渓谷の罠と、コンサルタントの危機管理
王国の西部穀倉地帯を「現代農業の知識」と「魔法」の融合で見事に復活させた私たちのもとに、王都から帰還命令が届いたのは、収穫の目処が立った初秋のことだった。
「セレスティアお嬢様。……やはり、来ます」
王都へ向けて走る豪華な馬車の中。
向かいの席に座るアレクシス殿下と今後の政策について打ち合わせをしていた私の耳に、御者台に隠れていた専属エージェント、ルークの低い声が届いた。
私は目を通していた書類から顔を上げ、小さく頷いた。
「ご苦労様、ルーク。数は? そして『スポンサー』は誰か、特定できているかしら?」
「数は約三十。王都の裏社会でも名の知れた暗殺ギルド『黒蛇の牙』の精鋭たちです。そして彼らを雇った依頼主は……やはり、旧守派の筆頭であるヴォルグ侯爵のようです。
多額の着手金が動いた証拠を掴みました」
ルークの報告に、アレクシス殿下が不快そうに眉をひそめた。
「ヴォルグ侯爵か。兄上を担ぎ上げて王宮の甘い汁を吸い尽くしていた、腐敗貴族の親玉だな。俺たちが西部で実績を上げたことに焦り、ついに実力行使(暗殺)に出たというわけか」
「ええ。西部のバルガス子爵が捕まり、彼らの資金源(不正な利権)が断たれたことも大きいでしょう。追い詰められた無能な経営陣が最後に取る行動……それは、優秀な若手(私たち)の『物理的な排除』ですわ」
私はふっと、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
自分たちの利権を守るためだけに、国を救った者を殺そうとする。
その浅はかさと自己中心的な思考は、前世で私が相対してきた悪質な横領役員たちと全く同じだ。
「それで、セレスティア。どうする? この先の『ガルディア渓谷』は、待ち伏せにはうってつけの地形だ。ルークたちに命じて、先回りして処理させるか?」
アレクシス殿下が氷水色の瞳を鋭く光らせながら尋ねてきた。彼ほどの魔法と剣の腕があれば、三十人の暗殺者など赤子の手をひねるようなものだろう。
しかし、私は首を横に振った。
「いいえ。せっかくの『罠』ですもの、堂々と飛び込んで差し上げましょう」
「飛び込む? お前、わざと襲撃されるつもりか?」
「ええ。ヴォルグ侯爵を完全に社会から抹殺するためには、彼が『暗殺を依頼した』という確たる証拠が必要です。いくらルークが情報を掴んでも、実行犯の『自白』と『依頼書』がなければ、あのタヌキ侯爵はしらばっくれますわ」
コンサルタントの基本、それは「完璧な証拠集め」と「危機管理」だ。
予測できるリスクは、もはやリスクではない。
相手の悪意すらも計算に組み込み、最大の利益へと変換する。
「私たちがすべきことは、暗殺者たちを返り討ちにし、彼らのリーダーと『直接交渉』をして、侯爵の首を取るための証言を引き出すことです」
私が扇子を広げて不敵なビジネススマイルを向けると、アレクシス殿下は「お前は本当に……敵に回したくない女ナンバーワンだな」と呆れ半分、感心半分といった様子で笑った。
「いいだろう。お前が描いたシナリオ通りに動いてやる。だが、お前には指一本触れさせない。……それは、俺の仕事だ」
殿下の頼もしい言葉に、私の胸の奥が少しだけトクンと鳴った。
偽装結婚という契約から始まった関係だが、共に数々の困難を乗り越えてきた彼との間には、確かな「信頼」という絆が結ばれつつあった。




