帰還、そして深夜の財務監査
王宮でのティーパーティーを終え、公爵邸に帰還したのは夕刻のことだった。
エントランスで出迎えた使用人たちの態度は、朝とは明らかに違っていた。
王宮のお茶会で私がレオンハルト殿下を言葉で圧倒し、他の高位貴族の令嬢たちと優雅に渡り合ったという噂は、早くも邸内に知れ渡っていたのだ。
「お、おかえりなさいませ、セレスティアお嬢様……」
いつも私を無視していた使用人たちが、怯えたように深く頭を下げる。
しかし、継母のエレナと義妹のマリアだけは、忌々しそうに私を睨みつけていた。
「随分とご機嫌ね、セレスティア。でも調子に乗らないことよ。お父様が帰還されたら、マーサを勝手に解雇した件、きっちり報告させてもらいますからね!」
「お姉様、少しばかりお茶会で目立ったからといって、王太子殿下に愛されているのは私なのですからね!」
捨て台詞を吐いて去っていく二人を見送りながら、私は内心で冷たく笑った。
(どうぞご勝手に。お父様が帰ってくる頃には、この家は完全に私のものになっているわ)
夜が更け、屋敷が寝静まった深夜。
私はベッドから抜け出し、黒いローブを羽織って静かに廊下へ出た。
手には小さな魔石のランプを持っている。
向かう先は、実父である公爵の書斎――いや、正確には、今は継母エレナが我が物顔で使っている執務室だ。
鍵穴に、あらかじめ用意しておいた細い針金を差し込む。
前世の知識とは関係なく、前回の人生で地下牢に閉じ込められた際に、脱出しようと必死に身につけた「ピッキング」の技術である。
こんなところで役に立つとは思わなかった。
カチッ、という小さな音と共に扉が開き、私は音もなく書斎へと滑り込んだ。
「さて……経営を立て直すには、まず『不正の証拠』を押さえるのが定石よね」
私は机の引き出しを次々と開け、公爵家の「財務帳簿」を探した。
ほどなくして、革装丁の分厚い帳簿が数冊、鍵付きの金庫の中に隠されているのを発見した。
この時代の金庫の鍵など、私のピッキング技術の前では無力だ。
ランプの微かな灯りを頼りに、私は帳簿のページをめくっていく。
前世で数え切れないほどの企業の財務諸表や損益計算書に目を通してきた私にとって、この程度の単式簿記など、子供の絵本を読むよりも簡単だった。
「……なるほど。これは酷いわね」
私は思わず呆れた声を漏らした。
継母エレナの横領の手口は、コンサルタントの私から見れば「素人以下の三流」だったのだ。
例えば、『領地の灌漑工事費用』として毎月莫大な金額が計上されているが、実際にはその業者は存在しないダミー会社だ。
また、『屋敷の修繕費』という名目で落ちている経費の支払先を辿ると、王都でも一等地に店を構える高級宝石店やドレスの仕立屋になっている。
さらに決定的なのは、私の生活費や教育費として、本来なら月に金貨百枚(約一千万円相当)の予算が計上されていることだ。
しかし、現実の私にはボロボロのドレスと冷めたスープしか与えられていなかった。
その差額はすべて、継母とマリアの懐、あるいは彼女たちに協力する料理長やメイドたちの賄賂に消えていたのだ。
「私名義の予算を横領し、自分の娘のドレスや宝石に注ぎ込んでいたというわけね。しかも、帳簿の数字の辻褄が全く合っていない。こんな杜撰な二重帳簿でバレないと思っていたなんて、公爵家の監査役も全員買収されているのね」
私は呆れながらも、この「致命的な証拠」を前に、ゾクゾクとするような高揚感を感じていた。
前世で企業の不正を暴き、腐敗した役員たちを会議室で一掃する瞬間の、あの圧倒的なカタルシス。
それが今、この手の中にある。
私は懐から携帯用の魔道具(複写の魔法陣が刻まれた羊皮紙)を取り出し、不正が記された重要なページを次々とコピーしていった。
証拠の保全は完璧だ。
「これでチェックメイトよ、お義母様」
私は帳簿を元通りに金庫にしまい、足跡一つ残さずに書斎を後にした。
明日の朝食の時間が、彼女たちの「終わりの始まり」となる。




