現状分析(アセスメント)と、逆転劇のシナリオ
前世の私、神崎玲奈が新しいプロジェクトに取り組む際、一番初めに必ず行っていたこと。それは「徹底的な現状分析」だ。
相手を打ち負かすには、まず自分と敵の立ち位置、そして利用できるリソースを正確に把握しなければならない。
私はドレッサーの引き出しから羽ペンと上質な羊皮紙を取り出し、机に向かった。
頭の中にある情報を整理し、書き出していく。
【現在のステータス】
時期: 帝国歴412年 4月。
年齢: 16歳。
特記事項: ちょうど一週間前に、王太子レオンハルトとの正式な婚約が発表されたばかり。
「たしか、今の時期はまだマリアは王太子に接触していないはずね。学園に入学して、あの二人が出会うのは半年後。時間は十分にあるわ」
本来なら、公爵家の令嬢が王太子の婚約者になるのは名誉なことだ。
しかし、この婚約は私の意志ではない。
実父である公爵が、王家との結びつきを強めるために政略として勝手に決めたものだ。
しかも、レオンハルトはプライドばかりが高く、人の意見を聞かない典型的な「無能な跡取り」だった。
前回の人生では、彼はすぐに義妹マリアのあざとい可愛らしさに鼻の下を伸ばし、私を疎んじるようになった。
(あのバカ王子との婚約なんて、百害あって一利なしだわ。私にとっては不良債権そのもの。真っ先に損切り(解消)すべき案件ね)
だが、王家からの婚約を私から一方的に破棄すれば、公爵家の面子を潰したとして反逆罪になりかねない。
つまり、向こうから『有責』で婚約破棄させるか、慰謝料をたっぷりふんだくれる完璧な『離婚(婚約解消)』のシナリオを組む必要がある。
羊皮紙に**『目標1:王太子との婚約の完全な破棄(相手の有責による)』**と力強く書き込む。
次に、一番の厄介な問題である実家の状況だ。
現在のローゼンバーグ公爵家は、完全に継母のエレナと、その連れ子である義妹マリアに牛耳られている。
実父は領地の経営や政治にかまけて王都の屋敷を留守にしがちで、家庭のことは全て継母に丸投げしている。
継母は、正妻の娘である私を疎ましく思い、自分の娘であるマリアを公爵家の正統な跡継ぎにしようと企んでいるのだ。
その証拠に、私の生活環境は公爵令嬢とは名ばかりの悲惨なものだった。
食事は冷めきったスープと固いパンばかり。
ドレスも流行遅れでサイズの合わないものばかり支給されている。
さらには、私を孤立させるために、屋敷の使用人たちに賄賂を渡し、私を無視するように仕向けているのだ。
「公爵家の予算を私物化して、正当な後継者である私を虐待している……。前回の人生では、父親に嫌われるのが怖くて黙っていたけれど、それが一番の致命的なミスだったわね」
『目標2:継母の不正の告発と、家門(経営権)の奪還』
これを達成するには、継母が公爵家の財産を横領している確固たる証拠が必要だ。
前世で数々の企業の不正会計を暴いてきた私にとって、素人が誤魔化した帳簿の偽装を見抜くことなど朝飯前である。
家門の予算は公爵家の書斎にあるはずだから、後でこっそり忍び込んで監査してやろう。
「そして、最後にもう一つ」
私はペンを止め、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。
王太子レオンハルトの婚約から解放され、実家を取り戻したとしても、この国自体の未来が危うい。
レオンハルトのような無能が次の国王になれば、国は数年で傾き、他国に侵略されてしまうだろう。
私が安全で快適なスローライフを送るためには、国のトップが優秀な経営者でなければ困るのだ。
「無能な王太子の首をすげ替える……。優秀な人材を発掘し、トップに引き上げる。これこそ私の本業ね」
そこで私の頭に浮かんだのは、ある一人の青年の顔だった。
第2王子、アレクシス・フォン・グランツ。
彼はレオンハルトの異母弟であり、魔法の才能も剣術も、そして知略においてもレオンハルトを遥かに凌ぐ傑物だった。
しかし、彼の母親が身分の低い男爵家の出身であったため、王宮内では「側室の子」としてひどく冷遇されている。
彼自身も無用な争いを避け、表舞台に立つことなく日陰でひっそりと生きている状態だ。
「彼なら……アレクシス殿下なら、最高の王になれるポテンシャルがある。それに、今の彼なら強力な後ろ盾がない分、私と『契約結婚(偽装結婚)』を結ぶメリットが十分にあるはずよ」
私が彼に資金と公爵家という強固な後ろ盾を提供し、彼を玉座に座らせる。
その代わり、彼は私に王妃としての自由と権力を保証する。
これぞ完璧なウィン・ウィンの取引だ。
『目標3:第2王子アレクシスとの契約結婚、および王位簒奪計画の実行』
ペンを置き、私は小さく息を吐いた。
やらなければならないタスクは山積みだ。
しかし、不思議と焦りはない。
むしろ、前世の仕事中毒の血が騒ぎ、ワクワクすらしている自分がいる。
「ふふっ。さあ、最高のプレゼンと、最悪の復讐劇の始まりよ」




