証拠確保(エビデンス・コレクション)の罠
作戦会議から数日後。
私の予測通り、事態は急速に動き始めた。
「セレスティアお嬢様。ご指示通り、マリア様と王太子殿下の密会現場を特定いたしました。場所は、王立図書館の旧館、奥の書庫です」
私の私室に音もなく現れたのは、私が新たに護衛として雇い入れた隠密の青年、ルークだった。
彼は元々、貧民街でスリをして生計を立てていたが、その類まれなる隠密スキルと身のこなしを見込み、私が「公爵家の専属エージェント」として破格の給料で引き抜いたのだ。
「ご苦労様、ルーク。では、早速『視察』に行きましょうか」
私は目立たない黒のドレスに着替え、ルークの案内で王立図書館へと向かった。
旧館は普段は人が立ち入らない埃っぽい場所だが、それゆえに人目を忍ぶ密会にはうってつけの場所だった。
「あの奥です」
ルークが指差した先、巨大な本棚の影から、甘ったるい男女の話し声が聞こえてきた。
私は気配を完全に殺し、持参した「録音と映像を記録する魔石」をそっと起動させた。
魔石が微かに青く光り、彼らの姿と声を克明に記録し始める。
本棚の隙間から覗き見ると、そこには熱く抱擁を交わすレオンハルト殿下と義妹マリアの姿があった。
『ああ、マリア……。君はなんて可憐で、健気なんだ。それに比べて、あのセレスティアという女は! 私の婚約者でありながら、私を公衆の面前で侮辱し、君のような心優しい妹を虐待しているというではないか!』
『ひぐっ……殿下……。お姉様は、私が殿下とお話ししたというだけで、私からドレスも宝石も奪い、固いパンしか食べさせてくれないのです……。私は、ただお姉様と仲良くしたいだけなのに……っ』
マリアはレオンハルト殿下の胸に顔を埋め、見事な嘘泣きを披露していた。
実際には、私が彼女からドレスを奪ったのではなく、彼女が私の予算を横領していたのがバレて差し押さえられただけだ。
食事についても、公爵家の適正な基準に戻したに過ぎない。
しかし、真実を確認する知力を持たないレオンハルト殿下は、彼女の嘘を完全に鵜呑みにしていた。
『許せない……! 私の婚約者が、あのような冷酷な悪女だったとは。マリア、泣かないでくれ。君の涙を見ると、私の胸が張り裂けそうになる』
『レオンハルト様……愛しています。身分違いだと分かっていますが、どうしてもこの想いを止めることができません……っ』
『身分など関係ない! 私が愛しているのは君だけだ。生誕祭の夜会で、必ずセレスティアとの婚約を破棄し、君を私の真の婚約者として迎え入れてみせる!』
『本当ですか……!? ああ、レオンハルト様!』
二人は劇の主人公にでもなったつもりなのか、互いの想いを確かめ合うように、熱烈な口づけを交わした。
(……うわぁ。思っていた以上に、頭の痛い三文芝居ね)
私は本棚の陰で、思わず大きなため息をつきそうになるのを堪えた。
婚約者がいる身でありながら他の女性と密会し、さらに正式な手続きも踏まずに「婚約破棄」を独断で約束する。
これは王族として完全なルール違反(コンプライアンス違反)であり、言い逃れのできない重大な有責行為だ。
しかも、ご丁寧に「生誕祭の夜会で婚約破棄をする」という彼らの計画まで、ばっちりと録音することができた。
「……お嬢様。これ、十分すぎるほどの証拠ですよね」
「ええ、完璧よ、ルーク。これで裁判に負ける要素はゼロになったわ」
私は記録が完了した魔石をカチリと止め、満足げに微笑んだ。
ビジネスにおいて、契約を有利に進めるための最大の武器は「客観的な事実」である。
どれだけ相手が感情論で喚こうとも、この魔石の記録一つで、彼らの主張はすべて根底から覆る。
「さて、目的のものは手に入れたし、長居は無用ね。帰りましょう、ルーク」
「はっ」
私たちは、甘い世界に浸りきっている哀れな愚者たちを残し、足音一つ立てずに図書館を後にした。




