の打ち所のないカーテシーを披露した。
「ごきげんよう、レオンハルト殿下。本日はお日柄も良く、お会いできて光栄に存じますわ」
「挨拶などどうでもいい! 私が聞いているのは、その品のない赤いドレスのことだ! 私の婚約者たる者が、そのような派手な色で殿方の気を引こうとするなど、はしたないにも程があるぞ!」
レオンハルトは顔を真っ赤にして私を指差した。
周囲の貴族たちが、ハッとして息を呑むのがわかる。
婚約者に対して、公衆の面前でこれほど無礼な言葉を投げかけるのは、王族としてあるまじき行為だ。
(……相変わらず、感情をコントロールできない無能なトップ(経営者)の見本みたいな男ね)
私は心の中でため息をつきながら、涼しい顔で微笑み返した。
「『品がない』……とおっしゃいましたか? 殿下、恐れながら申し上げますが、この真紅は初代皇帝陛下が我がローゼンバーグ公爵家に下賜された、由緒正しき『忠誠の色』でございます」
「なっ……」
「婚約者として初めて殿下のお隣に立つこの栄えある日に、王室への敬意と忠誠を示すために、あえてこの色を選ばせていただきました。
殿下は、我が公爵家が王室へ捧げる忠誠心を『品がない』『はしたない』と仰るのでしょうか?」
明確な事実に基づいた、論理的な切り返し。
コンサルタントの基本スキル、「相手の矛盾を突くロジカル・シンキング」の応用だ。
「そ、それは……! 私は、そういう意味で言ったわけでは……っ!」
「それでは、どのような意味でおっしゃったのですか? 私には、殿下のお言葉の意図がどうしても理解できかねます」
私は少しだけ首を傾げ、純粋に困惑しているような、か弱き令嬢の表情を作ってみせた。
周囲の貴族たちの視線が、一気にレオンハルトに向けられる。
「王太子殿下、少し言い過ぎでは……」
「公爵家の忠誠の色を侮辱するなんて……歴史をご存知ないのかしら?」
「セレスティア様は、あんなに王室を重んじておられるのに」
ヒソヒソと交わされる貴族たちの声は、完全に私を擁護し、レオンハルトの教養の無さを呆れるものに変わっていた。
レオンハルトは周囲の冷たい視線に耐えきれなくなったのか、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……っ、もういい! 貴様のような理屈っぽい女など、私の隣を歩く資格はない! あとは一人で勝手にしていろ!」
彼は捨て台詞を吐き捨てると、取り巻きたちを連れて足早にその場から逃げ出してしまった。
彼が去った後、私は「ふぅ」と小さくため息をつき、周囲の令嬢たちに困ったような笑顔を向けた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。殿下は少し、お疲れのご様子でしたわ」
「そんな、セレスティア様は何も悪くありませんわ!」と、令嬢たちがすぐに私を慰めに来る。
(よし。作戦成功ね)
『目標1:王太子との婚約の完全な破棄』
これを達成するための第一歩は、「セレスティアは完璧な令嬢だが、王太子は彼女を理不尽に冷遇している」という事実を、社交界の共通認識にすることだ。
今日のこの騒ぎは、瞬く間に貴族たちの間に噂として広まるだろう。
後々、こちらから婚約破棄を突きつける際の、強力な「有責の証拠」の一つとなる。
自分の感情すらコントロールできず、公衆の面前で失態を演じるような男は、トップに立つ器ではない。
私の決断は間違っていなかったと、改めて確信した瞬間だった。




