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あの空 〜of kanna〜  作者: kooy


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第28話 『君はまだ諦めない』

 ショックだった。


 怖かった。


 高校一年の三学期。


 ただの風邪だと思って、お母さんと病院へ行った。


 少し熱があって。


 少し体がだるくて。


 そのくらいだと思っていた。


 でも。


 違った。


『白血病』


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。


 お母さんが、隣で泣いていた。


 先生の話が、遠くに聞こえる。


 難しい病気。


 治療が必要。


 わたしの場合は、少し特殊。


 簡単には治せない。


 入院したら、長くなる。


 もしかしたら――。


 学校に戻れないかもしれない。


 お母さんの手を握った。


 冷たかった。


 わたしの手も、冷たかった。


 夜。


 布団の中で、泣いた。


「いやだ……」


 まだ、やりたいことがいっぱいある。


 友達と遊びたい。


 学校に行きたい。


 まだ。


 何も始まっていない。


    *


 次の日。


 学校へ行った。


 教室には、いつも通りみんながいた。


「おはよー!」


「カンナ、おはよ!」


「眠そうじゃん」


「昨日ちょっと寝るの遅かったー」


 笑った。


 笑えた。


 昨日までと、何も変わらない。


 先生も。


 友達も。


 教室も。


 窓から見える空も。


 全部、いつも通り。


 誰も知らない。


 だから――。


 わたしも、いつも通り。


 笑って。


 はしゃいで。


 たわいもないことで笑って。


 楽しくて。


 キラキラしていた。


 大丈夫。


 まだ、できる。


 まだ、学校に来られる。


 まだ、笑える。


 だったら。


 今は、それでいい。


    *


 高校一年、三学期。


 終業式の日。


 放課後の教室。


 わたしは、美香と一緒に帰ろうとしていた。


 そのとき。


 君が、教室にいた。


「大輝。俺、部活やめようと思う」


 君の友達だった。


「お前も一緒にやめないか?」


「僕は……」


「……大輝だって、そんなに上手くないんだから、レギュラーになれないだろ」


 君は、少し黙った。


 そして。


「僕は、最後まで諦めないよ」


 そう言った。


「野球が好きなんだ」


 その言葉が、残った。


 最後まで。


 諦めない。


 好きなものを、諦めない。


 わたしは、君を見た。


 なんだろう。


 胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「カンナ。帰ろ!」


 美香がわたしを呼んだ。


「美香」


「ん?」


「ちょっと野球部の練習、見に行こうよ」


「え? なんで?」


「なんとなく!」


 わたしは笑った。


 窓の外から、野球部の声が聞こえていた。


 そして、君の後を追うように教室を出た。


    *


 学校は楽しかった。


 病気なんて、嘘みたいだった。


 たまに病院へ行って。


 薬を打って。


 少し息が苦しくなることもあった。


 でも。


 走れる。


 踊れる。


 笑える。


 友達がいる。


 好きな人もできた。


 君がいる。


 だから。


 わたしは、まだ諦めない。


    *


 いつからだったんだろう。


 君の姿を見つけるだけで、胸が少し弾んだ。


 君が野球をしている。


 ただそれを眺めている時間が、すごく好きだった。


 君がわたしを見る。


 目が合うだけで、胸の奥がもっとキュッとなった。


 そして。


 君の『好き』が、少しずつ伝わってきた。


 嬉しかった。


 本当に嬉しかった。


 でも。


 怖かった。


 付き合うことが怖かった。


 君と、ずっと一緒にいられる自信がなかった。


 でも、わたしは、そんなに強くない。


 誰かに頼りたくなるし。


 恋だって、してみたい。 


 ……でも、のめり込みすぎちゃダメ。


 君のためにも。


 わたしのためにも。


 それでも。


 好きだった。


 好きが、止まらない。


 君の隣にいたい。


 君の隣で笑っていたい。


 それだけは、どうしても諦められなかった。


