第30話 『窓の向こうの君』
今日は、二学期の始業式だった。
「カンナー……」
病室のガラス越しに、咲良がカンナを見つめていた。
「大丈夫……?」
声が震えている。
「死んじゃダメだよ……」
「咲良!」
隣にいた美香が、思わず声を上げた。
「何言ってんのよ! 死ぬわけないでしょ!」
咲良が振り向く。
その顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「だって……!」
咲良は、ガラスに手を当てる。
「だって……こんなに大変なことになってるんだよ……」
「咲良……」
美香は、何も言えなくなった。
確かに。
この病室は、普通の病室とは違う――無菌病床。
面会もガラス越し。
触れることもできない。
その現実が、目の前にある。
咲良はガラスに手を当てたまま、涙を流していた。
すると。
カンナが笑った。
「……ありがとね。咲良!」
「カンナ……」
「この中にいると、安全なんだって」
「そ、そうなの……?」
「うん!」
カンナは元気よく頷いた。
「でもね」
そう言って、頭皮に触れる。
「これ見てよー」
「え?」
手には、たくさんの髪の毛がまとわりついていた。
「きゃーーーーっ!」
咲良の叫び声が病室に響いた。
「カンナ……!」
美香が呆れたようにカンナを見る。
「アンタさ。それ、自虐ネタになるよ。やめな」
「ん?」
カンナは自分の手を見た。
「……そっか!」
「そっか、じゃないよ!」
咲良は、まだ涙を流している。
そして、カンナをじっと見つめた――本当に大丈夫なの?
そのとき。
病室のドアが開いた。
「どうかしました?」
看護師が入ってくる。
「叫び声が聞こえましたが……」
「……」
美香と咲良が顔を見合わせる。
美香が咲良を睨む。
「「……すみませんでした」」
二人で頭を下げる。
「他の患者さんもいますから、少し静かにしてくださいね」
「はい……」
「ごめんなさい……」
看護師が出ていく。
カンナは、ずっと笑っていた。
*
「ねえ、美香」
「何?」
「大輝は気にしないって言ってくれたけど……」
カンナが、自分の髪に触れる。
「帽子、欲しいな」
「確かに必要かもね」
美香は咲良を見る。
咲良は、何度も頷いた。
「任せておいて!」
咲良が胸を張る。
「カンナに似合う帽子、探してくるよ」
「ほんと?」
「うん!」
カンナが嬉しそうに笑った。
そして、カンナは少し寂しそうに言った。
「今日……大輝は来ないのかな?」
「大輝は部活だよ」
「……」
「大輝も『カンナに会えない。どうしよう』って頭抱えてたよ」
「え?」
「部活が終わるころには、面会時間も終わっちゃうからね」
「そっかー……」
カンナは少し残念そうだった。
髪の毛が抜けてしまうことより。
帽子が必要になったことより。
大輝に会えないことの方が、少しだけ寂しかった。
「カンナ……可哀想」
咲良が、また顔をくしゃくしゃにした。
「大丈夫!大輝が頑張っているなら、わたしも頑張る!」
「カンナ……」
咲良はまた涙を流して泣いた。
カンナは、そんな咲良を見て笑っていた。
*
夜。
病室には、カンナ一人だった。
静かだった。
昼間の笑い声も聞こえない。
カンナはベッドの上で、窓の外を見ていた。
「みんな、ありがとう」
今日も、美香が来てくれた。
咲良も来てくれた。
学校が始まっても。
みんなが会いに来てくれる。
それが嬉しかった。
そして。
カンナは、自分の頭に手を当てた。
指の間に、髪の毛が何本もついていた。
カンナは、それをじっと見つめた。
大輝は気にしないと言ってくれた。
僕の『好き』は変わらないと言ってくれた。
大切なことは、治療に専念することだと言ってくれた。
「大輝……」
そのとき。
スマートフォンが鳴った。
画面を見る。
大輝からだった。
『カンナ! 外、見れる?』
「え?」
カンナは、ゆっくり立ち上がった。
そして、窓から外を見る。
夜の駐車場。
人の姿はほとんどない。
でも、その中に――。
一人の高校生が立っていた。
「……!」
大輝だった。
カンナが窓際に立つと、大輝がこちらに気づいた。
大きく手を振っている。
スマートフォンを、耳に当てる。
「大輝……」
カンナも手を振った。
『やったぁ。会えた』
カンナは笑った。
「うん」
小さく呟く。
「会えたね……」
窓越し。
距離は遠い。
お互いの顔も、暗くてはっきりとは見えない。
でも。
カンナには、大輝の笑った顔が見えた。
大輝にも、きっと――。
カンナの笑った顔が見えている。




