第27話 『君に負けない』
お盆を過ぎても、夏の日差しはまだ強かった。
グラウンドには、照り返すような暑さが残っている。
「もう一本! お願いしまーすっ!!」
自分でも驚くほど大きな声が、グラウンドに響いた。
「大輝ー! 今日はもう終わりだ!」
顧問の大野先生が、呆れたように声を上げた。
「もう一本だけ!」
「その『もう一本』を何回聞いたと思ってるんだ」
「……五回くらい?」
「もっとだ!」
チームのみんなから笑い声が起こる。
「大輝ー! ラスト一球だ!」
「はい!」
僕は笑って返事をした。
額から流れる汗をタオルで拭い、再びグローブを構えた。
*
あの日、お祭りから救急車で運ばれたカンナは、そのまま入院した。
そして今も、病院にいる。
いつ退院できるのかは分からない。
いつ学校に戻れるのかも分からない。
病気が、いつ治るのかも。
僕には分からない。
それでも――。
僕は、病院に通っていた。
野球の練習が終わると、そのまま病院へ向かう。
無菌病室にいるカンナとは、ガラス越しでしか会えない。
それでも、カンナはいつも笑っていた。
「大輝ー! 今日も練習?」
「うん」
「暑かった?」
「暑かったよ」
「じゃあ、ちゃんと水飲んでね」
「カンナに言われたくないよ」
「なんでー?」
そんなたわいない話をする。
時々、カンナは眠っていることもあった。
強い薬のせいだと、お母さんから聞いた。
そんなときは、ガラス越しにカンナの寝顔を見る。
そして、少しだけ安心する。
今日も会えた。
それだけでよかった。
僕は、野球の練習を今まで以上に頑張るようになった。
走る。
投げる。
打つ。
誰よりも声を出す。
後輩に混じって、練習後の片付けもする。
でも、無理はしない。
ちゃんと水を飲む。
ちゃんと休む。
ちゃんと食べる。
できることを一つずつやる。
カンナが、いつもそうしていたように。
どんなときでも笑って。
何にでも一生懸命で。
大切な人と過ごす時間を、大切にして。
僕も、そんなふうに前を向いていたい。
休憩を取っていた僕のもとへ、グラウンドの端から声が届いた。
「大輝先輩!」
振り向くと、皐月さんがいた。
水場でウォータージャグに水を補給している。
「頑張っていますね!」
皐月さんは、僕を見て笑った。
「カンナ先輩が入院したこと……私も聞きました」
「……うん」
皐月さんは、カンナが難病だと言うことも知っている。
僕は、それ以上何も言わなかった。
皐月さんも、何も言わなかった。
そのとき、後ろから声がした。
「大輝はすごいよ……。俺が振られた理由が分かるよ」
振り返ると、向井がスポーツドリンクを片手に立っていた。
「俺だったら、大輝のように強くも、前向きにもなれないな」
「向井……」
「カンナが入院したって聞いたときも、正直、何もできなかった」
向井は、苦笑いを浮かべていた。
「……」
僕は何も言えなかった。
向井がカンナを好きだったことは知っている。
そして、今でもカンナのことを気にかけている。
そんな向井に、皐月さんが笑いながら声をかけた。
「先輩!」
「ん?」
「まだ、カンナ先輩のこと引きずっているんですか?」
向井の顔が、引きつるのが分かる。
「女々しいですよ!」
「夏音……」
「はい?」
「お前……俺に生意気になってきたな」
「そんなことないですよ、先輩!」
皐月さんは笑った。
「先輩は、もっと自信を持ってください」
「……」
「私は、いつでも先輩を応援しています」
皐月さんは、向井を見つめる。
「私、好きですから!」
「…………」
向井の動きが止まり、皐月さんを見つめていた。
「だ、か、ら、好きです」
皐月さんが、少しだけ照れたように笑った。
「……」
向井はポカンと口を開けたまま、何も言えなくなっていた。
やがて気まずそうに咳払いをして、顔を横へ逸らす。
「そ、そうだな……」
見ると、向井の耳が赤くなっている。
「夏音に愛想つかされないように、頑張るよ」
「はい!」
皐月さんが笑った。
僕も、思わず笑ってしまった。
そのとき。
空を見上げた。
夏の空は、青かった。
カンナは、今も病院にいる。
今日も、会いに行こう。
そして明日も、野球を頑張ろう。
できることを一つずつやる。
僕にできることは、それくらいしかない。
でも、それでいい。
カンナが前を向いているなら。
僕も、前を向く。
負けていられない。
もう少し素振りをしたら、病院へ行こう。