    *


 君は、頑張っていた。


 友達に、


『上手くない』


『レギュラーにはなれない』


 そう言われても。


 諦めなかった。


 走って。


 投げて。


 打って。


 誰よりも大きな声を出して。


 少しずつ、前に進んでいた。


 そして。


 君は試合に出た。


 嬉しかった。


 自分のことみたいに嬉しかった。


 君は、わたしの希望になった。


 でも。


 そんな君が、倒れた。


 ボールが君に当たった。


 君が、地面に倒れた。


『大輝!』


 わたしは叫んだ。


 怖かった。


 救急車が来た。


 君が運ばれていく。


 わたしの中から、何かが消えていく気がした。


 わたしの希望が。


 大切な人が。


 いなくなる。


 そう思った。


 でも。


 君は戻ってきた。


 救急車の中で、君の手を握っていると。


 君がゆっくり目を開けた。


『……カンナ?』


 君がわたしを見る。


 そして、笑った。


 よかった。


 本当に、よかった。


 君は、わたしの大切な人。


    *


 進路。


 みんなが、未来の話をしていた。


 大学。


 就職。


 夢。


 わたしは、よく分からなかった。


 遠かった。


 未来って、どこまで?


 来年?


 その先?


 わたしは、今のことだけで精一杯だった。


 だから。


『何にも考えてないよー!!』


 笑った。


 そして。


『夏祭り行こうよ!』


 今なら。


 まだ。


 みんなと笑える。


    *


 夏祭り。


 君と一緒に歩きたかった。


 笑いたかった。


 手を繋ぎたかった。


 そして。


 君が来た。


『大輝、お祭り一緒に回ろうね!』


 君は笑った。


 嬉しかった。


 そのとき。


 鼻から、血が出た。


 あれ……?


 体が重い。


 熱い。


 なんだろう。


 病院でもらった薬も飲んだのに。


 まだ、大丈夫……。


 でも。


 力が入らない。


 足が、動かない。


 君の手が、わたしの手を握った。


『カンナ!』


 君の声。


 近い。


 体が倒れる。


 君が、わたしを抱き止めた。


 君の胸に顔が当たる。


 君の匂いがした。


 汗の匂い。


 部活を頑張った匂い。


 わたしの好きな、君の匂い。


 安心した。


 ゆっくり、意識が遠ざかっていった。


    *


 目を開けると、そこには白い天井があった。


 もう、祭りの音は聞こえない。


 もう、君の手も握っていない。


 終わった。


 わたしの普通は、終わった。


 学校。


 教室。


 昼休み。


 放課後。


 友達。


 ダンス。


 君と一緒に歩く時間。


 今まで当たり前だったものが、遠くなった。


 わたしのワガママも終わる。


 大輝とも。


 美香とも。


 これまでみたいには、いられない。


 そう思った。


    *


 それでも。


 君は来てくれた。


 ガラス越しに、君がいる。


「カンナ」


 君が笑っている。


 わたしは、言いたかった。


 今までありがとう。


 そして。


 さようなら。


 でも。


「僕は、これからもカンナと一緒にいる」


 君は、そう言った。


「これは僕のワガママだから」


 嬉しかった。


 涙が出そうになった。


 わたしのワガママじゃない。


 君のワガママ。


 なんだか、それが嬉しかった。


    *


 美香も来てくれた。


「カンナのわがままなんて思ってないよ」


「また、笑いたい」


 そう言ってくれた。


 わたしは、美香を見る。


 美香は、いつもわたしの近くにいた。


 楽しいときも。


 くだらないときも。


 わたしが笑っているときも。


 もしかしたら。


 わたしが笑えていないときも。


 美香は、わたしを見ていたのかもしれない。


 わたしが知らなかっただけで。


 ずっと。


 そばにいてくれた。


    *


 大輝も。


 美香も。


 まだ手を伸ばし続けてくれている。


 だったら。


 わたしも。


 まだ。


 諦めない。


 まだ、笑いたい。


 まだ、君の隣にいたい。


 まだ、みんなと一緒にいたい。


 だから。


 わたしは、まだ諦めない。

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