↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの空 〜of kanna〜  作者: kooy


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/34

第27話 『君に負けない』

 お盆を過ぎても、夏の日差しはまだ強かった。


 グラウンドには、照り返すような暑さが残っている。


「もう一本! お願いしまーすっ!!」


 自分でも驚くほど大きな声が、グラウンドに響いた。


「大輝ー! 今日はもう終わりだ!」


 顧問の大野先生が、呆れたように声を上げた。


「もう一本だけ!」


「その『もう一本』を何回聞いたと思ってるんだ」


「……五回くらい?」


「もっとだ!」


 チームのみんなから笑い声が起こる。


「大輝ー! ラスト一球だ!」


「はい!」


 僕は笑って返事をした。


 額から流れる汗をタオルで拭い、再びグローブを構えた。


    *


 あの日、お祭りから救急車で運ばれたカンナは、そのまま入院した。


 そして今も、病院にいる。


 いつ退院できるのかは分からない。


 いつ学校に戻れるのかも分からない。


 病気が、いつ治るのかも。


 僕には分からない。


 それでも――。


 僕は、病院に通っていた。


 野球の練習が終わると、そのまま病院へ向かう。


 無菌病室にいるカンナとは、ガラス越しでしか会えない。


 それでも、カンナはいつも笑っていた。


「大輝ー! 今日も練習?」


「うん」


「暑かった?」


「暑かったよ」


「じゃあ、ちゃんと水飲んでね」


「カンナに言われたくないよ」


「なんでー?」


 そんなたわいない話をする。


 時々、カンナは眠っていることもあった。


 強い薬のせいだと、お母さんから聞いた。


 そんなときは、ガラス越しにカンナの寝顔を見る。


 そして、少しだけ安心する。


 今日も会えた。


 それだけでよかった。


 僕は、野球の練習を今まで以上に頑張るようになった。


 走る。


 投げる。


 打つ。


 誰よりも声を出す。


 後輩に混じって、練習後の片付けもする。


 でも、無理はしない。


 ちゃんと水を飲む。


 ちゃんと休む。


 ちゃんと食べる。


 できることを一つずつやる。


 カンナが、いつもそうしていたように。


 どんなときでも笑って。


 何にでも一生懸命で。


 大切な人と過ごす時間を、大切にして。


 僕も、そんなふうに前を向いていたい。



 休憩を取っていた僕のもとへ、グラウンドの端から声が届いた。


「大輝先輩!」


 振り向くと、皐月さんがいた。


 水場でウォータージャグに水を補給している。


「頑張っていますね!」


 皐月さんは、僕を見て笑った。


「カンナ先輩が入院したこと……私も聞きました」


「……うん」


 皐月さんは、カンナが難病だと言うことも知っている。


 僕は、それ以上何も言わなかった。


 皐月さんも、何も言わなかった。


 そのとき、後ろから声がした。


「大輝はすごいよ……。俺が振られた理由が分かるよ」


 振り返ると、向井がスポーツドリンクを片手に立っていた。


「俺だったら、大輝のように強くも、前向きにもなれないな」


「向井……」


「カンナが入院したって聞いたときも、正直、何もできなかった」


 向井は、苦笑いを浮かべていた。


「……」


 僕は何も言えなかった。


 向井がカンナを好きだったことは知っている。


 そして、今でもカンナのことを気にかけている。


 そんな向井に、皐月さんが笑いながら声をかけた。


「先輩!」


「ん?」


「まだ、カンナ先輩のこと引きずっているんですか?」


 向井の顔が、引きつるのが分かる。


「女々しいですよ!」


「夏音……」


「はい?」


「お前……俺に生意気になってきたな」


「そんなことないですよ、先輩!」


 皐月さんは笑った。


「先輩は、もっと自信を持ってください」


「……」


「私は、いつでも先輩を応援しています」


 皐月さんは、向井を見つめる。


「私、好きですから!」


「…………」


 向井の動きが止まり、皐月さんを見つめていた。


「だ、か、ら、好きです」


 皐月さんが、少しだけ照れたように笑った。


「……」


 向井はポカンと口を開けたまま、何も言えなくなっていた。


 やがて気まずそうに咳払いをして、顔を横へ逸らす。


「そ、そうだな……」


 見ると、向井の耳が赤くなっている。


「夏音に愛想つかされないように、頑張るよ」


「はい!」


 皐月さんが笑った。


 僕も、思わず笑ってしまった。


 そのとき。


 空を見上げた。


 夏の空は、青かった。


 カンナは、今も病院にいる。


 今日も、会いに行こう。


 そして明日も、野球を頑張ろう。


 できることを一つずつやる。


 僕にできることは、それくらいしかない。


 でも、それでいい。


 カンナが前を向いているなら。


 僕も、前を向く。


 負けていられない。


 もう少し素振りをしたら、病院へ行こう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。