パーソナル・ブランディングの再構築
専属メイドのマーサを解雇し、部屋から追い出した後、私はすぐに身支度に取り掛かった。
これまで、私の身の回りの世話はすべてマーサに握られていた。
彼女は継母の指示通り、私の髪を野暮ったく結い上げ、肌の手入れを怠らせ、私を「冴えない公爵令嬢」に仕立て上げてきたのだ。
しかし、今日からは違う。
前世である「神崎玲奈」は、第一線で活躍するコンサルタントとして、身だしなみや第一印象がどれほどビジネスにおいて重要かを熟知していた。
いわゆる**「パーソナル・ブランディング」**である。
「素材は極上なんだから、あとは魅せ方次第よね」
私はドレッサーの前に座り、銀色の長い髪を丁寧に梳かした。
前世の知識を総動員し、顔周りをすっきりと見せつつ、上品なウェーブをつけていく。
薄くくすんでいた肌には、引き出しの奥に隠してあった上質な保湿クリームをたっぷりと塗り込み、血色を良くするために頬と唇にほんのりと薔薇色の紅を差した。
そして、先ほどクローゼットから取り出した真紅のドレスに袖を通す。
上質なシルクが、私の体にぴったりとフィットする。
大きく開いたデコルテは若々しい肌を美しく見せ、コルセットで引き締められたウエストから広がるスカートは、歩くたびに優雅な波を打つ。
アメジストのような紫色の瞳は、凛とした強い意志を宿して輝いていた。
「うん、完璧。これならどこに出しても恥ずかしくない『ローゼンバーグ公爵家の正統な後継者』にして『王太子の婚約者』ね」
鏡の中の自分に向かって、完璧なビジネススマイルを作ってみせる。
よし、準備完了だ。
部屋を出てエントランスホールに向かうと、そこには信じられないものを見るような目で私を見つめる継母エレナと、義妹のマリアが立っていた。
「な、セレスティア……? あなた、その格好は一体……それに、マーサはどうしたの!?」
派手な扇子を握りしめ、継母が金切り声を上げる。
その後ろで、義妹のマリアが私の真紅のドレスを見て、ギリッと悔しそうに唇を噛むのが見えた。
「お義母様、ごきげんよう。マーサのことでしたら、先ほど懲戒解雇いたしましたわ。公爵家の財産を横領し、私の私物を勝手に持ち出そうとするような手癖の悪いメイドを置いておくわけにはいきませんから」
「か、解雇ですって!? 私の許可もなく、勝手な真似を……!」
「あら、私はこのローゼンバーグ公爵家の長女であり、次期当主です。そして一週間前には、王室から正式に王太子殿下の婚約者として認められました。悪質な使用人を一人解雇する程度の権限は、当然持っておりますわ」
私が冷ややかな笑顔で正論を突きつけると、継母は言葉に詰まり、顔を真っ赤にした。
これまでの私なら、継母に大声を出されただけで震え上がって謝っていたはずだ。
しかし、今の私は一切動じない。
毅然とした態度で堂々と見下ろしてくる私に、彼女は得体の知れない恐怖を感じたのだろう。
「お姉様……そのドレス、とても素敵ですけれど、少し派手すぎませんか? 王太子殿下は、慎ましい女性がお好きだと伺っておりますけれど……」
マリアが、猫撫で声で横槍を入れてきた。
心配しているふりを装いながら、私を貶めようとするいつもの手口だ。
「ありがとう、マリア。でも心配には及びませんわ。この真紅は、我がローゼンバーグ公爵家が建国時から王室への忠誠を示すために用いてきた由緒ある『正装の色』。王太子殿下の婚約者として初めて公の場に出るのですから、これほどふさわしいドレスはありません」
歴史と伝統を突きつけられ、マリアもそれ以上反論できずに黙り込んだ。
ビジネスにおける交渉の基本は、相手に反論の余地を与えない圧倒的な理論武装だ。
「それでは、お茶会の時間が迫っておりますので、私はこれで失礼いたしますわ」
優雅にカーテシー(淑女の挨拶)をして見せ、私は呆然と立ち尽くす二人を残して、待たせてあった公爵家の馬車へと乗り込んだ。
まずは身内の制圧に成功。ここからが、いよいよ本番だ。




