完璧なる論破(カウンター・プレゼンテーション)
「まず、私がマリアの予算を奪い、固いパンしか食べさせていないという件について」
私は書類の束から、一枚の帳簿の写しを取り出し、周囲の貴族たちに見えるように掲げた。
「こちらの書類は、過去三年間のローゼンバーグ公爵家の財務帳簿、およびその監査報告書です。これによれば、本来私に与えられるべき予算を横領し、自分のドレスや宝石、そして架空の業者への支払いに充てていたのは、他でもない『マリアとその実母であるエレナ』の方です。その横領総額は、なんと金貨五千枚に上ります」
「なっ……!?」
レオンハルト殿下の言葉が詰まり、マリアの泣き顔がピタリと止まった。
「私は一ヶ月前、この横領の事実を突き止め、適正な予算管理(コンプライアンスの徹底)を行いました。マリアが質素な食事をしているのは、彼女たちが過去に横領した金額を返済するための『当然の措置』に過ぎません。……これを『虐待』と呼ぶのであれば、殿下は犯罪者を擁護し、正当な法の手続きを否定するということになりますが、よろしいのですか?」
「そ、それは……っ!」
「マリア! これは本当なのか!?」
慌てたレオンハルト殿下がマリアを問い詰めると、マリアは顔面を蒼白にして首を横に振った。
「ち、違います! そんな書類、お姉様が勝手に偽造したんです! 私を陥れるために……っ!」
「偽造ではありません。この書類の原本は、すでに王国の『財務捜査局』に提出済みであり、彼らの厳正な審査の結果『不正は事実である』との裏付け(エビデンス)も取れております。騎士団長殿、間違いありませんね?」
私が視線を向けると、会場の警備に当たっていた近衛騎士団長が、重々しく頷いた。
「ハッ。セレスティア様のおっしゃる通りです。先週、エレナ夫人への事情聴取も完了しており、夫人は自身の横領の罪を全面的に認めております」
「なっ……お母様が……!?」
マリアはその場にへたり込み、レオンハルト殿下は後ずさった。
決定的な第三者の証言。
これで「虐待」という彼らの主張の前提条件は完全に崩壊した。
「次に、『私がマリアを階段から突き落とそうとした』という件について」
私はさらに一歩、レオンハルト殿下へと近づいた。
私のヒールが床を鳴らす音が、彼にとっては死神の足音のように聞こえたことだろう。
「殿下、それはいつ、どこでの出来事でしょうか? 日時と場所、そして目撃者を明確にご提示ください」
「い、一昨日のことだ! 王立図書館の階段で、貴様はマリアを背後から突き飛ばしたと、マリア本人が言っている!」
「一昨日……ですか。それはおかしな話ですね」
私はふっと、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「一昨日の午後、私は公爵家の領地経営に関する打ち合わせで、王宮の財務卿をはじめとする五名の重役たちと、一日中会議室におりました。つまり、私には完璧なアリバイがあります。マリアは一体、誰に突き飛ばされたというのでしょうか? 幽霊ですか?」
「あ……」
「マリア。あなた、自分で勝手に転んだか、あるいは私を陥れるために『嘘の証言』をしたかのどちらかですね。王族の前で虚偽の報告をするのは、重大な偽証罪にあたりますよ」
論理的な追及の前に、マリアはもはや一言も発することができず、ガタガタと震えることしかできなかった。
レオンハルト殿下は、自分が信じていたマリアの言葉がすべて嘘であったことに気づき、顔を真っ赤にしてパニックに陥っている。
「ち、違う! マリアが嘘をつくはずがない! これはすべて、貴様が仕組んだ罠だ! そうだ、貴様のような冷酷な女は、やはり王妃にはふさわしくない! 私の婚約破棄の決定は絶対に覆らんぞ!」
完全に論破され、窮地に立たされたトップが最後に取る行動。
それは「事実を無視した感情的な逆ギレ」である。
コンサルタントとして、こういう手合いの無能な人間は嫌というほど見てきた。
「……ええ。私も、殿下のおっしゃる通りだと思いますわ」
私がそう答えると、レオンハルト殿下は「ほら見ろ、やはり認めたか!」と得意げな顔をした。
「ですから、私も殿下との婚約破棄には『全面的に同意』いたします。ただし――」
私はドレスの隠しポケットから、一つの美しい「青い魔石」を取り出した。
それこそが、このプレゼンテーションの最大の目玉である。
「ただし、この婚約破棄の『有責者』は私ではなく、レオンハルト殿下、あなたであることを、ここにいる全員の前で証明させていただきます」




