第7話 『君が気づいた』
ゴールデンウィークが明けた。
久しぶりの教室。
カンナは自分の席に座りながら、机に突っ伏していた。
「あー……やばい、やばい」
「何が?」
隣で美香が聞く。
「あんなの見ちゃったら、惚れちゃう~」
「……もう十分惚れてるでしょ」
美香は呆れたように言った。
「あー、もう。大丈夫?」
「なにが?」
「ずっとそんな感じじゃん」
「だってさぁ……」
カンナは顔を上げる。
「大輝、かっこよかったんだもん」
「はいはい」
「野球部、最高だった!」
「それ、何回目?」
美香が苦笑する。
そのときだった。
「カンナー!」
教室の後ろから、奈緒の声が聞こえた。
振り向くと、奈緒がこちらへ歩いてくる。
「練習試合、どうだった?」
カンナの顔がぱっと明るくなった。
「野球部、最高ー!」
「ふふっ」
奈緒が笑った。
「また応援行こうね。……あっ」
その視線が、カンナたちの後ろへ向く。
「ん?」
カンナも振り返った。
そこに――大輝がいた。
野球部の練習試合の話をしているのだから、気づくのも当然だった。
大輝は三人のところへ近づいてくる。
「あ、朝倉さん」
「えっ」
カンナの肩がぴくっと動いた。
「応援に来てくれて、あ、ありがとう」
「えっ、あ……う、うん。ぜんぜん大丈夫!」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
大輝はそんなカンナを見て、少し笑った。
「朝倉さんの大きな声、嬉しかった」
「……!」
「また良かったら、来てください」
「う、うん!」
カンナは勢いよく頷いた。
「ぜんぜん行くよ!」
「じゃあ、また」
大輝はそう言って、その場を離れていった。
「……」
「……」
カンナと美香は、しばらく何も言わなかった。
「カンナ……」
「……なに?」
「大丈夫?」
「……」
カンナは真っ赤になった顔を美香へ向けた。
「……無理」
「え?」
「無理無理無理!」
カンナは突然、美香の手を取った。
「ちょっと来て!」
「えっ、ちょっと、カンナ?」
そのまま二人で教室を飛び出した。
向かった先は――トイレだった。
個室の前まで来ると、カンナは壁に背中を預ける。
「あーあぁ!」
大きく息を吐いた。
「緊張したぁ……」
「そんなに?」
「だって!」
カンナは両手で顔を覆った。
「いきなり話しかけてくるなんて、ずるいよ」
「ずるくないでしょ」
「ずるいよ~!」
「普通にお礼言っただけじゃん」
「それが無理なの!」
カンナは顔を覆ったまま、しゃがみ込んだ。
「心臓、ヤバかった……」
「ふふっ」
美香はそんなカンナを見ながら、楽しそうに笑った。
「良かったじゃん」
「……うん」
「一歩進んだね」
「……一歩?」
カンナが顔を上げる。
「だって、大輝くんがカンナに気づいてくれたじゃん」
「……そっか」
カンナは少し考えてから、嬉しそうに笑った。
「そうだね!」
「うん」
美香も笑った。
カンナが自分を頼ってくれたことが、嬉しかった。
こうやって一緒に騒いで、一緒に笑って。
今までと何も変わらない。
――そう思っていた。
でも。
美香の笑顔が、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
「……」
カンナは、そのことに気づかない。
「美香!」
「ん?」
「また野球、見に行こうね!」
「……うん」
美香は笑った。
「そうだね」
けれど、その笑顔はほんの少しだけ寂しそうだった。




