決定的な証拠(クリティカル・エビデンス)と、王の怒り
私が魔石に魔力を流し込むと、青い光がフワッと宙に浮かび上がり、大広間の真っ白な壁に一つの「映像」を映し出した。
それは、録音と映像を同時に記録する、軍事用の極秘魔道具の映像だった。
映し出されたのは、王立図書館の薄暗い旧館の書庫。
そしてそこには、熱く抱擁を交わしながら愛を囁き合う、レオンハルト殿下とマリアの姿が、音声付きで克明に記録されていた。
『ああ、マリア……。君はなんて可憐で、健気なんだ』
『レオンハルト様……愛しています。身分違いだと分かっていますが、どうしてもこの想いを止めることができません……っ』
『私が愛しているのは君だけだ。生誕祭の夜会で、必ずセレスティアとの婚約を破棄し、君を私の真の婚約者として迎え入れてみせる!』
甘ったるく、そして致命的に愚かな会話が、国王陛下をはじめとする数百人の貴族たちの前で、大音量で再生されていく。
「な、なななっ!? なんだこれは!!」
レオンハルト殿下は悲鳴を上げ、映像を止めようと虚空を掴んだが、幻影に触れることはできない。
会場の貴族たちは、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
婚約者がいる身でありながら他の女性と密会し、さらにその場で独断による婚約破棄を企てていたという「動かぬ証拠」。
これを見せられては、もはや誰もレオンハルト殿下を擁護することはできない。
映像の再生が終わると、大広間は水を打ったような、恐ろしいほどの静寂に包まれた。
「……レオンハルト」
地を這うような、怒りに満ちた低い声が響いた。
玉座から立ち上がった国王陛下だった。
その顔は怒りで朱に染まり、拳はギリギリと握りしめられている。
「ち、父上……! こ、これは誤解で……!」
「黙れぇぇぇっ!!!」
国王陛下の怒号が、シャンデリアを揺らした。
「他国の賓客も招いたこの神聖なる生誕祭の場で、何という醜態を晒したのだ! 婚約者であるセレスティア嬢に無実の罪を着せようとしたばかりか、己の下半身の不始末を棚に上げ、独断で婚約破棄を叫ぶなど……! お前は、我が王室の顔に泥を塗ったのだぞ!!」
「ひぃっ……!」
「近衛騎士団! 今すぐこの愚か者を捕らえよ! そして、そこの嘘つきの娘もだ! 二人を直ちに地下牢へ連行し、厳しい尋問にかけろ!」
「はっ!」
騎士たちが一斉に動き出し、レオンハルト殿下とマリアの両腕を乱暴に掴み上げた。
「は、離せ! 私は王太子だぞ! セレスティア、貴様よくも私を陥れたな! 許さん、絶対に許さんぞぉぉぉ!」
「お姉様、ごめんなさい! 私が悪かったわ、だから助けて! 地下牢なんて嫌ぁぁぁっ!」
見苦しく喚き散らしながら引きずられていく二人を、私は冷たい目で見下ろした。
これが、前回の人生で私を断頭台へと送った者たちの末路。
私が受けた絶望に比べれば、地下牢の湿気など生温いほどの罰だ。
「……セレスティア嬢」
国王陛下が、疲労困憊した様子で私の方へ歩み寄ってきた。
そして、国のトップである王が、一介の公爵令嬢である私に向かって、深く頭を下げたのだ。
「我が愚息が、多大なる無礼と苦痛を与えてしまったこと、心より謝罪する。公爵家に対する慰謝料は、王室の国庫からいかようにも支払おう。……どうか、この老いぼれの顔を立てて、穏便に婚約を解消してはくれないだろうか」
私は一瞬だけ、壁際に立つアレクシス殿下の方へ視線を向けた。
彼は「よくやった」とばかりに、満足そうに頷いている。
私は王に向き直り、完璧なカーテシー(淑女の挨拶)をして見せた。
「もったいないお言葉でございます、陛下。私は、事実が明らかになっただけで十分満足しております。婚約の解消につきましても、謹んでお受けいたしますわ」
そして、私は伏せていた顔を上げ、凛とした声で続けた。
「ですが陛下。我がローゼンバーグ公爵家は、建国の昔より王室への忠誠を誓い、支え続けてきた家門でございます。レオンハルト殿下との婚約が解消されたからといって、その絆が失われることは望んでおりません」
「おお……セレスティア嬢。そなたはどこまで寛大で、賢いのだ。では、どうすれば……?」
私は扇子を広げ、口元を隠しながら、最高に美しいビジネススマイルを浮かべた。
「ご安心くださいませ、陛下。我が公爵家が支援すべき『次なる投資先(未来の王)』は、すでに見つけておりますから」
私のその言葉に、国王陛下も、周囲の貴族たちも息を呑んだ。
そして、人垣を割って、一人の青年が静かに私の隣へと歩み出てきた。
群青色の軍服に身を包んだ、鋭い氷水色の瞳を持つ第2王子、アレクシス・フォン・グランツ。
「アレクシス……お前が?」
「はい、父上。私とセレスティア嬢は、すでに互いの未来に向けた『新たな契約』を結んでおります」
アレクシス殿下はそう言うと、私の手を取り、その甲に恭しく口づけを落とした。
それは、無能な経営者が退場し、最強のコンサルタントの手によって新たなトップ(アレクシス)が誕生したことを、世界に向けて宣言した瞬間だった。
断罪の夜会は、私にとっての「完璧なプレゼンテーション」の舞台となった。
私を裏切り、見下していた者たちはすべて破滅の淵へと転がり落ち、私は自らの手で、新しい未来の覇権を握り潰したのだ。
(さて……前任者の始末は終わったわ。ここからは、最高に楽しくてスリリングな『王位簒奪プロジェクト』の始まりね!)
私は真紅のドレスを翻し、新たな共同経営者と共に、高らかに勝利の微笑みを浮かべたのだった。




