第25話 消えない胸騒ぎ
カンナの体から力が抜けた。
大輝は、すぐにカンナの手を握り、抱き寄せた。
「カンナ! おい、カンナ!」
返事はない。
「大輝、日陰!」
「うん!」
熱を帯びたカンナの体をすくい上げるように抱きかかえ、大輝は必死に人混みを押し分けて日陰へと急いだ。
「カンナ……」
美香はしゃがみ込み、カンナの顔を見る。
目は閉じたまま。
さっきまで、あんなに笑っていたのに。
美香はカンナの頬に手を当てた。
「大輝、救急車を! 私はカンナの家に連絡をする」
「わ、分かった!」
大輝の声が震えていた。
美香はすぐにスマートフォンを取り出し、カンナの家に電話をかける。
応答した母親に、必死で状況を伝えた。
その間にも、祭りの会場は騒然としていく。
救急車のサイレンが近づいてくる。
人の波が左右に分かれ、救急隊員が駆けてくる。
「こちらです!」
美香が手を上げた。
救急隊員がカンナの状態を確認し、ストレッチャーへ移す。
そのまま救急車へ運ばれていく。
「蓮見さん……」
大輝が不安そうに美香を見る。
「私も行く」
「うん。僕も行く」
二人は救急車に同乗した。
*
病院。
初療室の前。
白い壁に囲まれた廊下で、美香と大輝は黙って座っていた。
「カンナ……」
大輝が俯き、小さく呟く。
美香は、そんな大輝を見た。
そして、ふと思った。
「大輝は……何か知っていた?」
「何かって?」
大輝が顔を上げる。
その表情には、本当に何も知らないような戸惑いがあった。
「……ううん。何でもない」
美香は初療室の扉へ視線を戻した。
カンナは、いつも元気だった。
少しくらい体調が悪くても、笑っていた。
だからこそ――。
今、胸の奥にある嫌な感覚が消えなかった。
しばらくすると、受付の方から声が聞こえた。
「朝倉カンナの母です。娘は……!」
息を切らしながら走ってくる綺麗な女性の姿に、美香はハッとして立ち上がった。
「初めまして。カンナさんの友達の、蓮見美香です」
落ち着いた声で名乗った。
その隣で、大輝も慌てて立ち上がる。
「ぼ、僕は……橋本大輝です」
女性は少し息を整える。
そして二人を見ると、優しく微笑んだ。
「カンナの母です。連絡をありがとう、美香さん」
その笑顔は、とても柔らかかった。
そして、どこかカンナに似ていた。
母親は初療室の扉を見る。
「カンナは、この中ですか?」
「はい」
美香が答える。
母親は扉を見つめた。
ほんの一瞬。
その顔が、少し寂しそうに見えた。
「……」
何だろう。
今の顔……。
母親は扉をノックすると、中へ入っていった。
*
それから、小一時間ほど経った。
初療室の扉が開く。
ストレッチャーに横たわったカンナが出てきた。
「カンナ……!」
美香がすぐに駆け寄る。
その後ろには、大輝が立っていた。
カンナは、美香と大輝に気づくと、ゆっくり顔を向けた。
とても眠そうだった。
それでも、意識はあるようだった。
「熱中症かな……」
カンナが、無理に笑顔を作る。
「……大丈夫だよ。美香」
美香は、カンナの顔を見つめた。
――大丈夫じゃない。
でも、声にはできなかった。
「……」
その様子を、カンナの母親が黙って見ていた。
ストレッチャーが、ガラガラと音を立てて進んでいく。
美香と大輝は、その後をついていった。
やがて、カンナはそのまま集中治療室へ入っていった。
扉が閉まる。
「……」
美香は、閉じた扉を見つめた。
しばらくして、医師とカンナの母親が中から出てきた。
母親は、医師に丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました」
医師が去っていく。
母親は、美香と大輝の方へ歩いてきた。
その表情は落ち着いていた。
そして、微笑むように二人へ声をかけた。
「美香さん、大輝さん」
二人が顔を上げる。
「大切なお話があります」
美香は、母親の顔を見つめた。
胸の奥に、また嫌な感覚が広がった。




