反撃の第一歩、メイドへの解雇通知
カチッ、とドアノブが回る音がして、私はすぐに羊皮紙を机の引き出しに隠した。
ノックもせずに私の私室にズカズカと入ってきたのは、私の専属メイドであるマーサだった。
彼女は継母エレナが私につけた監視役であり、日頃から私を見下し、傲慢な態度を取る女だ。
「セレスティアお嬢様。いつまで寝ておいでですか? さっさと起きて着替えてください。本日は王宮での茶会があるのでしょう?」
マーサは挨拶もそこそこに、乱暴にクローゼットを開け、一着のドレスを取り出してベッドに放り投げた。
それは、何年も前に流行った、くすんだ若草色のドレスだった。
しかも、サイズが私に合っておらず、着ると非常に野暮ったく見える代物だ。
今日のお茶会には、婚約したばかりの王太子レオンハルトも出席する。
こんなみすぼらしいドレスで出席すれば、「公爵令嬢の自覚がない」「王太子殿下にふさわしくない」と他の令嬢たちから笑い者にされるのがオチだ。
前回の人生では、私はこのドレスを着てお茶会に行き、レオンハルトから「隣を歩くのが恥ずかしい」と冷たくあしらわれたのだ。
「……マーサ」
「何ですか? 文句があるなら奥様(継母)に言ってください。私に言われても困ります。これが奥様からのご指示ですので」
マーサは鼻で笑いながら、私に背を向けて窓のカーテンを開けようとした。
これまでの私なら、「ううん、これでいいわ。ありがとう」と愛想笑いを浮かべて、震えながら耐えていただろう。
だが、今の私は違う。
「ええ、文句があるわ。その汚らしい布切れを、今すぐ私のベッドからどかしなさい」
低く、けれどよく通る、冷ややかな声。
前世で、無能な役員たちを震え上がらせていた「神崎玲奈」の声色だ。
「は……? い、今、なんとおっしゃいました?」
マーサは信じられないものを見るような目で、振り返った。
いつも怯えているはずの私が、真っ直ぐに彼女を睨みつけていることに戸惑っているようだ。
「耳まで悪くなったの? もう一度だけ言ってあげる。そんなゴミを私に着せようとするなんて、専属メイドとしての職務怠慢も甚だしいわね。今すぐ、私が先月オーダーした新作の青いシルクのドレスを持ってきなさい」
私はベッドから立ち上がり、マーサを見下ろすように腕を組んだ。
マーサは一瞬怯んだものの、すぐに持ち前の気の強さを取り戻して反論してきた。
「な、何を寝ぼけたことを! あの新作ドレスは、マリアお嬢様が『私の方が似合うから』とお召しになっています! あなたごときが着られるものじゃありません!」
「へえ? それは面白いことを聞くわね」
私は口元に冷たい笑みを浮かべ、マーサにゆっくりと近づいた。
カツン、カツンと床を鳴らす私の足音に、マーサが一歩後ずさる。
「私の名義と予算で作った私のドレスを、血も繋がらない義妹が勝手に着ている。そして専属メイドであるあなたは、それを止めるどころか容認している。これは明らかな『窃盗の幇助』ね。犯罪行為よ」
「せ、せっとう……!?」
「それに、マーサ。あなた、先月から私の食事のランクを意図的に落として、浮いた予算を自分の懐に入れているわよね? 厨房の料理長と結託して、帳簿をごまかしていることなんて、とっくに気づいているのよ」
マーサの顔から、さぁっと血の気が引いていくのがわかった。
前世の記憶がない頃から、私は薄々気がついていたのだ。
ただ、それを指摘する勇気がなかっただけ。でも今は、その気弱な殻は完全に打ち破られている。
「証拠ならあるわ。あなたがこっそり裏町にある質屋で、公爵家の銀食器を換金し、高価な宝石を買っていたという目撃情報もね。この事実を、お父様に……いいえ、王国の騎士団に突き出したら、あなたはどうなるかしら? 貴族の財産を横領した罪は、決して軽くないわよ。最低でも懲役十年、悪ければ奴隷落ちね」
実際にはまだ裏付け(エビデンス)は不十分だが、コンサルタントの交渉術の基本は「ハッタリと自信」だ。
私の理路整然とした追及と、有無を言わせぬ絶対的なプレッシャーの前に、マーサの膝が震え始めた。
「ひ、ひぃっ……! お、お許しください、セレスティアお嬢様! わ、私はただ、奥様に言われて……!」
「責任転嫁は無能の証明よ。言い訳は聞かないわ。今すぐ出て行きなさい。あなたは本日付けで懲戒解雇よ。二度と私の前に姿を見せないで」
「そ、そんな……! 私は解雇されるということですか!?」
「当たり前でしょう。自分の主人を裏切るようなメイドを置いておくほど、私は甘くないわ。それとも、今すぐ騎士団を呼んで、横領の罪で牢屋に入れてほしいのかしら?」
私が氷のように冷たく言い放つと、マーサは「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、這うようにして私の部屋から逃げ出していった。
バタン、とドアが閉まる音が響く。
「ふぅ……。まずは小手調べ、といったところね」
私は乱暴に投げ出された若草色のドレスを拾い上げ、部屋の隅にあるゴミ箱に躊躇なく放り捨てた。
胸の奥にずっと溜まっていた重苦しいモヤモヤが、少しだけ晴れた気がする。
これが、反撃の味。
自分を虐げた者を論破し、排除することの快感。
「待っていなさい、レオンハルト殿下。そして、マリア。あなたたちが私に与えた絶望の何倍もの屈辱を、これからじっくりと味わわせてあげるわ」
私はクローゼットの奥を開けた。
そこには、継母たちの目に留まらず、まだマリアに奪われていなかった真っ赤なドレスがひっそりと掛けられていた。
それは、かつての気弱な私では「派手すぎる」と敬遠し、決して着こなせなかった、情熱的で気高い、真紅のドレスだ。
「さあ、業務開始よ。まずは今日のお茶会で、私の美しさを見せつけ、王太子殿下の顔に泥を塗るための種まきをしてきましょうか」
鏡の前で、私は前世のビジネススマイル――相手を完全に掌握し、自分の思い通りに動かすための完璧な笑み――を浮かべた。
処刑されたはずの悪役令嬢による、壮大で痛快な逆転劇が、今ここに幕を開けたのである。




