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枯れ果てた穀倉地帯と、腐敗した中間管理職

私とアレクシス殿下が「偽装結婚(ビジネス・パートナーシップ)」の契約を交わしてから二週間後。


私たちは王都を離れ、馬車で数日かけて王国の西部――かつて「王国の穀倉地帯」と呼ばれた広大な平原へと足を踏み入れていた。


「……ひどい有様だな」


馬車の窓から外を眺めていたアレクシス殿下が、険しい表情で呟いた。


彼の言う通りだった。本来なら青々とした小麦畑がどこまでも続いているはずの季節なのに、窓の外に広がるのは、ひび割れて干上がった赤茶色の土と、枯れ草ばかり。


すれ違う農民たちは皆一様にやせ細り、うつむき加減で重い足取りを引きずっている。


その瞳からは、明日への希望の光が完全に失われていた。


「事前の報告(レポート)通りですね。ここ数年の少雨による干ばつが原因とされていますが……それだけではありませんわ」


私は手元にある分厚い資料の束に視線を落とした。


今日の私は、いつもの華やかなドレスではなく、動きやすさを重視したシックな濃紺の乗馬服(ライディング・ハビット)に身を包んでいる。視察(フィールドワーク)に派手な装飾は不要だ。


「問題の根本は、この地を治める領主の『怠慢』と『搾取』にあります。どんなに天候が悪くても、適切な治水工事と備蓄を行っていれば、ここまで酷い飢饉にはなりません。領主が民の苦しみを無視して、税を重くしている証拠です」


私が淡々と分析結果を述べると、アレクシス殿下は氷水色(アイスブルー)の瞳に静かな怒りの炎を宿した。


「……兄上(レオンハルト)に媚びへつらい、自分の懐を肥やすことしか考えていない旧守派の貴族どもめ。民を飢えさせる者が、上に立つ資格などない」


「ええ、同感ですわ。ですから本日は、無能な中間管理職(領主)に、私が直々に『業務改善命令』を下して差し上げます」


やがて馬車は、西部地帯の中心にある大きな街へと到着した。


街の郊外は貧しいスラムのようになっていたが、領主の館がある中心部だけは異常なほど豪華に飾られていた。


高い壁に囲まれた領主の館の庭には、こんな水不足の時期にも関わらず、見事な噴水が水飛沫を上げていたのである。


「民が飲み水にも困っているというのに、自分の庭で噴水とは……いいご身分ね」


私とアレクシス殿下が館のエントランスに降り立つと、知らせを受けて慌てて飛び出してきた恰幅の良い中年男性が、媚びへつらうような笑みを浮かべて私たちを出迎えた。


彼がこの地を治める、ガレック・バルガス子爵だ。


「お、おお! これはこれは、アレクシス殿下、そしてセレスティア公爵令嬢! このような辺境の地へ、よくぞお越しくださいました。ささっ、中へどうぞ。冷たい果実水と、極上の肉料理をご用意しておりますぞ!」


太い指にいくつもの宝石を光らせながら、バルガス子爵はもみ手をして案内しようとする。


しかし、私とアレクシス殿下はその場から一歩も動かず、氷のように冷たい視線を彼に注いだ。


「出迎えは結構だ、バルガス子爵。俺たちは食事を楽しみに来たわけではない」


「ははっ、ご冗談を。アレクシス殿下は初めての地方視察でいらっしゃるとか? このバルガスにお任せいただければ、西部の素晴らしい接待を……」


「子爵。質問にだけ答えなさい」


私が冷たく遮ると、バルガス子爵は「小娘が……」と一瞬だけ不快そうに顔を歪めたが、すぐに愛想笑いを浮かべた。


「お前は今年、王都から支給された『干ばつ対策の特別救済金』を、一体何に使ったのかしら?」


私の単刀直入な問いに、子爵はギクッと肩を揺らした。


「な、何をおっしゃいますやら! もちろん、民に配る食料の買い付けや、井戸の掘削に使っておりますとも! ただ、今年は呪われているとしか思えないほど雨が降らず……私の力だけではどうにも……」


「嘘ですね」


私は手元の資料から一枚の書類を引き抜き、彼に突きつけた。


「これは、私が『公爵家の独自の情報網(ルークたち)』を使って調べ上げた、あなたの商会との裏取引の記録です。王都からの救済金は、すべてあなたの隠し口座に流れ込み、この館の増築費用と、高価な宝石の購入に充てられています。井戸など、一つも掘られていません」


「なっ……! そ、そんなでたらめな書類……!」


「でたらめかどうか、今すぐあなたの金庫を監査(チェック)させていただきましょうか? それから、民から搾り取った小麦を、王都の闇市で不当に高く売り捌いている証拠(エビデンス)もすでに押さえてありますわよ」


完全に退路を断たれ、バルガス子爵は額から滝のような汗を流し始めた。


コンサルタントの私からすれば、こんな杜撰(ずさん)な資金のロンダリングなど、三秒で見破れるレベルの子供騙しだ。


「くっ……たかが側室の子の第2王子と、婚約破棄された傷物の令嬢の分際で、この私に説教をする気か!」


追い詰められた子爵は、ついに本性を現し、逆ギレして声を荒げた。


「ここは私の領地だ! 王都の常識など通用せん! お前たち、この生意気な若造たちを捕らえろ! 視察中に盗賊に襲われて命を落としたことにしてやる!」


子爵が叫ぶと、館の奥から完全武装した私兵たちが十数人、武器を構えて飛び出してきた。


私とアレクシス殿下を取り囲み、下劣な笑みを浮かべてじりじりと距離を詰めてくる。


「……やれやれ。頭の悪い経営者は、どうしてすぐに力で解決しようとするのかしら」


私がため息をついた次の瞬間だった。


――ヒュォォォォォォッ!!


アレクシス殿下の周囲で、爆発的な魔力の風が巻き起こった。


彼が腰の剣を抜くことすらなく、ただ右手を軽く振っただけで、目に見えない強烈な「風の刃」が私兵たちに向かって放たれたのだ。


「ぐわぁぁっ!?」


「ひぃっ、体が……!」


剣を交える間もなく、十数人の私兵たちは嵐に吹き飛ばされた木の葉のように宙を舞い、館の壁に叩きつけられて一瞬で気絶してしまった。


圧倒的、かつ規格外の魔法力。


これが、王宮の腐敗貴族たちが恐れ、日陰に追いやっていた「天才」の真の実力だ。


「な、ななな……っ!?」


腰を抜かしてへたり込んだバルガス子爵を見下ろし、アレクシス殿下は冷酷な王者の風格を漂わせて宣告した。


「ガレック・バルガス子爵。国家予算の横領、および王族への反逆未遂の罪により、今この瞬間からお前の領主権限をすべて剥奪する」


「ひ、ひぃぃぃっ! お許しを、殿下ぁぁっ!」


「安心しろ。お前の財産はすべて没収し、この地の農業復興のための『初期投資(シードマネー)』として有効に活用してやる」


私がニコリと笑ってトドメを刺すと、子爵は泡を吹いてその場に気絶した。


これで、邪魔な不純物(ノイズ)の排除は完了だ。


ここからがいよいよ、私たちの真の仕事(プロジェクト)の始まりである。

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