第6話 『君に届いた歓声』
「わたし、顧問の大野、嫌いだなー」
ゴールデンウィーク。
西校へ向かう道を歩きながら、カンナが言った。
「すぐ怒るし」
「わかる気がする」
美香も頷く。
「なんか偉そうだよね」
「そうそう!」
カンナは大きく頷いた。
「カンナ、怒られたことあるの?」
「あるよ」
「何したの?」
「忘れた!」
二人で笑いながら歩いていると、西校のグラウンドが見えてきた。
グラウンドでは、野球部の練習試合が行われていた。
打球の音。
選手たちの掛け声。
ベンチから飛んでくる大きな声。
「いけー!」
「ナイスボール!」
「ドンマイ、ドンマイ!」
選手たちは、グラウンドにいる仲間だけではなく、ベンチにいる選手まで声を出していた。
ミスをした選手にも、すぐに声が飛ぶ。
「大丈夫!」
「次、一本いこう!」
カンナは少し驚いたようにグラウンドを見つめた。
「みんな、一生懸命だね」
美香も頷いた。
すると、ベンチからひときわ大きな声が響いた。
「いけー! 一本取ろう!」
「あっ!」
カンナの顔が明るくなる。
「大輝だ!」
二人で話しながら歩いていると、フェンスの脇で、すでに奈緒がグラウンドを見つめて立っていた。
「あ、奈緒!」
カンナと美香が駆け寄ると、奈緒は振り向いて優しく微笑んだ。
「ふたりとも、いらっしゃい。……大輝、今日は『控え』みたいだね」
奈緒はグラウンドのベンチへ視線を戻す。
大輝はベンチから身を乗り出し、誰よりも大きな声を出している。
カンナはその姿を見つめている。
「うん。でも、ベンチの誰よりも応援頑張ってる!」
「……そ、そうだね」
奈緒が笑った。
そのとき、グラウンドから顧問の大きな声が響いた。
「切り替えろ! 次だ!」
選手たちが一斉に返事をする。
「はい!」
大野は厳しい表情のまま、選手たちを見ている。
「次の回、守備位置確認しろ!」
「はい!」
カンナはその様子を眺めていた。
「……大野、怖いね。でも、みんなイイ感じ……」
「うん」
美香も頷く。
カンナは、グラウンドを見る。
誰かがミスをすれば仲間が声をかける。
誰かがいいプレーをすれば、ベンチから大きな歓声が上がる。
その様子を見ながら、大野は相変わらず怖そうな顔をしていた。
「野球って、イイね」
グラウンドを見つめるカンナの目が、パッと明るく華やいだ。
「ねぇ、奈緒」
「なに?」
「奈緒の彼ってピッチャーなんだね」
「うん」
「え、カンナ!」
美香が驚いた顔をする。
「『ピッチャー』って分かるの?」
「分かるよ!」
カンナは少しムッとした。
「美香、バカにしないでよね。わたしだって『ピッチャー』くらい知ってるよ」
「へぇ~」
「なによ、その顔!」
奈緒が笑う。
「そうだよ、美香。カンナ、最近野球のポジション全部覚えたんだから」
「そうそう!」
カンナは得意げに胸を張る。
「奈緒は何でも知ってるんだよ」
「まあね」
「やっぱり、好きな人のことは何でも興味持つんだね」
カンナが言うと、奈緒は少し照れたように笑った。
「っていうか、私の場合はお兄ちゃんの影響もあるかな」
「お兄ちゃん?」
「うん。お兄ちゃんも高校で野球をやってたからね」
そのときだった。
「あれ?」
カンナがグラウンドを指差す。
「大輝がライトに入ったよ」
「え?」
美香と奈緒も振り向く。
「本当だ!」
大輝がベンチから出て、守備位置へ向かって走っていく。
カンナの顔が、ぱっと明るくなった。
「大輝ー!」
思わず身を乗り出す。
「がんばれー!!」
大きな声がグラウンドに響いた。
大輝が一瞬、こちらを見る。
「……!」
カンナの胸が跳ねる。
目が合った気がした。
「カンナ、声大きすぎ」
美香が呆れたように笑う。
「だって、大輝が出たんだもん……」
カンナは嬉しさを隠しきれない様子で、えへへと首をすくめた。
その笑顔を見て、奈緒も笑う。
「よかったね」
「うん!」
グラウンドでは、大輝が守備位置についた。
そして、試合が再び動き出した。




